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減速の冒険者  作者: 加ヶ谷優壮
第二章 〝蒼褪めたる月〟

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第7話 〝迷宮探索〟


「ごめん、リレ。ちょっと眩暈(めまい)がして……」


「本当に眩暈ですか? なんか様子が普通じゃなかったですよ?」


「普通じゃない眩暈だったかも」


「それヤバくないです……? 治癒魔術かけましょうか?」


「大丈夫、もう治ったから。心配してくれてありがとうな」


 そう言うと、俺はリレから離れた。

 ……これ以上、彼女に情けないところは見せられない。だって、俺の弱さを見せるには、まだタイミングが早すぎる。


 ――信頼関係を築く上で、弱さは必要だ。

 だが、それは俺の強さを知ってもらった後にするべき工程。

 断じて、今じゃない。


「それでさ――リレ」


 話題を変えようと、口を開く。


「ずっと気になってたんだけど、その首から下げてる残陽石はどうしたんだ?」


 リレの胸の前で、淡くオレンジ色に光る石。

 残陽石であろうそれは、精巧な球のカタチに加工されていた。


「ヴァルターさんに貰いました。一度、断ったんですけど……謝礼の先払いだからと押し切られて……」


「へぇー、俺も貰えるのかな」


「貰えると思いますよ。あの、ナギサさん」


 リレがこちらの様子を伺いながら、言葉を続ける。


「ご飯ってもう食べましたか?」


「いいや、まだ。食べに行く?」


「はいっ、実はですね、良さそうなお店を見つけて――」


 そう目を輝かせるリレと一緒に、部屋の扉へと足を向ける。

 直後、コンコンとノックされる扉。

 既視感(デジャヴ)を感じながら、俺は外に顔を出した。


「ナギさん――って悪い、邪魔したか?」


 俺と一緒にいるリレの姿を見て、気まずそうな表情をするヴァルター。

 首から、リレと同じペンダントを下げていた。


「いいや、今からちょうどリレと一緒に飯を食いに行こうと思ってて」


「そうか。……悪いんだが、オレも混ぜてくれないか?」


 言われ、俺はリレに視線を移す。


「大丈夫ですよ。一緒に食べに行きましょう」


「ありがとう、リレちゃん」


 三人で、宿屋から出る。

 街の風景は陽が沈んだことによって、様相を大きく変えていた。


「……凄いな」


 思わず、そんな声が漏れる。

 目に見える建物、舗装された道、都市を守る城壁、その全てが淡くオレンジ色に光っていた。


 窓からも見えていたが、実際に外に出ると、その異様な美しさにますます心を奪われる。


「そうですね。ものすごく幻想的です」


「オレもさ、なぜこんな所に都市を作ったのか疑問だったが――この光景を見て納得したよ」


 いや、納得させられたと言うべきか……と、ヴァルターが言葉を続けた。


 ――人は、美を求める生き物だ。

 ヴァルターの言う通り、この都市が美のために作られていたとしても不思議はない。


 ――人は、美に従属する。

 魔剣の影響で不便な暮らしを強いられるとしても、この都市に住みたいと手を挙げる人間は多いだろう。


 しかし、他の〝原初の魔剣〟の影響下にある都市はどうだろうか。

 砂漠都市『バルハート』。

 帯剣都市『ギガント・ブレイド』。

 所在不明都市『プラネット・ナイン』。

 閉鎖都市『       ・   』。


 他の四つ存在する魔剣都市も『ムーン・パラソル』と同じように、美しいのだろうか。美は担保されているのだろうか。


「――――」


 否定はしない。

 だが、脳裏にある考えがよぎる。

 ここに都市を作ったのは、何か美以外の理由があったのではないだろうか、と。


 原初の魔剣を護るため?

