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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第二章 〝蒼褪めたる月〟

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第12話 〝魔剣都市『ムーン・パラソル』〟


 夜。

 俺たち五人は、宿屋の一室に集まっていた。


「本当にありがとうな、ナギさん。リレちゃん」

「ナギサ、リレさん。ありがとう」

「ロイスのために……ありがとうな」


「どういたしまして」

「ああ、こちらこそ」


 三者三様に告げられる感謝の言葉に、まとめてそう言葉を返す。

 ヴァルターも、ロイスも、そしてイヴァンも屈託のない笑みを浮かべている。否、浮かべているように見える。


『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』


 黙れ。


『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』


 黙れ。


「じゃ、始めるか」


「よろしく頼むな、ヴァルター」


「ああ、任せとけ」


 そう言って、ヴァルターが透過の魔剣を手に取った。それとほぼ同時に、ロイスが左腕を前に突き出す。


 ヴァルターは突き出されたその手を左手で握り込むと、魔剣でその皮膚を浅く斬り裂いた。微量の血が、剣身に付着する。


 その瞬間だった。


「――――は?」


 ヴァルターがそんな声を漏らしたのは。


「どうした? ヴァルター」


 俺が投げかけたその問いは、ロイスの「お、おおー!」という歓喜の声にかき消された。


「すげーぜ! 視界が一気に明るくなった!!」


「良かったな、ロイス」


「ああ! ヴァルターありがとうな!」


「――――」


「ヴァルター?」


 真顔で、黙り込むヴァルターを不審に思い、ロイスが名前を呼ぶ。


「どうした? あっ、もしかして魔力枯渇か?」


「…………あ、ああ。そんなところだ」


 呆然とした表情で、ヴァルターが小さく言う。直後、体を動かすのがやっとの様子で、近くのテーブルに魔剣を優しく置くヴァルター。


「ご、ごめんな――みんな。少し、自室で休んでくる!」


 今度は反対に大きな声でそう言うと、ヴァルターは駆け足で部屋から退出した。


「大丈夫かな、ヴァルターのやつ」


「魔力枯渇ってわけでもなさそうだし、大丈夫じゃねぇか? 一人にさせておこうぜ」


 俺の直感が言っていた。

 今のヴァルターを絶対に、一人にさせてはいけないと。


「リレ、少しヴァルターの様子を見てくる」


「わかりました。何かあったら、すぐ私に言ってください」


「ああ」と短く答え、退室する。一人にさせておこうぜ――そう言ったイヴァンから、その行動を咎められるかと思ったが、特に何も言われなかった。


 廊下を歩き、ヴァルターの部屋を訪ねる。


「ヴァルター、開けて――」


 言い終わる前に、扉が開かれた。


「なんで、お前そんな……」


 今にも、泣き出しそうな顔をしているんだよ。胸が、締め付けられる。


「いったいどうしたんだ? ヴァルター」


 部屋にも入らず、そう問いを投げかける。

 返答は、なかった。


「頼む。俺に話してみてくれないか」


 問いを、重ねる。


「ご……くぎ」


 ヴァルターの唇が小さく動く。

 何かを言っているようだが、聞き取れずに俺は「え?」と疑問の声を上げた。


「五寸釘」


「ごすん、くぎ?」


 なぜそんな単語が、いま、この状況で出てくるのか。

 理解ができない。


「五寸釘と……白い、花びらが……ロイスのっ体のっなか、に……」


「――――は?」


 言葉は聞き取れた。

 しかし、いったい何を言っているのかわからない。


 脳が、その言葉を理解するのを、理解してしまうのを、全力で拒否している。


 十数秒の時間をかけてその情報を咀嚼した俺は、とある結論に至った。


「お前、それって――!」


 そう言葉を続けようとした瞬間。

 突如、今まで感じたことのない異常な魔剣の気配が俺の体を貫いた。自然と、言葉が止まる。止まらせ、られる。


