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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第二章 〝蒼褪めたる月〟

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第11話 〝窓は僅かに開かれた〟

*興味のない方は読み飛ばしてください。


補足①【魔術紋について】

 魔術紋が浮き出るという現象自体に、深い意味はありません。


・発光する性質を持つ特殊な魔術紋であること(右側に目があるヒラメみたいなものなので、あまり気にしないでください)。

・自らのイドラによって生命の危機に晒されていること。


 この二つの条件を満たすと、体の奥深くに刻まれている魔術紋が光り、体表に浮き出ます。作中ではイドラのチカラを極限まで引き出すと魔術紋が体に浮き出ると言われていますが、あれは誤りです。ただの稀有な異常者認定マークです。体の危険信号です。


 また、魔物が魔術紋を見て反応を変えるのは、単にそれに恐怖を感じるからです。警戒色みたいなものですね。


「え、本当ですかっ!?」


「ほんとほんと――ほら」


 そう言って、リレに魔剣を手渡す。

 直後、魔剣に魔力を通したのか、リレが笑顔を見せた。


「やりましたね、ナギサさん!」


「ああ、これでロイスの視力を元に戻せる」


 透過の魔剣が手に入った。

 このまま何事もなければ、ヴァルターから受けた依頼を無事に達成することができるだろう。


「――――」


 そう、何事をなければ――依頼を達成してしまう。

 それはすなわち、ヴァルターたちとの関係性が薄れてしまうことを意味しており――


『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』


 頭蓋に、アラステアの言葉が響き渡る。

 俺は壊れている/中途半端に壊れている。

 完全に壊れてしまったら、俺は恐らくSランク冒険者にはなれない。

 なれなく、なってしまう。


 それはだめだ。

 だめなのだ。

 俺は俺は俺はおれは。


 救われたいだけ、なのだ。


「――――っ」


 きりきりと、頭がひどく痛み出す。

 痛いいたいいたいいたい。


 ああ、早く透過の魔剣をぶっ壊す方法を考えなくては。

 なるべく自然に、リレに不信感を持たれることなく――果たしてあるのだろうか、そんな方法。やっぱりここはひと思いに――待て待て待て待て。


 基本的に魔剣というものは非常に頑丈だ。

 俺のチカラでは破壊できないだろう。

 なにを言っているんだ、オマエは。

 Mezzo(メッゾ) ()Forte(フォルテ)があるじゃないか――、


「――――ッ」


 頬肉を噛みちぎり、思考を正道に引っ張り戻す。


 くそ、くそ、くそっ!

 最低なこと考えやがって……!

 死ね!!


「しかしこれ、魔力消費が尋常じゃないですね」


「とんでもないよな……」


 口の中に広がる血の味。

 鋭い、痛み。

 噛みちぎった肉片をリレに悟られないように飲み込んで、言う。


「俺の魔力器官のキャパシティを余裕で超えてる」


 例外はあるが、能力が強ければ強いほど魔力の消費量は跳ね上がる。個人の資質――また、環境要因も含まれる――で自らに最適な能力を得ることができるイドラでも、その傾向があるのだ。


 魔力を流し込めば、誰でも行使が可能な魔剣の場合は、その傾向がもっともっと強くなる。


 斬ったものを永久的に透明にする。

 その能力の強さから予想はしていたが、やはり俺にこの魔剣を使うことはできないようだ。


「私もです」


「――――え?」


 やばい。

 血が止まらない。

 流石にやりすぎたか。

 溢れ出てくる血を静かに飲み続ける。


「リレでも無理なのか?」


 魔力はかなり多い方だと思っていたが。

 それとも、燃費がいいタイプか?


