039 兄として
帰宅と後半は、美月の兄、ヒロアキsideです。
太陽兄は颯太も連れ立って来たので、美月の保護者という事で所長と松永家との話し合いに参加することになった。美月は、颯太に手を引かれて松永家のマンションの敷地内から出るとホッと肩の力が抜ける。
「車どこ?」
颯太の声に、ハッとして申し訳なくて手を離そうとするがぎゅっと手を掴まれて逆に顔を覗きこまれて聞かれる。
「嫌か?」
「え?嫌ではないけど・・・」
「じゃあ、このままで!」
「えー」
「手、震えてる。平気なフリ辞めたら離してもいいし・・・美月が嫌なら離す」
「えぇー」
マイちゃんと離れて心細かったのでむしろ、温かさに癒される。嫌では無い。でも、相手が同じ年の男子だなという事に気がつき恥ずかしさが襲ってくる。
「でも・・・」
「嫌なら離す。嫌か?」
「う”~颯太が難しい質問をしよる」
「ははっ考えろ。それまで、保留」
そのまま手を繋がれながらコインパーキングへ向かう。流石に支払機の前では手を離して貰えたが、颯太は隣でスマホをいじっている。
ジムニーの止めた番号の清算を終えると颯太がまた手を繋いで助手席のドアの前に美月を連れて行き、自身は運転席に向かおうとする。そこで、やっと我に返った美月の声に振り替える。
「え?私が運転するよ?」
「俺、運転代行で来たって言ったけど?あっ保険は大丈夫って太陽さんから聞いたから安心しろ!」
「そう・・・え?でも!」
「腰ぬけるくらい怖いことあったんだろ?」
身体ごと振り向いた颯太が、先ほどまでの気軽な喋り方ではなく、1トーン落ちた声に美月は俯き少し身を固くする。颯太が今さっき離した温かい手で美月の手を握る。そろそろと視線を上げるとニコッと微笑む颯太にホッとする。
「大丈夫。だから、念のために運転変わるんだよ」
「・・・うん。ご迷惑お掛けします」
「はいはい」
離した手で頭を撫でられ、助手席に座る。居たたまれない。恥ずかしさと、ふと馬場優衣ちゃん達の事を思い出して美月は運転席に座る颯太に思ったよりも大きな声で話しかける。
「颯太!」
「おぉ!なに?急に大きな声はビビるんですが・・・」
「えっと、私さ・・・颯太に頼りすぎだと思うんだよね・・・」
「ん~そうか?もっと頼ってもいいぞ?」
「いやぁ~ありがたいんだけど・・・彼女とか出来たら言ってよ?」
「あーうん。それは、大丈夫」
「ん?大丈夫?」
「うん」
ハテナしか出てない美月に向かって凄くいい笑顔で言い切られたが、理由は話してくれ無さそうな雰囲気に美月はこれ以上追及できないでいた。
以前の颯太の彼女たちは、告ってきてフッてきたと言ってた。あっけらかんと話してはいるけど、颯太なりに傷ついて当分は恋人はいらないのかもしれないと美月は少し困惑しつつも納得することにした。美月も恋人がほしいかと聞かれても困る。
美月だって人並みに幸せになりたい。両親しかり、兄弟しかり、仲が良くていいなというカップルに囲まれて暮らしている美月はそれなりに恋人には夢がある。
けれど、自棄になっているだろう中学生の大翔にあのように言われただけで冷える心と体で男性とお付き合いするという事が全く想像できないでいた。なんとなく、黙っている美月に向かって颯太は切り替えた様に明日の話を始める。
「明日、ゼミだろ?何時?」
「え?明日は、10時からだけど・・・」
「おぉ!良かった。俺も10時からだから9時に迎えに行く」
「ええぇ!?いいよ!帰りはどうするの?颯太、帰り遅いんじゃないの?うちのゼミ4年生が教員採用試験の期間中だから10月までは1、2年生は自習扱いで出来れば午前の2時間だけって言われてるよぉ~」
「帰りは、俺が遅くなりそうなら輝に送ってもらえばいい。さっき了承とった」
「えぇ!輝?もう聞いたの?早い!」
「だろ~。仕事早い男なんで」
ははっと笑いながら車を発進させる。いつもより丁寧にゆっくりと走らせる颯太に美月の愛車であるジムニーへの気遣いを感じ嬉しくなる。
