■外伝5「フェイス:黒鉄蓮」
人は、顔で判断する。
見た目。
雰囲気。
声の調子。
それだけで、その人間の“中身”を決めつける。
だから。
顔を変えれば、すべてが変わる。
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黒鉄蓮は、それを早くに知った。
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幼い頃。
家は静かだった。
父も母も忙しく、会話は少ない。
だが、それは問題ではなかった。
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問題は。
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“外”だった。
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学校。
教室。
人の集まり。
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そこでは、すべてが決まっていた。
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誰が中心か。
誰が外れるか。
誰が笑われるか。
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理由は、曖昧だ。
だが、確実に存在する。
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蓮は、最初から“外側”だった。
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特に目立つわけでもない。
何かをしたわけでもない。
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ただ。
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“そう見える”というだけで。
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距離ができる。
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ある日。
蓮は、ふと気づいた。
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クラスの中心にいる男子。
特別に面白いわけでもない。
頭がいいわけでもない。
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だが。
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周りが笑う。
周りが集まる。
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「……なんでだ」
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小さく呟く。
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観察する。
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話し方。
仕草。
表情。
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そして。
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分かる。
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“それっぽい”だけだ。
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自信があるように見せる。
余裕があるように振る舞う。
相手を見ているようで、見ていない。
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それだけで。
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人は、そういう人間だと思い込む。
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「……なるほど」
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蓮は、その日から変えた。
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姿勢を変える。
目線を変える。
話し方を変える。
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ほんの少し。
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それだけで。
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周りの反応が変わる。
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距離が縮まる。
話しかけられる。
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「……単純だな」
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思わず呟く。
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人は、見たいものを見る。
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なら。
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見せればいい。
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高校に入る頃には、完全に使いこなしていた。
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教師の前では、真面目な生徒。
友人の前では、軽い性格。
知らない場所では、無口な他人。
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すべて、同じ自分。
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だが。
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違う人間として扱われる。
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ある日。
蓮は、鏡を見ていた。
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自分の顔。
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だが。
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「……どれだ」
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どれが本当なのか、分からない。
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真面目な顔か。
軽い顔か。
無表情か。
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どれも、自分だ。
どれも、違う。
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だが。
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どうでもよかった。
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重要なのは。
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“どう見えるか”だけだ。
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大学には行かなかった。
必要がなかった。
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フリーターとして、適当に働く。
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場所を変える。
役割を変える。
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どこでもやれる。
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ある日。
蓮は、別人として働いていた。
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飲食店。
新人として入る。
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明るく振る舞う。
笑顔を作る。
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数日で、馴染む。
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そして。
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やめる。
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何も残らない。
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誰も、深くは覚えていない。
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「……こんなもんか」
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その繰り返し。
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だが。
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それでよかった。
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ある日。
街を歩いていると、声をかけられる。
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「お前」
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振り返る。
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一人の男。
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神代昴だった。
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「何だ」
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蓮は、素っ気なく答える。
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昴は言う。
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「今、誰だ?」
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その一言。
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蓮の目が、わずかに細くなる。
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「……どういう意味だ」
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昴は続ける。
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「顔が違う」
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短く。
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蓮は、少しだけ笑う。
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「分かるのか」
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昴は頷く。
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「表面だけじゃない」
「中身ごと変えてるだろ」
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沈黙。
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数秒。
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蓮は、答える。
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「まあな」
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隠す必要はなかった。
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昴は言う。
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「それ、使えるか?」
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蓮は、少し考える。
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そして。
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「使えるだろ」
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短く答える。
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「誰にでもなれる」
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その言葉。
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昴は、わずかに笑う。
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「いいな」
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短く言う。
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「来い」
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それだけ。
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説明はない。
理由もない。
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蓮は、少しだけ空を見る。
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考える。
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だが。
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「いい」
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答える。
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理由は単純だった。
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その方が。
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面白そうだったからだ。
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黒鉄蓮は、知っている。
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人は、中身で見ていない。
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見ているのは。
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“見えているもの”だけだ。
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だから。
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それを変えれば。
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すべてが変わる。
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それが。
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フェイスの始まりだった。