 魔剣とイドラは能力の行使に魔動器官を必要としないからな。いくら魔動器官の燃費が良くても、意味がない。


「はい。想像以上に多かったです。こんな魔剣……この都市で使える人なんているんでしょうか」


「ん? ヴァルターがいるから大丈夫だよ」


「ヴァルターさんですか?」


「そう、あいつ桁違いに魔力量多いし」


 魔力器官のキャパシティの大きさと、魔力の生産速度は正の比例関係にある。ヴァルターなら、たとえ迷宮帰りでもこの魔剣の能力を行使することができるだろう。


「言われてみれば……身体強化を多用してましたね」


 身体強化。

 行使すること自体は比較的簡単だが、魔力をべらぼうに消費するため使う人間の数は少ない。あと、一度使ったら反動で体が言うことを聞かなくなるおまけ付き。


「ああ、しかも無傷の幸福(フェイク・スマイル)でその反動をずっと無効化してたからな。……大分ズルくないか? あれ」


「確かに空間がひび割れてました」


 ズルい、という言葉には触れないリレ。

 そうだよな……リレも治癒魔術で反動をなかったことにできるもんな。あっち側だもんな……。


 イヴァンは甚大文字(オリジナルスペル)で滅茶苦茶やってるし、俺の仲間はロイスしかいないみたいだ。

 絶対的焼身刑(パイロキネシス)愛してる。

 血を飲みながら。


「そういえば、ナギサさん。今回も魔力を流すまで、魔剣の能力はわからなかったんですか?」


「ああ、そうだけど……それが普通だろ」


「その普通じゃないことを、この前やったのはナギサさんじゃないですか」


「だからリレ、あれはただの偶然だって」


 そういうことにしておきたい。

 あの時に起きたことは、俺自身よくわかっていないのだ。

 イヴァンは真理を見通す目だとか言ってたが……俺の目がそんなものであるわけがない。魔眼は、魔物しか持ち得ない。


「何度も言いますが、あれは偶然で片付く話の規模じゃないですよ」


 この世に魔剣が何本あると思っているんですか、とリレが続ける。

 まあ、それはそうなんだけどさ。


「じゃあ、超凄い偶然だったんじゃないか?」


「まあ、超凄い偶然だったらあり得るかもしれませんが……」


 それで納得するんだ、と言おうとした時だった。呼吸のタイミングが悪かったのか、むせてしまう。


 瞬時に口を、手で押さえる。

 だが、その頑張りも虚しく、指の隙間から赤い液体が零れ落ちてしまう。


「な、ナギサさん!? 大丈夫ですかっ」


「大丈夫大丈夫、血を吐いたわけじゃないから……」


 唾液と混ざっているせいか、大量出血しているように見える。


「診せてくださいっ」


 魔剣を手放したリレが、一歩距離を詰める。

 至近距離。

 背伸びをして、俺の頬に触れようとするリレ。


 手を、払いのけるか?

 ――いや、ダメだ。

 感じが悪すぎる。

 ――でも。

 傷を見られるわけにはいかない。


 そんな逡巡(しゅんじゅん)をしている間に、白い手が俺の頬に到達する。


「口、開けてください」


「……いや、その」


「――むぅ」


 しなやかな指が、俺の唇を割ろうとしてくる。ち、力が強い。身体強化使ってないよな、これ……。


 仕方なしに減速(リテヌート)を発動する。唇に触れることを許しているのだ。リレも、俺に拒絶されたとは思わないだろう。


「ぬぬぬぬぬぬ……!」と声を上げて、俺の口をこじ開けようとするリレ。しばらく奮闘するも、俺がイドラを使っていることに勘づいたのか、リレが力を抜いた。


「どうして傷を診せてくれないんですかっ」


 上目遣いで、責められる。


「その……リレが近くて、体が強張――いたっ」


 蹴られた。

 マジかよ。


「一ミリも照れてないくせに、よくそんなこと言えますね」


「感情が顔に出ないタイプなんだよ」


「本気で言ってるんですか、それ……」


 リレの視線に呆れの感情が混ざる。

 俺の顔から手を離すリレ。

 彼女は水魔術で自らの手を清めると、俺の頬に再び触れて、言った。


「――癒しの光(ヒーリング)


 詠唱。

 それにより一段階強化された治癒魔術が、俺に対して行使される。


 どうやら俺が傷を診せなかったせいで、リレに余分に魔力を使わせてしまったようだ。


「……ごめん」


「……謝るなら、自分の体に謝ってください」


「――え?」


 その言葉の真意を知りたくて聞き返すも、リレは「なんでもないです」と言って顔を背けた。


 依然として顔を背けたまま、リレが続ける。


「ナギサさん。もし――何か嫌なことや辛いことがあるなら、私に話してくださいね? 仲間、なんですから」


「あ、ああ。そうだな。仲間、だもんな」


 いま自分の顔が引きつっていないか――それだけが心配だった。



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