それからは、少し遠回りして美月がいつも止める車庫へジムニーを停めて玄関まで颯太に送ってもらい明日なと言われて家に着いた。
◇◇◇◇◇
<< 太陽side >>
颯太と手を繋いで帰る美月を見送り、美月の家庭教師事務所の所長である西村に向き直る。西村とは対面するのは3度目で、1度目は美月が家庭教師のアルバイトの面談に合格したすぐ後で、太陽はアポを取って会いに行った。2度目は、この目の前にいる松永大翔を受け持つことになったときである。
過保護なのは重々承知だったが、高校の頃のアレコレがあるので致し方ないと思っている。美月の身に起こったことを知らせるべきかまず会ってみたかった。
会ってみると、信頼できる大人であると見込んで美月のトラウマに関する事を一通り話した。依怙贔屓になるかもしれないが、どうしても配慮してもらいたかった。
でも、そもそも家庭の希望が無い限り同性の生徒をみると聞いていたので安心して美月を送り出したのに今回はどうやら美月のトラウマを刺激する事案であることは松永家に着いて彼らの距離と美月の顔を見て察しがついた。
「まず、座りましょうか?」
西村が声をかけるので、松永大翔の父であろう人が茶をいれますとキッチンへ向かう。正直高級すぎるマンションにビビっていた太陽は松永翔と名乗った父親が淹れてくれた麦茶の味にホッとする。
「所長!お待たせしましたか?」
お茶を飲んで一息ついたタイミングで開けっ放しであったのだろう玄関から、家庭教師事務所の女性職員は入ってくる。
「いいや。慌てさせてすまないね。森ちゃんは・・・えっと、さっきのは弟さんかい?」
「いえっ友人です」
女性職員へ美月が帰ったことを話して、太陽と女性職員がそれぞれに自己紹介をする。そのまま、西村所長は古川と名乗った女性局員へ別室でリクトとマイを見ていることは可能かと聞いた。古川は西村へ返事をする前にリクトとマイの前に行くと目線を合わせる為にしゃがみ二人に聞いた。
「あのね。リクト君。今からお父さんやお兄さんは、美月ちゃんのお兄さんたちとお話があるんだけど、お姉さんをリクト君たちの部屋に案内してもらえる?」
「・・・・・お姉さんが遊んでくれるの?」
「うん!いいよ!美月ちゃんとはいつも何してる?」
「ミヅキちゃんと・・・宿題してる!」
「そっか、宿題からしようか?」
「うん!ボクの部屋こっち」
リクトが手を引くと、マイも近づいて古川に抱っこをせがむ。古川はマイちゃんを抱っこしてリクトと手を繋ぐと西村所長に向きなおり。
「リクトくんが相手をしてくれるそうなので大丈夫です」
と答えた。あくまで、相手をしてもらう立場なのは太陽と同じ年ごろの古川らしい。優海みたいな対応だな。と太陽は思いながら感心する。
古川みたいな人がいるのであれば、美月がここに来なくてはいけなかったのかと太陽は不思議に思った。
「さて、お話をしよう。大翔君、君には伝えていなかったかもしれませんが、君と森さんの会話はうちの家庭教師管理アプリによって録音されています」
「え?」
「会話が録音されていることは親御さん、松永明日香さんには説明しています。このアプリは生徒である君たちを守るため、時には家庭教師であるスタッフと守るためのツールとして我が事務所で使わせてもらっています」
「・・・・・・・・はい・・・」
「怒らないのですか?」
西村所長は、大翔を少し不思議そうな顔で見た。大翔は気まずそうな顔をしながらもポツリポツリと自分の意見を述べる。
「・・・はい。あれでしょ?男性職員が女子生徒に変なことしないかとか。俺みたいな男子生徒がミヅキみたいな子に・・・変な事しないように・・・ですよね・・・・」
美月に何かしたらしい少年は、思ったよりも傷心なのか声はどんどん小さくなるが理解はきちんとしている。だから、美月も最後に授業が出来なかったことを詫びの言葉を彼に告げていた。彼を気遣って深刻ではない様に帰って行ったのかと気がつく。
