第7話 〝迷宮探索〟
「ごめん、リレ。ちょっと眩暈がして……」
「本当に眩暈ですか? なんか様子が普通じゃなかったですよ?」
「普通じゃない眩暈だったかも」
「それヤバくないです……? 治癒魔術かけましょうか?」
「大丈夫、もう治ったから。心配してくれてありがとうな」
そう言うと、俺はリレから離れた。
……これ以上、彼女に情けないところは見せられない。だって、俺の弱さを見せるには、まだタイミングが早すぎる。
――信頼関係を築く上で、弱さは必要だ。
だが、それは俺の強さを知ってもらった後にするべき工程。
断じて、今じゃない。
「それでさ――リレ」
話題を変えようと、口を開く。
「ずっと気になってたんだけど、その首から下げてる残陽石はどうしたんだ?」
リレの胸の前で、淡くオレンジ色に光る石。
残陽石であろうそれは、精巧な球のカタチに加工されていた。
「ヴァルターさんに貰いました。一度、断ったんですけど……謝礼の先払いだからと押し切られて……」
「へぇー、俺も貰えるのかな」
「貰えると思いますよ。あの、ナギサさん」
リレがこちらの様子を伺いながら、言葉を続ける。
「ご飯ってもう食べましたか?」
「いいや、まだ。食べに行く?」
「はいっ、実はですね、良さそうなお店を見つけて――」
そう目を輝かせるリレと一緒に、部屋の扉へと足を向ける。
直後、コンコンとノックされる扉。
既視感を感じながら、俺は外に顔を出した。
「ナギさん――って悪い、邪魔したか?」
俺と一緒にいるリレの姿を見て、気まずそうな表情をするヴァルター。
首から、リレと同じペンダントを下げていた。
「いいや、今からちょうどリレと一緒に飯を食いに行こうと思ってて」
「そうか。……悪いんだが、オレも混ぜてくれないか?」
言われ、俺はリレに視線を移す。
「大丈夫ですよ。一緒に食べに行きましょう」
「ありがとう、リレちゃん」
三人で、宿屋から出る。
街の風景は陽が沈んだことによって、様相を大きく変えていた。
「……凄いな」
思わず、そんな声が漏れる。
目に見える建物、舗装された道、都市を守る城壁、その全てが淡くオレンジ色に光っていた。
窓からも見えていたが、実際に外に出ると、その異様な美しさにますます心を奪われる。
「そうですね。ものすごく幻想的です」
「オレもさ、なぜこんな所に都市を作ったのか疑問だったが――この光景を見て納得したよ」
いや、納得させられたと言うべきか……と、ヴァルターが言葉を続けた。
――人は、美を求める生き物だ。
ヴァルターの言う通り、この都市が美のために作られていたとしても不思議はない。
――人は、美に従属する。
魔剣の影響で不便な暮らしを強いられるとしても、この都市に住みたいと手を挙げる人間は多いだろう。
しかし、他の〝原初の魔剣〟の影響下にある都市はどうだろうか。
砂漠都市『バルハート』。
帯剣都市『ギガント・ブレイド』。
所在不明都市『プラネット・ナイン』。
閉鎖都市『 ・ 』。
他の四つ存在する魔剣都市も『ムーン・パラソル』と同じように、美しいのだろうか。美は担保されているのだろうか。
「――――」
否定はしない。
だが、脳裏にある考えがよぎる。
ここに都市を作ったのは、何か美以外の理由があったのではないだろうか、と。
原初の魔剣を護るため?
