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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第二章 〝蒼褪めたる月〟

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第8話 〝偽物〟


 俺たちは、一振りの剣に近づいていく。

 ……目の前にあるものが魔剣かどうかわからないなんて、どうにも奇妙な感覚だ。


 夜間透明都市の中心部。

 その地下深くにある〝原初の魔剣〟の影響で、他の魔剣の気配を読み取ることができないのだ。


「よっこらしょ」


 ヴァルターが老人めいた掛け声を上げて、しゃがみ込む。そして、魔剣を手に取った。


「茶葉の魔剣か。普段使いには良さそうだけど、消費魔力がちょっと多すぎるな」


「――? ナギさん、なんでわかるんだ?」


「なんでわかるって、そりゃあ――」


 あれ……?


「なんで……わかったんだろう……」


 魔剣は魔力を微量に流すことで、その剣の名称と能力を知ることができる。特殊な魔剣でない限り、一見しただけでは魔剣のそれらの情報を知ることは叶わない。


 そして、今ヴァルターが手にしている〝茶葉の魔剣〟が、特殊な魔剣であるはずもなく――、


「ヴァルター、それは本当に茶葉の魔剣で合ってるのか?」


 俺を横目で見た後、イヴァンがそう口を開く。それに対し、「ああ、合ってる」と言葉を返したヴァルターが間を空けずに、


「なんだ、ナギさん。減速リテヌートの副次的能力か?」


 と、冗談交じりに聞いてくる。


「違うよ。さっきのはその、ただの勘だ」


 とりあえず、そう言っておく。

 ――魔剣の名とその能力を、どうして知ることができたのか。


 俺にもわけがわからないが……魔術紋に魔力を流していなかったことから、減速(リテヌート)とは無関係のチカラによるものだろう。

 内的要因か、外的要因か。

 どちらにしても、あまり良いこととは言えなさそうだ。

 それに――、


「――――」


 ヴァルターから手渡され、茶葉の魔剣の柄を握っているイヴァンの様子が、どこかおかしいように感じられた。



 §



 夕方。

 俺たちは、夜間透明都市に帰ってきていた。

 七時間ほど迷宮に潜っていたが、得られたものは茶葉の魔剣と、角をはじめとした魔物の素材だけ。


 実りのある一日だった――とは到底言えないが、まあこういう日もあるだろうと自分を納得させる。


「魔物の素材は売却して、この四人で山分けするつもりなんだが――茶葉の魔剣はどうする?」


「欲しい人で話し合ったらどうだ? 俺はいらない」


 俺の言葉に同意した三人が話し合い、結果ヴァルターが茶葉の魔剣を手にすることになった。水以外の液体もお茶にできるんなら、俺も欲しかったな……。


「オレはギルドで素材を買い取ってもらってくる。イヴァンたちは自由にしててくれ」


「俺も行こうか?」


「いや……大丈夫だ。長居するつもりはないからな」


 俺を見るヴァルターの瞳が、〝イヴァンの様子を見ててくれ〟と語っているように思えた。


 ヴァルターが背を向けて歩き出す。

 俺はイヴァンに話しかけるが、返答にこれといった違和感はない。


 ――尻尾を掴んでやる!

 そんな心意気で話を続けるが、特に進展がないままヴァルターが帰ってきてしまう。


 どうしたものか。

 様子がどことなくおかしいように感じられるのに、はっきりとした確信を持つことができない。

 それとも、俺はヴァルターの話に毒されてしまっているだけなのだろうか。

 ……わからない。


 そんなこんなで特に語ることもなく、今日という一日は終わりを迎えた。



 §



 ――コンコン。


 ――コンコン、コンコン。


 音が、する。

 音。それは確かに音だった。

 小さいながらも、明確な人の意思を感じさせる音。


 目を、開ける。

 最初に視界に入ったのは、オレンジ色に光っている天井だった。

 ああ、なんだよこのクソ物件……。


 ――コンコン。


 ――コンコン、コンコン。


 思考を中断させる音。

 部屋の扉。

 それを誰かにノックされている。


 ――コンコン。


 ――コンコン、コンコン。


 音が止む気配はない。

 緊急性を感じさせるような音ではない。


 ――コンコン。


 ――コンコン、コンコン。


 こんな深夜にいったい誰が、俺の部屋を訪ねてくるというのか。

 ベッドから起き上がり、ヴァルターに貰った残陽石のペンダントを首にかける。


 物音を立てたからか、ノックが止まった。

 構わず、扉まで歩を進める。

 警戒しながら、俺は扉を開けた。


「――イヴァン?」


 目の前にいたのは、イヴァンだった。


「こんな深夜にどうしたんだ?」


「ナギサ、少し話したいことがある」


「ああ、わか――」


「ついてこい」


 そう言って、イヴァンは俺から視線を切った。そして、周囲をなめ回すように見ながら、宿屋を出て行く。


 戸惑いながらも、イヴァンの後を追う。

 外に出ると、相も変わらずオレンジ色の世界が俺を待ち受けていた。少し感傷に浸りたい気分になってくる。


 宿屋は大通りに面しているため、深夜にもかかわらず、周囲にはちらほらと人の姿があった。


 それが気に入らないのか、イヴァンは舌打ちをすると、早歩きで大通りから抜け出した。細道をずんずんと、進んでいくイヴァン。俺がついてきているか、確認する素振りも見せない。


