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【完結】聖女の恋は始まらない  作者: 竹間単
■最終章 手にした未来

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●第43話


 応接室にはルーベンと私、それに私の父と母が並んでいる。

 もちろん平民の父と母が王城の中に入ったことなど無いため、二人はこちらが驚くくらいに小さくなっている。


「この度はお招きいただきありがとうございます。ジェイミーの父です」


「ジェイミーの母です。娘がお世話になっております」


「お初にお目にかかります。ルーベン・ヴァノワと申します」


 心なしか父と母の声は震えているように感じる。

 今回二人を王城に呼び寄せた理由はあらかじめ手紙に書いていたため、二人がここまで恐縮するとは思わなかった。


「どうぞ、おかけください」


「あの、先に謝罪をさせてください。私どもはしがない平民でして、王族に対するマナーを心得てはいないのです。無知による無礼があるかもしれませんが、決して殿下のことを侮っているとか、そういうことではありません。最大限の敬意を払っているつもりです」


「あなたたちが貴族のマナーを知らないことはジェイミーから聞いています。こちらもマナーについて細かく指摘するつもりはありませんので、楽にしてください」


「寛大なお言葉に感謝します」


 父と母はホッとした様子で長い息を吐いた。

 もしかすると粗相をしたら不敬罪で捕まるとでも思っていたのかもしれない。


「それで……手紙に書いてあったことは事実なのでしょうか? 殿下が嘘を吐いていると思っているわけではありませんが、あまりにも信じられない内容でしたので……」


「手紙の通りです。ジェイミーとの結婚を認めていただきたく、二人をお呼びしました」


 ルーベンは圧力を与えないようにしているのか、ゆっくり穏やかな口調で語りかけた。

 王族でありながら平民に対してこのような態度をとることが出来るのは、ルーベンの長所であり、誰にでも出来ることではない。

 私ですら、もっと偉そうにしても良いのでは?と思ってしまうくらいだ。


「本当はお二人のご自宅に直接お伺いしたいところでしたが、半年先まで仕事が詰まっており、王城を離れることが出来なかったのです。礼を欠いて申し訳ございません」


「でっ、殿下! 頭をお上げください!」


 父と母に向かって頭を下げたルーベンを見て、二人はぎょっとしていた。

 まさか王族であるルーベンが、平民の自分たちに頭を下げるとは思ってもみなかったのだろう。


「家に来ていただいても何のお構いも出来ませんので、むしろ助かりました。一国の王子に粗茶を出すわけにはいきませんから」


「ねえ、ジェイミー。まだ信じられないのだけど、ルーベン殿下との結婚の話は本当のことなの? あまりにも現実離れした話だから……」


 母が困惑した様子で私に話しかけた。

 にわかには信じられないという気持ちも分かる。

 今回の私は、聖女であることを公表していないのだから。


「ええ、本当の話です。私はルーベンと結婚したいと思っています」


「ジェイミーがそう思ってても殿下は……待って、ジェイミー! 殿下を呼び捨てにしないでちょうだい!?」


「構いませんよ。ジェイミーとは対等な関係でいたいと思っていますので」


「そうは言いましても……」


 父と母が心配そうな顔で私のことを見つめている。

 まだ不敬罪で捕まることを恐れているのかもしれない。


「私はルーベンと結婚したいです。ルーベン以外は考えられません」


「俺もジェイミーと結婚したいと思っています。ジェイミーには、俺の方からプロポーズをしました」


 ルーベンの言葉を聞いた母が、信じられないものを見るような目で私のことを眺めた。


「ジェイミー、あなた……住み込みアルバイトをしてる間に何があったの!? 何をどうしたら平民のあなたが一国の王子と結婚することになるのよ!?」


「説明すると長くなるのですけれど……お母さんが思っているよりもずっと長くなるのです。だから結論だけを言うと、私はルーベンと結婚がしたいです」


「そんなことを言われても納得できないわよ!?」


 なおも信じられないと私に詰め寄る母の肩を、父が軽く叩いた。


「平民の娘が一国の王子と結婚をするんだ。一言二言で終わる話ではないだろう」


 そして父は、私に向かって言った。


「ジェイミー。これだけは聞かせてくれ。ルーベン殿下と結婚をしたら、お前は幸せになるのか?」


