第16話 〝――音速にも至れない〟
空間転移とほぼ同時に、アデルが鋼剣を打ち振るう。放たれるは、相手の首を落とすことを目的とした横一文字。
リレに亜音速の死が迫る。
――アデルは知っていた。
相手に、何もさせない。
それが、対人戦における必勝法であると。
鮮血を求めて、刃が走る。
リレの身体能力では、それを真正面から叩き落とすことはできない。
当然だ。
そも、彼女は魔術師。
身体能力の高さを、売りにしているわけではない。
「――ッ!」
リレが拳を、わずかに振るう。
イドラ〝不彁視の砲弾〟の発動条件が満たされる。
それは、音速に至らずとも衝撃波を発生させることができる魔術であり――、
「――ぐ、ぐぅ!」
「――チィィッ!」
刃がリレの首筋を斬り裂くのと同時に、凄まじい衝撃波がアデルの腹に直撃した。
――彼は知っていた。
その必勝法を使えるのは、世界に冠絶する戦技を持つ人間だけであると。
自分のような凡人上がりは、知恵を巡らせ、勝利の糸を手繰り寄せないといけないと――!
後方へと飛ばされながら、アデルが笑う。
彼の視線の先には、首筋から大量の鮮血を吹きこぼしている黒髪の少女の姿があった。
致命傷を与えた。
そんな確/信があったのに――、
「――チッ」
千余りの未来。
そのすべてで、リレの傷口が瞬く間に塞がっていく。
彼女のイドラは既に割れている。
つまり、あれは――治癒魔術。
生まれ持った魔力が水属性でありながら、イドラは風を操る能力……本当に、わけがわからない。
彼女もまた、埒外の存在だということか――そうアデルが自分自身を納得させた瞬間だった。
総数269の未来が、直黒に塗り潰されたのは。
自身に迫る、死。
それを視覚情報として与えられ、アデルがえずく。
嘔吐感を必死で堪えながら、アデルが自身の肉を魔剣で裂いた。例の如く、発動条件が満たされる。
――転移の魔剣。
転移先は、自らの視界内に限られる。
刹那、アデルが能力を発動し――、同じ場所へと転移した。
一から一へ、二から二へ。
アデルが取った行動は、上記の喩えと何ら変わりがない。
しかし、その行動を魔力の無駄遣いと罵る者は、この世に存在しないだろう。
――それはなぜか。
答えは簡単だ。
体の向きが、180度回転したから――!
「――ッ!!」
「――っ!?」
振り下ろされる斬死の因を、魔剣を以て斬り払う。
想定外の動きに、ナギサの体勢が崩れた。
ここぞとばかりに、アデルが斬撃を繰り出す。
「――チッ」
蒼い未来は望む結果を示さない。
直後、アデルの予測を凌駕する動きで、ナギサが魔剣を受け止める。
重なる刃。
散る火花が、怨嗟の念で泣いている。
「はああああああ!!」
「アアアアアアア!!」
咆哮を上げながら、鍔迫り合いになる両者。
そこに、
「不彁視の砲弾――ッ!」
詠唱により強化された衝撃波が飛んでくる――!
――くそ……!
不意を突けないという利点を、逆手に取られた……!!
アデルが左腕を後ろに伸ばす。
ナギサに放つ予定だった業炎。
それを防御に回し、アデルが不可視の波を無力化する。
「――ッ!!!」
その直後、アデルが声にならない悲鳴を出した。最悪の未来――そう、1156の未来が烏羽色に染め上げられたから。
――死ぬ。
死ぬ、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……!
アデルが生物として存在している未来は、三つしか残されていない。その事実は、彼にとって死刑宣告も同然だった。
――僕が、死ぬ……?
Sランク冒険者が、Dランク冒険者に一瞬で殺される。
――いや、おかしい……!
果たして、そんな莫迦な話があるだろうか。
――たとえ死ぬとしても、こんな大差をつけられて死ぬはずがない……!
否、あるわけがない。
――僕は、そんなに弱くない……!!
つまるところ、この漆黒が意味するものは――、
「――ッ!」
アデルの思考が、正常に戻った時にはもう遅かった。ナギサの左腕――斬り落とされた上腕の断面。それが、赤の液体を一滴も溢さずに、歪んだ笑みを浮かべていた。
§
アデル・エドガーは致命的な見落としをしていた。
音速と、亜音速。
剣速に――膂力に大きな違いがあるのにもかかわらず、ナギサとアデルは鍔迫り合いを九秒間も続けていた。
それは、つまり。
ナギサが意図して、この状況を作り上げていたということ――!
――ダメだ……!
もう――!!
彼は、致命的な見落としをもう一つしていた。
Mezzo Forteは、自身の血の巡りを加速させる技だ。怪我をすれば当然、出血量は多くなる。
その状態で、傷口を遅くしたら――、
「栓離銃――ッ!!」
行き場を失った血液は、電動水鉄砲の夢を見るか?