いいや、護るどころかあれは人間の手に負えるものではない。
あれは近づいただけでも、あらゆる生命の命を奪う狂気の剣だ。
ならば、いったい、どうして――
「あ、ナギさん」
名前を呼ばれ、俺は思考を中断した。
視線を向けると、ヴァルターは懐から、例の残陽石のペンダントを取り出していた。
「これ、受け取ってくれないか? 謝礼の前払いってやつだ」
「ありがとう、ヴァルター。大事に使わせて貰うよ」
そう言って、俺はペンダントを受け取る。
なんか……普通に嬉しいな。
貰ったものを早速、首にかける。
「なあ、ヴァルター。謝礼って、どっちの謝礼なんだ?」
「ん? どっちも何も、オレは透過の魔剣を一緒に探してくれとしか――」
ヴァルターの言葉をあえて遮り、俺は言った。
「――本当に、それだけか?」
俺のその問い掛けに、ヴァルターが表情を硬くする。
「本当に戦力が欲しいという理由だけで、お前は俺に透過の魔剣を一緒に探してほしいと言ったのか?」
問い掛けを、重ねる。
一変した場の雰囲気に、リレが少し困ったような表情をしていた。
ごめん、リレ……。
「……ナギさんは、相変わらず鋭いな」
観念したように、ヴァルターがそう言葉を零した。
「隠してて悪かった」
ヴァルターが頭を下げる。
動作に合わせて、煉瓦色の髪が揺れた。
「確かにオレには、もう一つ別の目的がある」
「別の目的、ですか?」
「ああ。なんだか最近、イヴァンの様子が少し……おかしいんだ」
「おかしい? ロイスが失踪したことが関係してるのか?」
「いや……その前からだ。行動の節々に違和感があるというか……ロイスにそれとなく聞いてみたんだが『特におかしなところはねーと思うけど』と返されちまってな」
話の流れが見えた気がする。
「そこで、イヴァンの様子がおかしいかどうかを確かめてもらうために、ナギさんに魔剣探しを手伝ってもらうことにしたんだ」
あ、もちろん戦力が欲しかったって理由もある――と、言葉を付け足すヴァルター。
「なんでそのことを隠してたんだ?」
「オレの言葉に、ナギさんの感覚が引っ張られるのを避けたかったんだ」
「……え、それなら目的を今明かす必要はなかっただろ」
「いや、よく考えたら、もう三週間も行動を共にしてるんだ。人の様子を確かめるには、十分過ぎる時間なんじゃないか?」
「確かにな……」
三週間もの長旅。
その中でのイヴァンの言動を思い返すが、特に不審なところはなかった気がする。俺に当たりが強いのはいつものことだし……。
「やっぱり、ナギさんもおかしいとは感じなかったか?」
「ああ……今のところは。ヴァルターの話に影響されないように気を付けつつ、明日からもっと注意深くイヴァンのことを見てみるよ」
「ありがとう。そうしてくれると、凄く助かる」
会話が途切れた。
別に沈黙が気まずいわけではないが、人と話したい気分だったので口を開く。
「ふと、思ったんだけどさ」
「なんですか?」
「ここ、夜間透明都市って言えなくないか? 残陽石のおかげで透明じゃないし。夜間オレンジ都市に改名した方がいいと思う」
「語感は案外悪くないな」
「ですね」
まあ、恐らく名残なんだろう。
なんとなく、そんなフォローをしておいた。
§
翌日。
ロイスを除いた俺たち四人は、近くの迷宮にやってきていた。
迷宮。
魔剣や天の宝玉など、人間に有用なものが定期的に排出される建造物。しかし、その裏返しとして、人類に敵対的であり、魔術を用いる動物――魔物が跳梁跋扈している。
そんな摩訶不思議な建物で――
「はああああ!!」
ヴァルターが叫び、剣を振るう。
鈍色の、美しい剣身。
それが狼のカタチをした魔物の頸を斬り落とす。
どこか精神を害する音を立てながら、頭が石造りの床を転がる。頭という最も重要な部位を失った体は、紫色の血液を狂ったように吐き出していた。
「――――」
ヴァルターの周囲の空間に刻まれた〝傷〟が消えていく。何度見ても、この男のイドラは非常に強力だ。
肉を斬らせて〝肉を斬る〟。
痛みを受け入れれば受け入れるほど、そのイドラは真価を発揮する。
「――――」
食べる。息を吸う。寝る。息を吐く。
生命を維持する行為は同時に、自らを死へと押し進める行為でもある。
生の中で死を夢む。
死の欲動は、止まらない。
生の中で死を孕む。
生の欲動もまた、止まらない。
それらの矛盾が人間の本質ならば、ヴァルターのイドラは最も人間的だと言えないだろうか――。
そんなことを考えながら、迷宮の奥へと進む。ヴァルター、イヴァン、リレ。三人とも強いので、今のところ俺は目立った成果を挙げられていない。
そのことについて、後でイヴァンに絡まれたりしたら面倒だ。しかし、その懸念を解消するために、Mezzo Forteを使うのは憚られる。
あれは奥の手。
普通に戦っても、まず勝てない相手に使うものだ。雑魚な魔物を我先にと、屠るために使うものではない。
出力を間違ったら、普通に死ぬしな……。
「――あれは」
先頭にいるヴァルターが声を上げる。
目を凝らすと、広大な通路の先。
その床に、一本の剣が無造作に転がっていた。