 私はルーベンと顔を見合わせると、父と母の方を向いて、とびっきりの笑顔で答えた。


「はい!」


 私の言葉を補強するようにルーベンも力強く発言する。


「安心してください。俺が娘さんを幸せにします」


 ルーベンに幸せにしてもらう……その必要はない。だって私は、ルーベンの隣にいるだけで幸せだから。

 一緒に生きられるだけで、毎分毎秒、幸せを更新している。


「ルーベンが頑張らなくても、私はルーベンと一緒にいるだけで勝手に幸せになっていますよ」


「ふふっ。ジェイミーは、ずいぶんと簡単に幸せになれてしまうのですね」


「そう言うルーベンもでしょう?」


「もちろんです」


「ふふっ」


 私たちが笑い合っていると、母が目を瞬かせながら呟いた。


「あなたたち二人って、なんだか熟年夫婦みたいね?」


「へっ? 熟年夫婦?」


「長年一緒にいる人とは、仕草が似てくるものなのよ。今の二人の笑い方、そっくりだったわ」


 私とルーベンは顔を見合わせて、また笑った。

 確かに私たちの笑い方は似ている気がする。

 いつの間に似たのだろう。まったくの無意識だった。


「ある意味では熟年夫婦みたいなものですからね」


「ある意味、ですがね」


 私たちの様子を見ていた父は、私たちが本当にお互いを想い合っていると感じたのだろう。

 ルーベンに向かって深々と頭を下げた。


「結婚の件ですが、私は反対する気はございません。ふつつかな娘ですが、どうかよろしくお願いします」


「お父さん、ありがとう!」


「幸せになるんだぞ」


 父に続いて母も頭を下げた。


「ルーベン殿下、ジェイミーのことをよろしくお願いします」


「お母さんもありがとう!」


「たまには手紙を送ってね」


 手紙と言われてハッとした。父と母には結婚報告の他に、伝えなければならないことがあるのだった。

 私が口を開こうとすると、一足先にルーベンが言葉を紡いだ。


「もしお二人さえよろしければ、一緒に王城で暮らしませんか?」


「「えっ」」


 父と母が同時に顔を上げて同時に短い声を出した。

 熟年夫婦の仕草が似てくると言うのは本当の話のようだ。


「家族と一緒の方がジェイミーも安心できると思うのです。もちろん無理にとは言いませんが」


「王城には余っている部屋がたくさんあるから遠慮はいらない……って、これを私が言うのはちょっと変か」


 てへへと私が頭をかいていると、驚愕していた父と母の顔が、申し訳なさそうなものへと変化していった。


「またジェイミーと一緒に暮らせるのは嬉しいが……そこまで甘えるのは気が引ける」


「そうよねえ。それに私たちまで王城に住んだら、ルーベン殿下に寄生してると思われて、ジェイミーの立場が悪くなるんじゃない?」


「お父さんとお母さんはそう言うと思ったよ」


 こうなることは予想していた。

 父と母は許可されたからと言って王城で贅沢をするような性格ではない。

 呆れるくらいに勤勉で謙虚なのだ。


「ジェイミーは両親のことをよく分かっていたようですね。さすがは親子です」


「そういうわけで、大変ありがたい申し出ですが……」


 断りの返事をしようとする父を遮って、私が先に発言をした。


「だからルーベンとも相談して、二人はただ王城に住むのではなくて、住み込みで働いてもらったらいいんじゃないかって話になったの」


「住み込みで、働く……?」


「もちろん義理の父と母になるお二人に過酷な労働をさせるつもりはありません。お二人が王城で居たたまれなくならないようにするための仕事です。嫌になったらいつ辞めても構いません」


 父と母は困惑しつつも、この提案には断りの返事をしなかった。


「それなら……食堂で働かせていただくことは出来ますか? 実はうちは町の小さな食堂でして、料理に関してならお力になれると思うのです。王族の食べるような料理は作れませんが、野菜の皮をむく方法は同じでしょうから」


「料理なら私もお手伝いできます。これだけ大きなお城ですから、皮をむく野菜だって多いはずです」


「決まりですね」


 こうして私はまた、両親と一緒に暮らすことになった。

 二人の引っ越しが済んだら、二人の部屋に肩叩きでもしに行こう。そしてたくさん話をしよう。


 人生四度目にして、私はやっと親孝行が出来た気がする。



   *   *   *




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