 いいや、護るどころかあれは人間の手に負えるものではない。

 あれは近づいただけでも、あらゆる生命の命を奪う狂気の剣だ。

 ならば、いったい、どうして――


「あ、ナギさん」


 名前を呼ばれ、俺は思考を中断した。

 視線を向けると、ヴァルターは懐から、例の残陽石のペンダントを取り出していた。


「これ、受け取ってくれないか? 謝礼の前払いってやつだ」


「ありがとう、ヴァルター。大事に使わせて貰うよ」


 そう言って、俺はペンダントを受け取る。

 なんか……普通に嬉しいな。

 貰ったものを早速、首にかける。


「なあ、ヴァルター。謝礼って、どっちの謝礼なんだ?」


「ん? どっちも何も、オレは透過の魔剣を一緒に探してくれとしか――」


 ヴァルターの言葉をあえて遮り、俺は言った。


「――本当に、それだけか?」


 俺のその問い掛けに、ヴァルターが表情を硬くする。


「本当に戦力が欲しいという理由だけで、お前は俺に透過の魔剣を一緒に探してほしいと言ったのか?」


 問い掛けを、重ねる。

 一変した場の雰囲気に、リレが少し困ったような表情をしていた。

 ごめん、リレ……。


「……ナギさんは、相変わらず鋭いな」


 観念したように、ヴァルターがそう言葉を(こぼ)した。


「隠してて悪かった」


 ヴァルターが頭を下げる。

 動作に合わせて、煉瓦色の髪が揺れた。


「確かにオレには、もう一つ別の目的がある」


「別の目的、ですか?」


「ああ。なんだか最近、イヴァンの様子が少し……おかしいんだ」


「おかしい? ロイスが失踪したことが関係してるのか?」


「いや……その前からだ。行動の節々に違和感があるというか……ロイスにそれとなく聞いてみたんだが『特におかしなところはねーと思うけど』と返されちまってな」


 話の流れが見えた気がする。


「そこで、イヴァンの様子がおかしいかどうかを確かめてもらうために、ナギさんに魔剣探しを手伝ってもらうことにしたんだ」


 あ、もちろん戦力が欲しかったって理由もある――と、言葉を付け足すヴァルター。


「なんでそのことを隠してたんだ?」


「オレの言葉に、ナギさんの感覚が引っ張られるのを避けたかったんだ」


「……え、それなら目的を今明かす必要はなかっただろ」


「いや、よく考えたら、もう三週間も行動を共にしてるんだ。人の様子を確かめるには、十分過ぎる時間なんじゃないか?」


「確かにな……」


 三週間もの長旅。

 その中でのイヴァンの言動を思い返すが、特に不審なところはなかった気がする。俺に当たりが強いのはいつものことだし……。


「やっぱり、ナギさんもおかしいとは感じなかったか?」


「ああ……今のところは。ヴァルターの話に影響されないように気を付けつつ、明日からもっと注意深くイヴァンのことを見てみるよ」


「ありがとう。そうしてくれると、凄く助かる」


 会話が途切れた。

 別に沈黙が気まずいわけではないが、人と話したい気分だったので口を開く。


「ふと、思ったんだけどさ」


「なんですか?」


「ここ、夜間透明都市って言えなくないか? 残陽石のおかげで透明じゃないし。夜間オレンジ都市に改名した方がいいと思う」


「語感は案外悪くないな」


「ですね」


 まあ、恐らく名残なんだろう。

 なんとなく、そんなフォローをしておいた。



 §



 翌日。

 ロイスを除いた俺たち四人は、近くの迷宮にやってきていた。


 迷宮。

 魔剣や天の宝玉など、人間に有用なものが定期的に排出される建造物。しかし、その裏返しとして、人類に敵対的であり、魔術を用いる動物――魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)している。


 そんな摩訶不思議な建物で――


「はああああ!!」


 ヴァルターが叫び、剣を振るう。

 鈍色の、美しい剣身。

 それが狼のカタチをした魔物の(くび)を斬り落とす。


 どこか精神を害する音を立てながら、頭が石造りの床を転がる。頭という最も重要な部位を失った体は、紫色の血液を狂ったように吐き出していた。


「――――」


 ヴァルターの周囲の空間に刻まれた〝傷〟が消えていく。何度見ても、この男のイドラは非常に強力だ。


 肉を斬らせて〝肉を斬る〟。

 痛みを受け入れれば受け入れるほど、そのイドラは真価を発揮する。


「――――」


 食べる。息を吸う。寝る。息を吐く。

 生命を維持する行為は同時に、自らを死へと押し進める行為でもある。


 生の中で死を夢む。

 死の欲動は、止まらない。


 生の中で死を孕む。

 生の欲動もまた、止まらない。


 それらの矛盾が人間の本質ならば、ヴァルターのイドラは最も人間的だと言えないだろうか――。


 そんなことを考えながら、迷宮の奥へと進む。ヴァルター、イヴァン、リレ。三人とも強いので、今のところ俺は目立った成果を挙げられていない。


 そのことについて、後でイヴァンに絡まれたりしたら面倒だ。しかし、その懸念を解消するために、Mezzo(メッゾ) ()Forte(フォルテ)を使うのは(はばか)られる。


 あれは奥の手。

 普通に戦っても、まず勝てない相手に使うものだ。雑魚な魔物を我先にと、屠るために使うものではない。


 出力を間違ったら、普通に死ぬしな……。


「――あれは」


 先頭にいるヴァルターが声を上げる。

 目を凝らすと、広大な通路の先。

 その床に、一本の剣が無造作に転がっていた。



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