第12話 〝魔剣都市『ムーン・パラソル』〟
夜。
俺たち五人は、宿屋の一室に集まっていた。
「本当にありがとうな、ナギさん。リレちゃん」
「ナギサ、リレさん。ありがとう」
「ロイスのために……ありがとうな」
「どういたしまして」
「ああ、こちらこそ」
三者三様に告げられる感謝の言葉に、まとめてそう言葉を返す。
ヴァルターも、ロイスも、そしてイヴァンも屈託のない笑みを浮かべている。否、浮かべているように見える。
『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』
黙れ。
『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』
黙れ。
「じゃ、始めるか」
「よろしく頼むな、ヴァルター」
「ああ、任せとけ」
そう言って、ヴァルターが透過の魔剣を手に取った。それとほぼ同時に、ロイスが左腕を前に突き出す。
ヴァルターは突き出されたその手を左手で握り込むと、魔剣でその皮膚を浅く斬り裂いた。微量の血が、剣身に付着する。
その瞬間だった。
「――――は?」
ヴァルターがそんな声を漏らしたのは。
「どうした? ヴァルター」
俺が投げかけたその問いは、ロイスの「お、おおー!」という歓喜の声にかき消された。
「すげーぜ! 視界が一気に明るくなった!!」
「良かったな、ロイス」
「ああ! ヴァルターありがとうな!」
「――――」
「ヴァルター?」
真顔で、黙り込むヴァルターを不審に思い、ロイスが名前を呼ぶ。
「どうした? あっ、もしかして魔力枯渇か?」
「…………あ、ああ。そんなところだ」
呆然とした表情で、ヴァルターが小さく言う。直後、体を動かすのがやっとの様子で、近くのテーブルに魔剣を優しく置くヴァルター。
「ご、ごめんな――みんな。少し、自室で休んでくる!」
今度は反対に大きな声でそう言うと、ヴァルターは駆け足で部屋から退出した。
「大丈夫かな、ヴァルターのやつ」
「魔力枯渇ってわけでもなさそうだし、大丈夫じゃねぇか? 一人にさせておこうぜ」
俺の直感が言っていた。
今のヴァルターを絶対に、一人にさせてはいけないと。
「リレ、少しヴァルターの様子を見てくる」
「わかりました。何かあったら、すぐ私に言ってください」
「ああ」と短く答え、退室する。一人にさせておこうぜ――そう言ったイヴァンから、その行動を咎められるかと思ったが、特に何も言われなかった。
廊下を歩き、ヴァルターの部屋を訪ねる。
「ヴァルター、開けて――」
言い終わる前に、扉が開かれた。
「なんで、お前そんな……」
今にも、泣き出しそうな顔をしているんだよ。胸が、締め付けられる。
「いったいどうしたんだ? ヴァルター」
部屋にも入らず、そう問いを投げかける。
返答は、なかった。
「頼む。俺に話してみてくれないか」
問いを、重ねる。
「ご……くぎ」
ヴァルターの唇が小さく動く。
何かを言っているようだが、聞き取れずに俺は「え?」と疑問の声を上げた。
「五寸釘」
「ごすん、くぎ?」
なぜそんな単語が、いま、この状況で出てくるのか。
理解ができない。
「五寸釘と……白い、花びらが……ロイスのっ体のっなか、に……」
「――――は?」
言葉は聞き取れた。
しかし、いったい何を言っているのかわからない。
脳が、その言葉を理解するのを、理解してしまうのを、全力で拒否している。
十数秒の時間をかけてその情報を咀嚼した俺は、とある結論に至った。
「お前、それって――!」
そう言葉を続けようとした瞬間。
突如、今まで感じたことのない異常な魔剣の気配が俺の体を貫いた。自然と、言葉が止まる。止まらせ、られる。
恐怖の感情はない。