 溜め息をつきたくなるのを堪え、イヴァンの姿を追う。

 人気のない道から、人気のない道へ。

 そんな移動を十分くらい繰り返した後、ようやくイヴァンが立ち止まった。


「目がなくなったな」


「目? 人の目なんて、さっきからずっとなかっただろ」


 何度目かわからない文句をイヴァンにぶつける。イヴァンが体を俺の方に向けた。


「もうとぼける必要はねぇ。言ったろ、ここに目はないんだ」


「何もとぼけてないっての。で、話ってのはなんだ?」


「お前、本物なんだろ?」


「え? 本物って?」


 意味がよく理解できない。


「だから、本物なんだろ? この曖昧な世界に蔓延(はびこ)る偽物どもとは違う、お前は本物なんだよ! 作為的で薄ら寒い作り物とは、その輝きが、光沢が、瞳の滑らかさが、身体の組成が違うんだよ!!」


 頭の中が真っ白になる。

 何を言っているんだ、こいつは。

 俺が絶句していると、イヴァンがさらに畳みかけてきた。


「いいんだ。もう、とぼけなくていいんだ。辛かったよな。悲しかったよな。痛かったよな。苦しかったよな。死の近似値に至りたい気持ちだったよな。でも、もう大丈夫だ。実はさ、俺もお前と同じ本物なんだよ。ヴァルターやロイスのような死返す者(レヴニール)の手駒じゃねぇんだよ。偽物じゃねぇんだよ本物なんだよ。だって俺はナギサ! お前と同じ真理を見通す目を持っているのだから!!」


「真理を見通す……目?」


 なんだ?

 何かの宗教の話か?


「ああ、そうだ。俺の目はお前のように魔剣の能力を知ることはできねぇが、世界のほつれを見ることができるんだよ。お前は知らないかもしれねぇが、真理を見通す目にもいろいろな種類があるんだ」


「――――」


「悪かったなナギサ。俺さ、お前のことを偽物だと思ってたんだよ。お前の死体さ……池にぷかぷか浮かんでたんだよ。水吸ってて、一瞬誰だかわからなかったけど、お前の綺麗な銀髪のおかげでわかったんだ。ああ、これはナギサだって。俺の親友だって……ああ、ごめんごめん。あれは、目兵(もくへい)が俺に見せた幻覚だったんだな。あの頃はさ、世界の仕組みに疎くって……本当にごめんな、ナギサ」


 硬直。

 何を言えばいいのか、わからなかった。

 俺の死体……?

 もくへい……?

 幻覚?

 それに、れぶにいる?


 こいつ、イカレてんのか?

 狂ってるとしか思えない。


「その……俺が魔剣の能力を知ることができたのは、ただの勘で」


「もう、いい。もういいんだ、ナギサ。ごまかさなくていい」


「いや、本当のことで――」


「なに言ってる。お前だってさっきあの死返す者(レヴニール)を警戒……警戒していて」


 瞬間、イヴァンが目を見開いた。

「あ、ああ……」とそんな呻き声を上げながら、俺の背後を指差す。

 振り返ってみるが、誰もいない。

 その直後、


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 絶叫を上げるイヴァン。

 俺は急いで、体を正面に戻した。


「偽物っ!」


 叫び、イヴァンが俺に迫ってくる。

 単調な動き。

 横っ面をぶん殴ることもできるが……それは得策ではない気がする。


「偽物! 偽物、偽物、偽物、偽物偽物偽物偽物偽物偽物偽物!!」


 イヴァンが俺の首に触れる。

 その直前に、俺は減速(リテヌート)を発動した。


「返せ返せ返せ! 偽物があああ!! 俺の、本物のナギサを返せえぇぇぇぇええ!」


 イヴァンが俺の首を締め上げようとするが、減速(リテヌート)がそれを阻む。俺の首のあまりの硬さに、イヴァンの爪の先が割れた。


「偽物がぁぁああああ! よくもこの場所に――!」


 首の後ろに、手刀を放つ。

 意識を失い、倒れそうになるイヴァンの体を急いで支える。


「――はぁ」


 溜め息をつく。

 どうすりゃいいんだ……これ。

 とりあえず、イヴァンを宿屋に運びながら考えるか。


 俺はイヴァンを背負って、歩き出す。

 地味に重い。


 くそ、俺は今回のことをヴァルターになんて伝えればいいんだろう。


 イヴァンの頭がおかしい。

 いや……直接的すぎるな。


 思考が奇妙だ。

 少し個性的な考え方をしている。

 どうやら、真理を見通せるらしい。


 頭を使って様々な婉曲(えんきょく)表現を考えていると、いつの間にか宿屋に着いていた。


「――――」


 イヴァンを背負ったまま、ヴァルターの部屋の前に立つ。こんな深夜に訪ねていいものなのか。


 いや、イヴァンの様子は明らかにおかしかった。何か取り返しのつかないことが起きる前に、一刻も早くヴァルターに相談するべきだろう。


 そう考え、俺は周囲の人たちの迷惑にならないように、普段より力を絞って扉を叩いた。


 ――コンコン、と。



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