「うん。聞いてたとおり君は賢い子だね。でも、森さんがあのような状態になる言葉をかけたのかい?」
「はい。ごめんなさい・・・」
「そうか」
「すみません!私の連絡不足で森さんに不快な思いをさせまして・・・今日は、大翔と明日香を二人で少しだけ話させることになって、私がキャンセルの連絡をしていれば大翔に言わなくてもいい事を言わせなくても済んで、美月さんにも嫌な思いをさせないで済んだのに」
今まで、西村所長と大翔の話を少し顔色を悪くしつつも静かに聞いていた翔が、テーブルに頭を付ける勢いで下げて悔し気に謝罪をする。
「そうですね。その配慮はして頂きたかった。しかし、松永家の現状を報告いただいていたのにも拘らず森さんをお宅へ向かわせてしまった。こちらの不手際も謝罪します」
西村所長も、自分の子供と同じ世代であろう太陽へ向かって頭を下げて謝罪をする。
「いえっ。謝罪を私にする必要はありません。美月にお願いします。ですが、松永家に通い続けると決めたのも美月ですので過度な謝罪は必要ありません。ですが、これ以上私はここに美月を向かわせたくはないです」
「・・・・・あのっ!ミズキのお兄さん!あの人はミヅキ・・・さんの彼氏ですか?オレあの人にも謝った方が!」
大翔が突然、颯太の事を持ち出すが現状、太陽は美月と颯太がつきあっているなどとは聞いたことが無い。
今日、颯太が会いに来たのは友人にしては過保護だなと思う大学での美月に関する出来事の報告だったが正直、高校の時に色々あったわりには世話好きな美月は変な奴まで引き寄せる性格をしているので大学の話を聞けたのは助かった。
「彼は友人です。んー幼馴染と言ってもいいのかな。彼の兄が私の友人でもあるので兄弟で仲がいいんです。それに、美月に彼氏は現状難しいかと思います」
「え?」
「高校の時に、男子絡みで嫌な事があったので最近まで特定の男子以外とまともに話すことも出来なかったんですよ。兄弟も男ですし、友人も出来た様なので最近大分緩和していたんですが・・・」
「・・・・・」
太陽の話を聞きながら、大翔は更に顔を青くすると言うか真っ白なまでに色素を失っている。中学生なのに、可哀想とは思うがこの話を聞いて蒼白になるほどの事を美月に言ったのだと察せられる。
「録音を聞くまでもありませんね。大翔君、君は自分の行ったことを自覚していますし、森さんのご家族は松永家に継続して訪問することを望んでいない」
「そうですね・・・・」
「・・・・・・・・・」
無言の大翔と、西村所長に同意する松永翔は落ち込み方がどことなく似ていた。二人は血のつながりは無いと聞いていたが一緒に暮らすと似るもんなのかと思う。
その後、美月の今後について家族側の意見を何個か話し合った後に、今後は美月の意見も聞きつつどうするかを決めましょうという事になったので、太陽は先に松永家を辞去した。美月は、続けたいと言うかもしれないけど、迎えに来た時の人形の様な顔は出来るならもう見たくない。
最近では、服装も外国の子供の様なダボダボの服ではなく、美月が可愛く見える服装になってきたがそれが戻るのか、颯太は大丈夫そうではあったが楽し気に同じゼミに通うことになった男の後輩と距離をとったりするのかを考えると太陽まで暗い気持ちになる。
別に男と遊べとは言わないが、青春を謳歌できていない高校生活を知っている兄としては楽しい大学生活を送ってほしいと願いたくなる。
そんな、事を考えながら家に着いて車庫に車を止めると玄関の方から颯太が出てくる。まだ一緒に居たのかと質問すると部活のOBである太陽に対して未だ先輩後輩の挨拶をしながら家には上がってないと言い訳をする颯太に苦笑いを溢す。
「颯太。まだいたのか?」
「お疲れ様です。太陽さん。美月、落ち着かない感じだったので少しドライブして今家に着きました。あっ部屋には上がってませんよ」
