第9話 〝強くなるために〟
「――はぁ」
「ナギサさん、どうかしましたか? 溜め息なんてついてるの初めて見ました」
あれから――イヴァンの例の件から、一睡もできなかった俺は、朝の日差しの強さに追い詰められていた。昼になったら、俺はくたびれてしまうかもしれない。
「いや、別になんでも……」
身近な人間が、ああいう意味のわからないことを言い出すと、結構心にくるものがある。イヴァンの異様な叫び声が、今でも耳にこびりついて離れない。
「――あ! さっきの溜め息は、リレとは関係のないことで……」
「慌てなくても大丈夫ですよ。ナギサさんがそんな人じゃないことくらい、わかってますから」
「そうなの? それは……嬉しいな」
逆に俺は、リレのことがあまりわからない。三週間くらい、毎日顔を合わせているのに。
「ナギサさん。一応聞いておきたいんですけど、今日が突然休みになったのってイヴァンさん絡みで何かあったんですか?」
リレにはちゃんと話しておくべきだろう。
仲間だし――な。
それに、イヴァンがリレに加害行為を行わないとも限らない。警戒を促す意味でも情報は共有しておいた方がいい。
「鋭いな。その通りだよ。簡単に言うと、イヴァンが意味のわからないことを喚きながら、俺の首を締め上げようとしてきた」
「……お、思ったよりヘヴィーな話でした」
リレが少し引いていた。
でも……事実だからなぁ。
あのイカレ具合は真似できない。
『――自らの卓越性を正確に認識するためには、比較対象が必要だろう?』
不意に、アラステアの言葉が脳裏をよぎる。
なに……考えてんだ、俺は。
第一、それは無理な話だろう。
それに、ヴァルターを悲しませるようなことは、あまりしたくない。
「大丈夫でしたか?」
リレの言葉で思案をやめる。
「大丈夫、怪我一つしてないよ」
「……ナギサさんって強いですよね。どうして一刃の風をクビになったのか疑問に感じるレベルです」
「いや、あの時の俺は減速を使えなくて、本当に弱かったし……俺をクビにしたのは、妥当な――妥当すぎる判断だよ」
むしろ、判断が遅すぎたくらいだ。
俺がユアンの立場だったら、あんな奴一ヶ月も経たずにパーティーから追い出している。
見てるだけでムカつきそうだし。
「あ、そういや減速絡みでリレに話しておかないといけないことがあったんだ」
情報一つで、簡単に戦況はひっくり返る。
連携を図るためにも、仲間に奥の手は明かしておいた方がいい。
……俺がとぼけてるせいで、三週間も話すのが遅れてしまったけど。
「減速絡みで、ですか?」
「ああ、俺さ――減速を使って身体能力を強化することができるんだ」
俺がそう言うと、リレが「――?」と小首を傾げた。その動きに合わせて、艶のある黒髪がはらりと揺れる。
「どういうことですか? 私には、逆に身体能力が低下するとしか思えないんですけど」
「表皮の動きだけを遅くすると、当然そうなる。俺の身体強化技――Mezzo Forteは、全身の血管壁に減速を発動することで、血流を加速させてるんだ」
「…………え?」
「それにより、大量の酸素を筋肉に供給できるようになる。結果、体に発動している減速を打ち消し、凌駕するほどの身体能力を得られるってわけ」
「……それ、大丈夫なんですか? なんか……とんでもないことやってません?」
え?
リレから、イヴァンの話をした時と同じような視線を感じる。
「大丈夫……ではないけど。でも、血管は硬くなってるから破裂する心配はないし、内臓にも同じことをしてるから、死ぬことはないと思う」
「その技――できる限り、私が一緒にいる時に使ってほしいです。何かあっても、すぐに治してあげられるので」
「ああ、努力する」
リレの視線が少し鋭くなったような気がした。言葉選びを間違えただろうか。次から気をつけよう。
そんなことを考えていると、呆れたような表情で「それにしても……」とリレが前置きし、
「ナギサさんの発想力と、それを可能にする知識量って普通じゃないです。今までいったいどんな生活を送ってきたんですか?」
「え? 普通に過ごしてきただけど」
あと、俺の知識量は特段優れていないと思うが……
「ナギサさんの言う普通って、具体的にはなんです?」
「ご飯食べて……仕事して……寝る?」
「そうですか……」
会話が途切れる。
別に気まずいわけではないが……話したいな。
「リレ。イドラの操作のコツって何かある?」
「あるにはありますが……洞窟のイドラと種族のイドラじゃ使用感が違うと思うので、私の話は参考にはならないかもです」
「確かに……」
そこまで考えが及んでいなかった。
「イドラの操作が上手くいかないんですか?」
「少しね……普通に使う分には問題ないんだけど」
イドラ『減速』。
その能力は〝自分の体の動きを遅くする〟というもの。
それならば、俺が最近思いついたこともできるはずなのだ。あくまで、仮定の話ではあるが……。
でも、できない。
できそうで、できない。
ガキの頃、片目のみを完全につぶることができなかったことを思い出す。
俺がやろうとしていることがもし〝それ〟と同じならば、何度も試行錯誤を重ねることでいつかはできるようになるのだろうか。
イドラと目の開閉をコントロールする筋肉を同列に語るのは違うだろうが――
「――――」
もしこれができるようになれば、Mezzo Forteよりも格段に使いやすい〝技〟を編み出すことができそうだ。
……魔力消費はバカにならないだろうけど。




