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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第二章 〝蒼褪めたる月〟

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第16話 〝――音速にも至れない〟


 空間転移とほぼ同時に、アデルが鋼剣を打ち振るう。放たれるは、相手の首を落とすことを目的とした横一文字。

 

 リレに亜音速の死が迫る。


 ――アデルは知っていた。

 相手に、何もさせない。

 それが、対人戦における必勝法であると。


 鮮血を求めて、刃が走る。

 リレの身体能力では、それを真正面から叩き落とすことはできない。


 当然だ。

 そも、彼女は魔術師。

 身体能力の高さを、売りにしているわけではない。


「――ッ!」


 リレが拳を、わずかに振るう。

 イドラ〝不彁視の砲弾(ゴーストフィスト)〟の発動条件が満たされる。


 それは、音速に至らずとも衝撃波を発生させることができる魔術であり――、


「――ぐ、ぐぅ!」

「――チィィッ!」


 刃がリレの首筋を斬り裂くのと同時に、凄まじい衝撃波がアデルの腹に直撃した。


 ――彼は知っていた。

 その必勝法を使えるのは、世界に冠絶する戦技を持つ人間だけであると。


 自分のような凡人上がりは、知恵を巡らせ、勝利の糸を手繰り寄せないといけないと――!


 後方へと飛ばされながら、アデルが笑う。

 彼の視線の先には、首筋から大量の鮮血を吹きこぼしている黒髪の少女の姿があった。


 致命傷を与えた。

 そんな確/信があったのに――、


「――チッ」


 千余りの未来。

 そのすべてで、リレの傷口が瞬く間に塞がっていく。


 彼女のイドラは既に割れている。

 つまり、あれは――治癒魔術。


 生まれ持った魔力が水属性でありながら、イドラは風を操る能力……本当に、わけがわからない。


 彼女もまた、埒外の存在だということか――そうアデルが自分自身を納得させた瞬間だった。


 総数269の未来(ウィンドウ)が、直黒(ひたぐろ)に塗り潰されたのは。


 自身に迫る、死。

 それを視覚情報として与えられ、アデルがえずく。


 嘔吐感を必死で堪えながら、アデルが自身の肉を魔剣で裂いた。例の如く、発動条件が満たされる。


 ――転移の魔剣。

 転移先は、自らの視界内に限られる。


 刹那、アデルが能力を発動し――、同じ場所へと転移した。


 一から一へ、二から二へ。

 アデルが取った行動は、上記の喩えと何ら変わりがない。


 しかし、その行動を魔力の無駄遣いと罵る者は、この世に存在しないだろう。


 ――それはなぜか。

 答えは簡単だ。

 体の向きが、180度回転したから――!


「――ッ!!」

「――っ!?」


 振り下ろされる斬死の因を、魔剣を以て斬り払う。


 想定外の動きに、ナギサの体勢が崩れた。

 ここぞとばかりに、アデルが斬撃を繰り出す。


「――チッ」


 蒼い未来は望む結果を示さない。

 直後、アデルの予測を凌駕する動きで、ナギサが魔剣を受け止める。


 重なる刃。

 散る火花が、怨嗟(えんさ)の念で泣いている。


「はああああああ!!」

「アアアアアアア!!」


 咆哮を上げながら、鍔迫り合いになる両者。

 そこに、


「不彁視の砲弾(ゴーストフィスト)――ッ!」


 詠唱により強化された衝撃波が飛んでくる――!


 ――くそ……!

 不意を突けないという利点を、逆手に取られた……!!


 アデルが左腕を後ろに伸ばす。

 ナギサに放つ予定だった業炎。

 それを防御に回し、アデルが不可視の波を無力化する。


「――ッ!!!」


 その直後、アデルが声にならない悲鳴を出した。最悪の未来――そう、1156の未来(ウィンドウ)が烏羽色(からすばいろ)に染め上げられたから。


 ――死ぬ。

 死ぬ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……!


 アデルが生物として存在している未来は、三つしか残されていない。その事実は、彼にとって死刑宣告も同然だった。


 ――僕が、死ぬ……?


 Sランク冒険者が、Dランク冒険者に一瞬で殺される。


 ――いや、おかしい……!


 果たして、そんな莫迦(ばか)な話があるだろうか。


 ――たとえ死ぬとしても、こんな大差をつけられて死ぬはずがない……!


 否、あるわけがない。


 ――僕は、そんなに弱くない……!!


 つまるところ、この漆黒が意味するものは――、


「――ッ!」


 アデルの思考が、正常に戻った時にはもう遅かった。ナギサの左腕――斬り落とされた上腕の断面。それが、赤の液体を一滴も溢さずに、歪んだ笑みを浮かべていた。



 §



 アデル・エドガーは致命的な見落としをしていた。


 音速と、亜音速。

 剣速に――膂力(りょりょく)に大きな違いがあるのにもかかわらず、ナギサとアデルは鍔迫り合いを九秒間も続けていた。


 それは、つまり。

 ナギサが意図して、この状況を作り上げていたということ――!


 ――ダメだ……!

 もう――!!


 彼は、致命的な見落としをもう一つしていた。


 Mezzo(メッゾ) (・)Forte(フォルテ)は、自身の血の巡りを加速させる技だ。怪我をすれば当然、出血量は多くなる。


 その状態で、傷口を遅くしたら――、


「栓離銃(センリガン)――ッ!!」


 行き場を失った血液は、電動水鉄砲(ウォーターガン)の夢を見るか?



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