怖がらせるような気配ではない。
ただ、ただ――自らの存在を誇示するような、そんな気配だった。
夜間透明都市『ムーン・パラソル』。
ここでは、原初の魔剣の気配が強大すぎるあまりに、他の魔剣の気配を感じ取ることができない。それはつまり、この気配の発生源は――、
「原初の、魔剣……!」
それしかない。
「ナギさん、外に!」
魔剣の気配で、強制的に正気に戻らされたヴァルターが言う。俺もその言葉に「ああ!」と同意し、廊下を走った。
「ナギサさん!」
後ろからそう名前を呼ばれる。
リレだ。ついてきているのだろう。
今の状況を確認するため、宿屋からオレンジ色に支配された世界に飛び出す。
大通りに出て、立ち止まる。
多くの人が、空を見上げていた。
自然と俺も、横にいるヴァルターも、その横にいるリレも、空を見上げる。
見上げさせ、られる。
空には、大きな月があった。
髑髏のように白い月だった。
そして。
その横に、一振りの剣が浮かんでいた。厳かな剣だった。剣身が、きらりきらりと光を放っていた。
間違いない。
あれは、原初の魔剣だ。
そう、その剣の正体を理解した直後。
頭の中に、異様な情報が流れ込む――
◯月梟条例
第1条(目的)
本選別は、消滅の魔剣(以下「当該魔剣」という)が有する強大な力を正しく制御し、その運用を完遂し得る唯一の担い手を選別することを目的とする。
第2条(参加資格)
本選別の参加資格は、当該魔剣が独自の基準に基づき、事前に適性を認めた合計24名の個人に対して一方的に付与されるものとする。
2 前項の資格は転移の術式を以て本人へ通知され、これを拒否、辞退、または第三者へ譲渡することは一切不可能とする。
第3条(転移)
全参加者は、現世から切り離された異空間(以下「戦域」という)へ一括転移されるものとする。
第4条(選別方法)
担い手としての適性を証明するため、24名の参加者相互による殺傷を伴う戦闘を行う。
第5条(終結)
本選別の終結は、戦域内の生存者が1名となった時点とする。
2 当該生存者のみが魔剣の正当なる担い手としての資格を有し、現世への帰還権を有する。
第6条(再執行)
選別後の担い手が死亡、またはその資格を喪失した場合は、速やかに新たな参加者を選出し、本選別を再執行するものとする。
附則
本選別は、推定される厄災発生の五年前を以て、執行するものとする。
「――ッ!」
理解より先に、体が動く。
Mezzo Forteを発動する。
獣のような直感。
遅れて、脳みそが条例の一文をピックアップする。
『前項の資格は〝転移の術式〟を以て本人へ通知され、これを拒否、辞退、または第三者へ譲渡することは一切不可能とする』
「リレ――!」
突如、彼女の体に刻まれた転移の術式とされるもの。
その正体は、月梟条例と呼ばれる殺し合いの参加資格ではないのか――!
「うぁっ!」
心の中でごめんと謝りながら、ヴァルターを後方へと突き飛ばす。
「な、なぎ――」
袖を瞬時に捲って、その先にいるリレに飛びつく。
華奢な体に両腕を回し、抱きしめる。
瞬間、俺は全身の表皮に減速を発動した。
直後――、
「く……!!」
体に襲いかかる重圧。
リレの転移を妨害している俺に対する、魔剣の裁き。
「ああああああぁぁぁ!!」
行かせない。
リレを死地に行かせてたまるものか……!
減速をフル稼働させ、彼女をこの空間に縫い付ける。
「ナギさん――!」
立ち上がったヴァルターが、俺たちに手を伸ばす。ほぼ同時に、不可視の重圧が消え去り――、視界が音もなく切り替わった。
見えるのは、青空と緑生い茂る草原。
感じるのは、胸に抱くリレの感触。
――ヴァルターの姿は、どこにもなかった。
第二章〝蒼褪めたる月〟本編開始




