●第42話
「うーん、おいっしーい!」
料理長お手製のチョコレートケーキを頬張る。
甘いチョコクリームの中に甘酸っぱいラズベリーが入っていて、ケーキを食べる手が止まらない。
「満足していただけたようで何よりです。王城の誇る料理長の作ったケーキですからね。美味しくないはずがありません」
「えへへ。ケーキ自体が美味しいことはもちろん、勝利した後のケーキですから。格別です!」
「勝利の美酒も格別ですよ」
ルーベンが手に持ったグラスを傾けた。
深い赤色のワインがルーベンの喉を通っていく。
「それにしても。まさかルーベンが料理長にケーキを頼んでいたなんて知りませんでした」
組織の者たちを鎮圧して王城に戻ってきた私は、まずシャワーを浴びて疲れと汚れを流した。
その間に執務官が捕縛した組織の者たちを地下牢へと連れて行き、尋問を開始したらしい。
組織の者たちの態度次第では私が自白魔法を使うことになるのだろうけれど、今日のところは普通の尋問をするようだ。
聖女の力が全人類に分配された今、組織が存続する理由は無い。自白魔法を使わずとも、組織の者たちが会話に応じる可能性は高いだろう。
だからルーベンと私、それにアジトへ突撃したメンバーは今日のところは尋問に加わらず、勝利を祝うことにしたのだ。
「せっかくなら好きな物を食べながら勝利を祝いたいと思いまして。ジェイミーはケーキが好きですよね?」
「大好きです! ショートケーキもチョコケーキもチーズケーキも、アップルパイやパンプキンパイだって。甘い物はだいたい好物です!」
「良かったです。前にジェイミーがチョコレートを食べていたので、チョコケーキも好きかなと思ったのですが、正解でしたね。いえ、チョコケーキが正解と言うか、甘い物なら何でも正解だったのですね」
ルーベンが可笑しそうに口の端を上げた。
もしかして食いしん坊だと思われただろうか……私が食いつくのは甘い物だけで、普通の料理にはここまでの食いつきは見せないのだけれど。
今思うと、今回の人生ではルーベンと出会うまでよくスイーツを我慢していたものだ。
果物は食べていたため完全に甘い物を遮断していたわけではないけれど、我慢した反動なのかこれまで以上にスイーツに目が無くなっている気がする。
「念のため聞きますけれど、もし組織に負けた場合このケーキはどうするつもりだったのですか?」
「廃棄になっていたでしょうね」
「もったいない! 勝ってよかった!!」
私が心から組織に勝利したことを喜ぶと、ルーベンがくすくすと声を漏らしながら笑った。
「こんな時間にケーキを食べると太りそうだから嫌だと断られる可能性も考えていたのですが、余計な心配でしたね」
「太っ……確かに。明日は騎士たちと一緒に筋トレをしようと思います」
「ここでもう食べないと言わないあたり、ジェイミーらしいですね」
「食べない選択肢なんて無いですよ。だって信じられないくらいに美味しいですから。このチョコケーキ」
「こんなに喜んでもらえたら、料理長も嬉しいでしょうね」
私はまたチョコレートケーキを口に運んだ。
美味しすぎて手が止まらなかったため、もうチョコレートケーキは当初の三分の一程度しか残っていない。
ちなみにルーベンも同じチョコレートケーキを食べているものの、最初からルーベンのケーキは私のケーキの三分の一程の大きさだった。
それなのにルーベンがゆっくりと食べているため、今では私のチョコレートケーキと同じくらいの大きさになっている。
……やっぱり私はスイーツに関してだけは、食いしん坊なのかもしれない。
「ねえ、ジェイミー」
私が自身とルーベンのチョコレートケーキを見比べていると、ルーベンが頬杖をつきながら私の名前を呼んだ。
「なんですか?」
「そろそろ返事を聞かせてほしいです」
返事……何の返事かと聞くのは野暮だろう。
ルーベンがしているのは、結婚の話だ。
「今、ここで返事をするのですか?」
この場はルーベンと私の二人きり……というわけではない。
今私たちは組織の鎮圧に成功した祝宴を開いているのだ。
ゆえにここはルーベンの寝室でも執務室でもなく、大広間。
組織のアジトに乗り込んだメンバー全員でお祝いをしている最中だ。
「組織に勝利して勢いの付いている今ここで聞かないと、返事を聞く勇気が出ないです」
「ルーベンはそんなに臆病な性格でしたっけ」
「ジェイミーに対しては臆病ですよ。ジェイミーが大事なので、失いたくないのです」
ルーベンが私の顔を覗き込む。ルーベンの目には、真剣な顔でルーベンを見つめる私の姿が映っている。
「組織が俺を狙う心配が無くなった今、何も気にすることはありません。ジェイミーの心のままに返事をしてください」
「私の心のままに……」
「その結果がどちらだとしても、ジェイミーが自身の心に従って出した答えなら、受け入れます」
ルーベンは真面目な顔でそう言ってから、悪戯っぽいものへと表情を変化させた。
「受け入れはしますが、三日三晩泣き腫らします。仕事を放棄して側近に迷惑をかけます」
「……それ、返事をする前に言うのはズルくないですか?」
「このくらいのズルで返事が変わるのなら、ズルをした方が得です」
確かに。
けれどそんなズルは必要無い。
「ルーベンに対する私の気持ちは」
ルーベンが生唾を飲み込んだ。
だからそんなに緊張する必要は無いと言うのに。
「しわくちゃになったルーベンを隣で見たいです。一緒に歳をとりましょう」
「ありがとう、ジェイミー!」
ルーベンが私のことを抱きしめた。
途端に大広間が拍手で包まれる。どうやら皆、私たちの会話に耳をそばだてていたようだ。
こんなに祝福された結婚は、生まれて初めてかもしれない。
幸せ過ぎて怖いくらいだ。
けれど。どんな恐怖も、ルーベンと二人なら乗り越えていける気がする。
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