この間の事を思い出したのか、颯太は慌てたように太陽が聞きたかった弁解をする。まぁ。手を繋いで出て行ったのが気になるのだが・・・どうしたものかと思うが過保護なお兄ちゃんとしては聞いておきたい。
「颯太」
「はい?」
「美月狙ってるのか?」
「え?」
「お前の歴代彼女に・・・」
「待ってください!えっと・・・そうですね。オレの恋愛遍歴を知ってたら心配になりますよね!あーでも、ん~俺が兄貴でも俺は嫌かも・・・ん~あ~っ・・・ん~・・」
歴代彼女に美月を加える気ならやめてほしいと伝えようと思ったら、言葉を遮られぶつぶつと話しながら唸っている颯太に珍しいものを見たと笑いが込み上げる。
あの、山崎颯太が焦っている。初めて見たと、マジマジとみていると急に真面目な顔になって颯太が太陽を見下ろす。身長が颯太の方が高いのでしょうがないが何となく腹が立つ。
「俺、美月が好きです。でも、無理強いとか美月の気持ちを蔑ろにはしません。えっと、信じてもらえるか分かんないんですけど・・・あの・・・こんな気持ち初めてでして・・・本当に大事なんです!」
こいつ、想い人に告る前になに想い人の兄貴に告ってんだ?と目を細めて見つめてしまう。
「俺!マジで本気なので!あのっ・・・信じてほしいって言うか・・・あっもちろん!美月の嫌がることは絶対にしないんで!あのっ!守るんで!」
あまりに焦っている颯太に笑いが込み上げそうないなりながらも至極当たり前のことを言う。颯太がこうなってるのだから嘘ではないのだろうと思う。
「あぁーもういい!颯太!なんで俺に告る!美月に言え!」
「ん~まだ駄目ですよ!最近、やっと心開いてきたんですから・・・」
「うわぁ~妹を落とすために頑張る後輩とか見たくなかったぁ~」
「いやっ!外堀を埋めたいとかじゃないんですけど、シャットダウンは辞めてほしくて・・・」
「・・・・・・分かった。優海と協議して追って結果は送付させて頂きます!」
「ちょっと、なんでお仕事モードなんですか!」
「公務員だからな。協議はする。とりあえず、煌星には黙っておいてやる」
「・・・・ありがとうございます。ご検討お願いします・・・」
まぁ。優海は颯太お気に入りなので応援する方向になりそうだがすんなりは教えてやるつもりもない。優海曰く、「初恋もまだの来るもの拒まずさるもの追わずを続けて初恋で苦労するタイプ」と前に言われていたのでドンピシャではないだろうかと自分の彼女の的確な人間分析に感嘆を漏らす。
読んで頂きありがとうございます!
~登場人物~
森 美月 21歳 1浪大学2年生 ITビジネス科
6/12生 何かと人に相談されがちな事が少し気になる今日この頃 体系にコンプレックスを持っている 男兄弟の真ん中 ブラコン 敢えて鈍感 年下に甘い
山崎 颯太20歳 1浪大学2年生 エネルギー制御科 SNS名【Sota.Y】
7/28生 美月の幼馴染 幼小中 高校別なのに同じ1浪して同じ大学で再会した 美月が好き みんなにバレてる 美月にはバレてない
森 太陽25歳 役場勤務
8/15生 優しいお兄ちゃん 大雑把?大らか? バスケ経験者だけど、選手の頃から選手より監督向きだなと思っていた
西村所長 58歳 家庭教師事務所の所長
ふわふわとした雰囲気のオジ様 凄く子供好き 心を病んで辞めていく塾生を何人も見てもっと踏み込んだ教育をしたいと思い家庭教師事務所を立ち上げた。
古川さん 25歳 家庭教師事務所の女性職員
ストレートの教員採用試験に落ちて、受かるまで家庭教師事務所の職員にならない?と西村所長に誘われた元塾生。高校の英語教師予定。バリキャリ感のある容姿。
松永 大翔12歳 中1
家庭教師の生徒 思春期真っただ中の男の子 6歳と1歳の弟妹がいる
松永 翔33歳
優秀なビジネスマン 全国区の会社の支店長を任されている 大翔とは血のつながらない父子 父子仲は良好 自由な明日香の為に大翔に負担をかけているのを申し訳なく思っている 子好き