 恐怖の感情はない。

 怖がらせるような気配ではない。

 ただ、ただ――自らの存在を誇示するような、そんな気配だった。


 夜間透明都市『ムーン・パラソル』。

 ここでは、原初の魔剣の気配が強大すぎるあまりに、他の魔剣の気配を感じ取ることができない。それはつまり、この気配の発生源は――、


「原初の、魔剣……!」


 それしかない。


「ナギさん、外に!」


 魔剣の気配で、強制的に正気に戻らされたヴァルターが言う。俺もその言葉に「ああ!」と同意し、廊下を走った。


「ナギサさん!」


 後ろからそう名前を呼ばれる。

 リレだ。ついてきているのだろう。


 今の状況を確認するため、宿屋からオレンジ色に支配された世界に飛び出す。


 大通りに出て、立ち止まる。

 多くの人が、空を見上げていた。

 自然と俺も、横にいるヴァルターも、その横にいるリレも、空を見上げる。

 見上げさせ、られる。


 空には、大きな月があった。

 髑髏(しゃれこうべ)のように白い月だった。

 そして。

 その横に、一振りの剣が浮かんでいた。厳かな剣だった。剣身が、きらりきらりと光を放っていた。


 間違いない。

 あれは、原初の魔剣だ。


 そう、その剣の正体を理解した直後。

 頭の中に、異様な情報が流れ込む――



月梟条例(げっきょうじょうれい)


第1条(目的)

本選別は、消滅の魔剣(以下「当該魔剣」という)が有する強大な力を正しく制御し、その運用を完遂し得る唯一の担い手を選別することを目的とする。


第2条(参加資格)

本選別の参加資格は、当該魔剣が独自の基準に基づき、事前に適性を認めた合計24名の個人に対して一方的に付与されるものとする。

2 前項の資格は転移の術式を以て本人へ通知され、これを拒否、辞退、または第三者へ譲渡することは一切不可能とする。


第3条(転移)

全参加者は、現世から切り離された異空間(以下「戦域」という)へ一括転移されるものとする。


第4条(選別方法)

担い手としての適性を証明するため、24名の参加者相互による殺傷を伴う戦闘を行う。


第5条(終結)

本選別の終結は、戦域内の生存者が1名となった時点とする。

2 当該生存者のみが魔剣の正当なる担い手としての資格を有し、現世への帰還権を有する。


第6条(再執行)

選別後の担い手が死亡、またはその資格を喪失した場合は、速やかに新たな参加者を選出し、本選別を再執行するものとする。


附則

本選別は、推定される厄災発生の五年前を以て、執行するものとする。



「――ッ!」


 理解より先に、体が動く。

 Mezzo(メッゾ) ()Forte(フォルテ)を発動する。

 獣のような直感。

 遅れて、脳みそが条例の一文をピックアップする。


『前項の資格は〝転移の術式〟を以て本人へ通知され、これを拒否、辞退、または第三者へ譲渡することは一切不可能とする』


「リレ――!」


 突如、彼女の体に刻まれた転移の術式とされるもの。

 その正体は、月梟条例(げっきょうじょうれい)と呼ばれる殺し合いの参加資格ではないのか――!


「うぁっ!」


 心の中でごめんと謝りながら、ヴァルターを後方へと突き飛ばす。


「な、なぎ――」


 袖を瞬時に(まく)って、その先にいるリレに飛びつく。

 華奢な体に両腕を回し、抱きしめる。

 瞬間、俺は全身の表皮に減速(リテヌート)を発動した。


 直後――、


「く……!!」


 体に襲いかかる重圧。

 リレの転移を妨害している俺に対する、魔剣の裁き。


「ああああああぁぁぁ!!」


 行かせない。

 リレを死地に行かせてたまるものか……!

 減速(リテヌート)をフル稼働させ、彼女をこの空間に縫い付ける。


「ナギさん――!」


 立ち上がったヴァルターが、俺たちに手を伸ばす。ほぼ同時に、不可視の重圧が消え去り――、視界が音もなく切り替わった。


 見えるのは、青空と緑生い茂る草原。

 感じるのは、胸に抱くリレの感触。

 ――ヴァルターの姿は、どこにもなかった。



第二章〝蒼褪めたる月〟本編開始

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