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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第二章 〝蒼褪めたる月〟

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第15話 〝神速には至れない〟


 ナギサの首を斬り落とさんと、鈍色の刃が空気を裂いて突き進む。


 減速(リテヌート)による防御。

 普段のナギサならば、迷わずその選択をしただろう。


 しかし、今は平時に非(あら)ず。

 彼の頭に湧き上がるのは、自分自身への怒りだった。


 アデルを視認した瞬間に、Mezzo(メッゾ) (・)Forte(フォルテ)を発動しなかったことへの――ひいては、自らの考えの甘さへの怒り。


 そして、激痛によって呼び起こされる破壊衝動。


 それらと、元来の殺意が2:3でブレンドされ、ナギサがアデルを撃殺しようと動き出す。


 ああ――、

 (爪と肉の間に針を差し) (込まれたようなそれが)痛(断面でぇ?あああ頭は) (われないのかなぁあの) (時みられ伝え)

い!!


 衝動に突き動かされ、ナギサがMezzo(メッゾ) (・)Forte(フォルテ)を発動する。刹那、彼は淀みのない動作で剣を鞘から抜き放ち――


「――ッ!!」


 亜音速の横薙ぎを、音速の縦斬りで打ち落とした。


 アデルが目を剥く。

 あり得ないあり得ないあり得ない。

 あの少年の剣速が、あんなにも速いだなんて……!!


 目の前の光景を否定したくなるアデルだったが、両腕の痛みが〝これは現実だ〟と声高に叫んでいた。


 ――これは、至極当然の話だが。

 Mezzo(メッゾ) (・)Forte(フォルテ)には、出力の程度というものがある。


 ナギサは現在、血管が破裂する一歩手前の出力でMezzo(メッゾ) (・)Forte(フォルテ)を発動していた。


 彼はこの段階を〝生きながら死ね(リンフォルツァンド)〟と名付け、絶対に使わないようにと、固く心に決めていた。


 しかし、左腕を喪失したショックにより、その枷が外れ――結果、ナギサの身体能力が爆発的に上昇する。


 ――いつ死んでもおかしくないというリスクを背負うことによって。


 魔術紋が、赤く紅く緋く熱を持つ。

 その熱に突き動かされ、ナギサが無防備のアデルに剣を振るう。


 瞬間、アデルが夜越しの希望《ガーディアンエンジェル》を行使し、小さな魔剣を異空間から取り出した。それを、片手で強く握り込み――、


 魔剣と鋼剣が、衝突する。

 火花を跨いで、蒼の瞳と青の瞳が交差する。


「――っ」


 ナギサの剣の速さを視認したことにより、アデルの未来予測の精度は跳ね上がっていた。身体能力で劣りながらも、技巧と予測でナギサの剣に一度は食らいついたが――、


 三撃目には、対応できない。

 ひどく痛む右手が、そう言っていた。


「――ッ!」


 ――詠唱破棄。

 アデルが左手から、炎を放つ。


 ――それがどうした。

 ナギサが剣を振り、視界を埋め尽くす炎をかき消す。


 直後、ナギサの瞳に映ったのは、緑と青だけの世界だった。



 §



 ――勝てない。

 あの少年は、僕と同じ景色を見ていない。


 二度、剣を合わせただけで、アデルはそう自らの負けを胸中で認めた。


 ――血液を加速しての身体強化。

 理屈はわかるが、それを実行に移す心の有り様がまるでわからない……!


 第一の瓶の能力〝蒼き千里眼(オメガヴァイアンス)〟により、アデルはごく短時間でナギサの能力を看破していた。


 ――あれは両重ねの必殺技だ……!

 仮に相手を殺せたとしても、その直後に自分も死ぬ技……!

 あの少年は間違いなく、頭がイカれている……!!


 現に、アデルの蒼の視界の中では、ナギサは既に六十三回も死んでいる。


 ナギサが死んだ未来(ウィンドウ)は即座にリセットしているため、未来予測に支障はない。


 だが、自らの命を蚊の睫(まつげ)ほどにも思わないその異常性が、アデルの精神に少なからず揺さぶりをかけていた。


 ――目付きからしてもそうだ。

 熱と冷が重なり合って、溶けているような目。あの水のように透き通った瞳は、激情的でありながらも、ひどく理知的なものを感じさせる。


 熱と冷。

 どちらか一方に傾いている奴らは、たくさん見てきた。だが、あの少年はその二つが両極端に振り切れている。


 否、否、否。

 ……断じて、否。


 ――怖い。

 怖い、こわい!

 百とゼロが同時に存在する人間なんて、今まで見た(こわいこわい )ことがない(こわい こ わい)。

 化け物だ、あれは本物の――、


 ナギサ・グローティーの異常性は、


 ――化け物だ……!!


 アデル・エドガーの精神に多大な影響を与えていた。


 恐怖という死に最も近い感情。

 それを、Sランク冒険者がDランク冒険者に教えられている。


 まさに、異様。


 とかく、異様としか言いようがなかった。


 こうして、手負いの獣は、精神面で狩人に大勝を収める。


 だが、その勝利が、アデルの行動を変える要因の一助となった。


 左手から火炎を放射しながら、アデルが魔剣に魔力を込める。そして、次の瞬間、彼はそれで自らの体を傷つけた。


 魔剣の能力が発動し、アデルがリレの眼前へと転移する――――。



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