●第44話
二人でバルコニーに並びながら空を見上げる。
空では無数の星が瞬いている。
「綺麗な星空ですね」
「はい。とても静かで平和な夜です」
「……私たち、ついに平和を掴み取ったのですね」
平和な夜にしみじみとしている私のことを、ルーベンが興味深そうに見つめてきた。
「今さら実感が湧いてきたのですか?」
「遅すぎますよね。でもこの静かな夜が、急に実感を運んできてくれたのです」
「ジェイミーが、ずっと望んでいた平和な未来ですからね」
私が平和な未来を望んでいたことは確かだ。
ただ、少しだけ違う。
「私が望んでいたのは、平和な未来と言うよりも、『ルーベンが幸せになる未来』です」
「そうだったのですか?」
「はい。愛とは素晴らしいものであると同時に、平等ではないのです。どうしても私の愛は、他の誰かよりもルーベンにばかり注がれてしまうようです」
平和な世界でルーベンに生きてもらうのが一番だけれど、最悪世界が平和ではなくてもルーベンが幸せならそれでいい。
別に私は慈愛に満ちた人間ではないのだ。
愛する人の幸せを願う、どこにでもいる普通の人間だ。
「それはまた。俺はずいぶんと愛されているようですね」
「悔しいことに、何度人生をやり直しても、ルーベンを愛してしまうのです」
「それは悔しいことですか?」
「悔しいですよ! 恋は惚れた方が負けと言うじゃないですか!」
世界とルーベンを天秤にかけて天秤がルーベンの方に傾いてしまうくらい、私はルーベンに惚れている。
負けも負け、大負けだ。
「それなら問題ありません。ジェイミーと同じくらい、いいえもっと、俺の方がジェイミーに惚れていますから」
「いいえ。私の方がもっともーっと、ルーベンに惚れています!」
「もっともっともーっと、俺の方が惚れていますよ」
「もっともっともっともっと……何をやっているのでしょうね、私たちは」
急に我に返った私がそう言うと、ルーベンはまた星空を見上げた。
「こういう何気ないふざけ合いが出来るのは、素晴らしいことだと思いますよ」
「それは……その通りですね」
私たちがいくらふざけ合おうとも、静かな夜は続いている。
何とも平和で、幸せな夜だ。
「それにしても。この星の誰もが聖女になったなんて、ちょっと面白いですよね」
私は自分たちのやったことを思い出して頬を弛めた。
まさか組織も、全人類が聖女になるとは思ってもみなかったことだろう。
「男も女も子どもも老人も聖女ですからね。聖女のゲシュタルト崩壊です」
「この出来事を歴史に残すときは『全人類聖女計画』とでも書いてもらいましょうか」
「なんだか陰謀めいた響きですね」
『全人類聖女計画』の名称は冗談だけれど、聖女になる資格はもとからこの星の全員が持っていた気がする。
だって。
「聖女と言うのはきっと、他人に愛を与えられる人のことなのだと思います」
『聖女の慕情』という明確な能力は与えられなくても、誰もが大事な人に何かを与えている。愛ゆえに。
それが出来る人のことを『聖女』と呼ぶのかもしれない。
正式には認められていなくても、少なくとも私はそう思う。
「誰もが誰かを愛し、愛した誰かが幸せになるように願う。それだけで、世界はちょっとずつ良い方向へ進んでいく気がします」
「これからの世界に期待ですね」
「私が三度もやり直して、やっと手に入れた平和な世界です。良い方向に進んでくれないと困りますよ」
そう言ってルーベンの顔を見つめると、王子様らしい綺麗な顔が私のことを見つめ返してくれた。
「知っていますか、ルーベン。私たち、長い時間を一緒に過ごしたのに、数えるほどしか口付けをしたことがないのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ。不思議ですよね」
「では過去に出来なかった分も、今回の人生でしましょうか。何にも怯えずに口付けが出来るような、幸せな世界になったのですから」
私たちは平和で静かな夜に、口付けを交わした。
この先何十回も重ねるだろう、幸せな口付けを。
了




