第13話 〝月梟条例 ――開演――〟
どうしてもコンテストに応募したく、新作を書いていて遅くなりました。
『減速の冒険者』第二章本編、始めます。
「――――は」
そう短く息を吐いて、Mezzo Forteを解除する。それと同時に、リレを腕の中から解放した。
「けほっ、けほ……」
「ごめん、大丈夫か? リレ」
「大丈夫です……気にしないでください」
リレの咳が治まるのを待ちながら、周囲を改めて見回す。
どの方角を向いても目の前に広がるのは、青々しい草原だった。木の数は少ない。鋭い陽射しに照りつけられ、草々はどこか萎れているように見えた。
近くに建物は見えない。
リレを除いて、人の気配もない。
あるのは――微弱な魔剣の気配だけ。
異質さを感じる方向に、目を向ける。
目を凝らすと、小さな魔剣が地面に突き刺さっているのが見えた。
少し歩き、その魔剣を地面から引き抜く。
魔力を流し、能力を確認する。
周囲に敵がいないことを確認すると、俺はその剣で自らの腕の表皮を斬り裂いた。頭の中に、あの異様な情報が再び流れ込んでくる。
「――――」
伝達の魔剣。
魔力を流して人または亜人を斬りつけることで、月梟条例の条文すべてを頭に植え付けることができる。
既知の情報だからか、二秒ほどしか思考が停止しなかった。
……これは個人差がありそうだな。
そんなことを考えていると、リレに「ナギサさん」と後ろから声をかけられた。俺は振り返る。
「ここって異空間……戦域ですよね」
『第3条(転移)
全参加者は、現世から切り離された異空間(以下「戦域」という)へ一括転移されるものとする』
「ああ、間違いないだろうな」
見慣れない草原に、照り付ける太陽。
そして何より――原初の魔剣の気配をまったく感じない。
ここがムーン・パラソルでないことは火を見るより明らかだった。
「どうやら、俺たちは原初の魔剣によって強制的に転移させられたらしい」
「そう、ですよね。そうとしか考えられませんよね。……ナギサさん、さっきはありがとうございました」
「体、痛かったりしないか? 腕の中でリレを潰してた気がするんだけど」
「治したので大丈夫ですよ」
やっぱり潰してたか。
緊急事態で、リレの体のことを気遣う余裕がなかった。
「ごめんリレ。痛かったろ」
「ええ、まあ。でも、幸せな痛みというか。死ぬ時はあんな風に、抱きしめられて死にたいですね」
「え? ああ、そうなんだ」
理想の死に方、か。
リレもそんなことを考えるんだな。
「ナギサさんの減速って凄いですよね。原初の魔剣に逆らうことができるんですから」
「たまたまじゃないか? 転移の性質にもよるだろ」
「そうですかね……」
あれが生物のみを転移させるチカラであったのなら、減速でリレの転移を妨害することはできなかっただろう。
リレを見つめる。
衣服、残陽石のペンダント、銀のブレスレット……すべて一緒に転移している。
ブレスレットを除いたら、俺も同様。
これらを鑑みるに、原初の魔剣の能力は、対象者、そしてその人物が身につけているモノを転移させるというもの。
恐らくリレに抱きついた俺は、リレの衣服と同じ扱いになったのだろう。そして、俺が減速を発動したことによって転移させることができなくなった。
「――――」
できなくなった……?
いや、それはおかしい。
俺も転移しているんだぞ?
道理が合わない。
俺が妨害したことによって、途中で転移の性質が変化したのか? 減速による影響を受けないために、空間転移に移行した? 原初の魔剣ならそれくらいできるはずだ。だから、俺も一緒に転移した?
