第15話 〝神速には至れない〟
ナギサの首を斬り落とさんと、鈍色の刃が空気を裂いて突き進む。
減速による防御。
普段のナギサならば、迷わずその選択をしただろう。
しかし、今は平時に非ず。
彼の頭に湧き上がるのは、自分自身への怒りだった。
アデルを視認した瞬間に、Mezzo Forteを発動しなかったことへの――ひいては、自らの考えの甘さへの怒り。
そして、激痛によって呼び起こされる破壊衝動。
それらと、元来の殺意が2:3でブレンドされ、ナギサがアデルを撃殺しようと動き出す。
ああ――、
痛
い!!
衝動に突き動かされ、ナギサがMezzo Forteを発動する。刹那、彼は淀みのない動作で剣を鞘から抜き放ち――
「――ッ!!」
亜音速の横薙ぎを、音速の縦斬りで打ち落とした。
アデルが目を剥く。
あり得ないあり得ないあり得ない。
あの少年の剣速が、あんなにも速いだなんて……!!
目の前の光景を否定したくなるアデルだったが、両腕の痛みが〝これは現実だ〟と声高に叫んでいた。
――これは、至極当然の話だが。
Mezzo Forteには、出力の程度というものがある。
ナギサは現在、血管が破裂する一歩手前の出力でMezzo Forteを発動していた。
彼はこの段階を〝生きながら死ね〟と名付け、絶対に使わないようにと、固く心に決めていた。
しかし、左腕を喪失したショックにより、その枷が外れ――結果、ナギサの身体能力が爆発的に上昇する。
――いつ死んでもおかしくないというリスクを背負うことによって。
魔術紋が、赤く紅く緋く熱を持つ。
その熱に突き動かされ、ナギサが無防備のアデルに剣を振るう。
瞬間、アデルが夜越しの希望を行使し、小さな魔剣を異空間から取り出した。それを、片手で強く握り込み――、
魔剣と鋼剣が、衝突する。
火花を跨いで、蒼の瞳と青の瞳が交差する。
「――っ」
ナギサの剣の速さを視認したことにより、アデルの未来予測の精度は跳ね上がっていた。身体能力で劣りながらも、技巧と予測でナギサの剣に一度は食らいついたが――、
三撃目には、対応できない。
ひどく痛む右手が、そう言っていた。
「――ッ!」
――詠唱破棄。
アデルが左手から、炎を放つ。
――それがどうした。
ナギサが剣を振り、視界を埋め尽くす炎をかき消す。
直後、ナギサの瞳に映ったのは、緑と青だけの世界だった。
§
――勝てない。
あの少年は、僕と同じ景色を見ていない。
二度、剣を合わせただけで、アデルはそう自らの負けを胸中で認めた。
――血液を加速しての身体強化。
理屈はわかるが、それを実行に移す心の有り様がまるでわからない……!
第一の瓶の能力〝蒼き千里眼〟により、アデルはごく短時間でナギサの能力を看破していた。
――あれは両重ねの必殺技だ……!
仮に相手を殺せたとしても、その直後に自分も死ぬ技……!
あの少年は間違いなく、頭がイカれている……!!
現に、アデルの蒼の視界の中では、ナギサは既に六十三回も死んでいる。
ナギサが死んだ未来は即座にリセットしているため、未来予測に支障はない。
だが、自らの命を蚊の睫ほどにも思わないその異常性が、アデルの精神に少なからず揺さぶりをかけていた。
――目付きからしてもそうだ。
熱と冷が重なり合って、溶けているような目。あの水のように透き通った瞳は、激情的でありながらも、ひどく理知的なものを感じさせる。
熱と冷。
どちらか一方に傾いている奴らは、たくさん見てきた。だが、あの少年はその二つが両極端に振り切れている。
否、否、否。
……断じて、否。
――怖い。
怖い、こわい!
百とゼロが同時に存在する人間なんて、今まで見たことがない。
化け物だ、あれは本物の――、
ナギサ・グローティーの異常性は、
――化け物だ……!!
アデル・エドガーの精神に多大な影響を与えていた。
恐怖という死に最も近い感情。
それを、Sランク冒険者がDランク冒険者に教えられている。
まさに、異様。
とかく、異様としか言いようがなかった。
こうして、手負いの獣は、精神面で狩人に大勝を収める。
だが、その勝利が、アデルの行動を変える要因の一助となった。
左手から火炎を放射しながら、アデルが魔剣に魔力を込める。そして、次の瞬間、彼はそれで自らの体を傷つけた。
魔剣の能力が発動し、アデルがリレの眼前へと転移する――――。




