●第41話
アジト内にいたすべての敵を戦闘不能にしたため、私はアジトの窓を開けてルーベンに組織の者たちを制圧したことを伝えた。
少しすると、窓の近くで控えていたメンバーがアジトの中へとやってきた。
「見事に片付いていますね。お疲れ様でした」
「ルーベンも、みなさんも、お疲れ様でした」
「おい、お前たち! いい気になるなよ!?」
私たちがお互いに健闘を称えていると、足を氷漬けにされた男が叫んだ。
「元気な敵を残しておいたのですね」
「はい。話せる相手がいた方が良いかと思いまして」
「うわあ。これは……凍傷になりそうですね」
「ええ、可哀想に」
「そんな他人事みたいに……実際、他人事ですが」
私たちがのほほんと話していると、男がアジト内に響き渡る大声で叫んだ。
「俺たちを殺しても、別の国にも組織の者はいる! そして、そいつらは今も別の国からこのアジトの様子を見てる。組織はこれからも活動をやめねえ。世界平和のために、『聖女の慕情』を消費させる!」
やはり別の国にも組織の者がいたか。
しかしこれは想定の範囲内だ。
むしろ組織の残党に見てほしいものがあるため、アジト内に監視魔法が掛けられているのはありがたい。
「組織の者たちがここの様子を見ているのなら好都合です」
私はきょろきょろと周りを見渡して、味方の怪我人を探した。
「これからすごいものをお見せします……って、あっ。味方の怪我はすべて回復させちゃいましたね」
うっかりしていた。
怪我の一つくらいは残しておくべきだった。
怪我をしている敵が大勢床に倒れてはいるけれど、彼らが元気になったらまた面倒くさい。
……そうだ!
「ルーベン、前に刺された胸の傷を見せてくれませんか?」
「今ここでですか?」
「お願いします! うっかりすべての怪我を治しちゃいましたので」
「またジェイミーのうっかりですか。俺は一応王族なのですが……今回だけですよ?」
ルーベンが溜息を吐きながら服をまくった。
すでに傷はふさがっているものの、ルーベンの胸には暗殺未遂事件の際の痛々しい傷痕が残っている。
「さあみなさん、ご覧ください。今からこの傷痕を綺麗に消し去ってみせます」
「はあ? 傷痕を後から消せるのなんて聖女くらい……まさか!?」
「そのまさかです」
私はルーベンの傷痕に手をかざすと、聖力を流し込んだ。
みるみるうちにルーベンの傷痕が薄くなっていく。
そして数秒と経たないうちに、ルーベンの胸の傷痕は綺麗さっぱり消えてしまった。
「これで私が聖女だと分かりましたね?」
「奇跡だ! 奇跡の力だ!」
「生きてる間に奇跡の力を見ることが出来るとは思わなかった!」
「お守りすべき聖女様がこんなにも近くにいたなんて!」
なんだか組織の男よりも、味方の方が興奮している。
今回の作戦については共有していたけれど、私が聖女である事実は伝えていなかったからだろう。
誰も彼もがキラキラした目を私に向けている。
「ジェイミー様が聖女だったんすか?」
みんなが感動している中、フレデリックが雑談のテンションで聞いてきた。
なんというか……これがフレデリックなのだろう。将来大物になりそうだ。
「実はそうなのです。私が聖女です」
「そんなことを俺たちに教えていいのかよ!?」
組織の男があり得ないと言いたげな表情で私のことを見つめているけれど、これでいい。
今この瞬間も、どこかの国にいる組織の者たちが、アジト内の光景を見ている。
私が聖女である事実も広く知られたはずだ。
しかし……そんなものは意味が無い。正確には、これから意味が無くなる。
「聖女のお前が王城のやつらと一緒にいるってことは、『聖女の慕情』はこの国の王か王子が持ってるってことだろ! 狙うべき相手を教えてくれてありがとうな、馬鹿聖女!」
「馬鹿聖女とは、低俗な悪口ですね。私は聖女ですけれど、馬鹿ではありません。聖女の力を組織に見せても問題が無いから見せたのです」
「組織の者が襲ってきても撃退できる、ってか? 舐めてもらっちゃ困るな。ここにいるのは組織のほんの一部だ。俺たちに勝ったくらいで組織を潰せると思ってるなら、おめでた過ぎて笑っちまう!」
「いいえ。そういう意味ではありません」
私はふわりと笑みを見せると、自身の胸を叩いた。
「これから聖女は、私一人ではなくなるのです」
「何を意味の分からねえことを言って……」
「ルーベン、お願いします」
私に声をかけられたルーベンは、よく通る声で宣言をした。
『聖女の慕情』の、能力使用を。
「『聖女の慕情』よ。ジェイミーの聖女の力を、世界中の人間に分け与えてくれ!」
その瞬間、私の身体からはまばゆい光が放たれた。
光は粒となって四方八方へ飛んでいく。
そして光の粒はこの場にいる全員の身体にも一粒ずつ吸収された。
「これが、聖女の力?」
「なんか……温かいかも」
「うん。ぽかぽかするような感じがする」
「不思議な感覚っすね」
誰も彼もがこの幻想的な光景を見守っている。
そして自身の身体に変化が起こったことを感じていた。
「上手く力が分散されたようですね。私自身の聖力が無くなっていくのを感じます」
アジトの外へと飛んでいく光の粒を見送りながら、私は組織の男に目をやった。
男は口をあんぐりと開けたまま固まっている。
「これが演技ではないことは、あなたもお分かりでしょう? だって、あなたも聖力が宿って温かいでしょうから」
「どうしてこんなことを……」
「どうしてって、あなたたち組織への対策です。あなたたちはこの世に『聖女の慕情』があると恐ろしいから、組織を結成したのでしょう? その組織を潰したいなら、組織の結成理由を消しちゃうのが一番効果的だと思いまして」
私は男から視線を外すと、アジト内にいる味方に向けて語りかけた。
「これからは全世界の人間が聖女であり、愛する相手に『聖女の慕情』を与えられます。とは言っても聖女の力を分散させたので、一人一人の力は弱いでしょうけれど」
「『聖女の慕情』って、なんすか?」
「愛する相手に与える愛の力……みたいなものですかね?」
なんだか言葉にすると陳腐だ。
けれど今の『聖女の慕情』には、陳腐な言葉が似合うような力しかないだろう。
「『聖女の慕情』を得た人が、幸せになりたいと願ったら、その日の夕飯に好物が出るかもしれません。そんな小さな奇跡を生む愛の力が『聖女の慕情』です」
「……そんなもの、人間の手でも叶えられる願いじゃねえか」
組織の男が吐き捨てるように言った。
その通り、本来の『聖女の慕情』とはまるで違う、とても小さな力だ。
ゆえに、この世界の脅威になることなどあり得ない。
「全世界の人間に力を分散させたのですから、使える奇跡はそんなものでしょう。きっとあなたの与える『聖女の慕情』だって、そんなものです。だからあなたたちが牢獄から出たいと願っても、少しの間散歩に連れ出される程度だと思いますよ」
男に、そしてこのアジトを見守っている組織の残党に向かって、にこりと笑ってみせる。
「これから組織はどうしますか? 全世界の人間を殺しますか?」
答えは返ってこなかったけれど、聞かなくても分かる。
私たちの戦いは終わったのだ。