わからない。
わからないことを考えているから、すべてが俺の妄想になっている。
そもそもとして、現に俺は転移しているんだし、考える必要がないな……これ。
頭を切り替えよう。
仕組みのわからないことなんて、世界には山ほどある。考えることも大事だが、考えないこともまた大事だ。
「ナギサさん、その魔剣は?」
「伝達の魔剣。魔力を流すと、月梟条例のルールが頭に流れ込んでくる」
「その魔剣があるってことは……」
「ああ、ムーン・パラソルにいなかった人間もこの月梟条例の参加者に含まれてる」
そうでなければ、こんな魔剣を用意する必要はないはずだ。目を通して、脳のシナプスの可塑性を弄られたせいで、現地にいた人は月梟条例のルールを忘れることはあり得ないのだから。
というか、そもそも、
「バリア・ハートにいるであろうアラステアも、参加者だからそれは間違いないと思う」
「そうですよね。ナギサさん、あと一つ……いや二つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「なに?」
「バリア・ハートってどこのことですか? 聞き覚えがなくて」
「――? 砂漠都市の名前だから、聞いたことがあると思うけど」
砂漠都市『バリア・ハート』。
夜間透明都市と同じく、原初の魔剣の影響下にある都市だ。
「砂漠都市の名前は、バルハートじゃないです?」
「――――」
――、――――。
「ナギサさん?」
「ああ、いや……なんでもないなんでもない。そうだよな。俺が間違ってた、リレが合ってるよ」
砂漠都市『バルハート』。
夜間透明都市と同じく、原初の魔剣の影響下にある都市だ。
「それで、もう一つの聞きたいことって?」
「ナギサさんは……その、これからどうするつもりですか?」
「身を隠せる場所を探して、そこでクシェラさんからの助けを待とうと思ってる」
『第5条(終結)
本選別の終結は、戦域内の生存者が1名となった時点とする。
2 当該生存者のみが魔剣の正当なる担い手としての資格を有し、現世への帰還権を有する』
「俺とリレ、二人が助かるにはこれしかない」
イレギュラーの俺が、生存者に含まれていても、含まれていなくても、この結論は変わらない。俺が、リレを殺すことなどあり得ない。
絶対に、絶対に、絶対に。
絶対に――
「……私たちが月梟条例に巻き込まれたことを、クシェラさんが知る手段はあるんですか?」
気持ち悪がられるだろうし、本当のことは言えないな。嘘を並べるか。
「ある。あの人とは長い付き合いだからな……一週間おきに筆談をしてるんだ。千里眼ならできるだろ?」
「できますね。最後の筆談はいつ行ったんですか?」
「十三日前。明日の夜には、クシェラさんは俺の異常に気づくはずだ。そして、クシェラさんなら何とかして、俺たちを現世に引き戻してくれるはず」
「希望的観測が強いですね」
柔らかな声で、リレがそう言う。
「不満か?」
答えがわかっている問いを、投げかける。
「いえ、殺し合いより何千倍もマシです」
そう言って、リレが微笑んだ。
これで目的は一致したことだし、やりたいことをやるか。
「リレ――もし誰かと戦いになった時のために、試しておきたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「まず、この魔剣の存在が勘付かれる範囲を知りたい」
「わかりました。離れますね」
互いに、距離を取っていく。
そして、
「感じなくなりました」
「半径五メートルくらいか」
身を遮るモノのないこの平原なら、持っていてもデメリットはないな。気配を感知される前に、目視で俺たちの存在がわかるだろうし。
「リレ、次は――」
――――ッ!
「ナギサさん?」
「ああ、いや悪い。他にも試したいことがあるから、もう一度俺から離れてくれないか? 俺が指示するまで、離れ続けてほしい」
「――? わかりました」
リレが離れていく。
俺から距離を取っていく。
「もういいよ!」
十メートル近く離れたリレに、そう声をかける。そして、俺は立ち止まるリレに向かって、本気で伝達の魔剣を投げていた。
「……え?」
次の瞬間だった。
『霧の悪魔』と呼ばれるSランク冒険者――アデル・エドガーが、俺の左腕を斬り飛ばしたのは。




