第457話 じゃじゃじゃ
『皆の者、強いのは一人だけじゃ。その一人は儂が抑えておくのじゃ』
身を隠すように森の中に降り立った飛天族の兵の耳に、魔法による指示が飛んできた。
自分達から戦を仕掛けておいて逃げ惑うという、醜態なんて言葉では足りない事態に動揺を隠せなかった兵だったが――
聞き慣れたアーラの声に、何とか落ち着きを取り戻していく。
『今の内に敵を蹴散らすのじゃ。安心するのじゃ。儂が抑えに行ってる一人を省けば、恐れるような敵は居らんのじゃ。散開して魔族を一体たりとも逃さないようにするのじゃ』
そこで告げられた指示は、当初の予定とは違うものであった。
一体一体は自分達よりも弱い筈だが、それでも数はポヨポヨという魔族の方が上で、束になって掛かってくれば遅れを取る可能性がある。
だから、連携を取って少しずつでも確実に倒していく、という話になっていた筈。
「聞こえた?」
「うん。アーラ様も粋な事をしてくれるね」
「これって、アタシ達に名誉挽回の機会をくれるって事よね」
それを聞いた三人一組の部隊は、急な方針転換をアーラの作戦だと受け取った。
思わぬ強敵の攻撃に敵前逃亡とも言うべき恥を掻かされ、兵達の士気は大きく落ちていた。
それならば雑魚を一気に蹴散らして、勢いを付けようという狙いなのだろうと解釈したのである。
自分達の強さに絶対の自信を持つ飛天族達らしい考えだ。
だが――
「どうしたのよ? 折角バッちゃんが私等の力を示す機会くれたってのに、変な顔しちゃって」
「いやさあ。何か今の、変じゃなかった? あんな口調だったっけ?」
そこで一人の兵が疑問を抱く。
アーラの口調は妙に年寄り臭く、語尾に『じゃ』が付く事が多いものの、それでも兵士の記憶では、もっと少なく自然だった印象だ。
声質こそ確かにアーラの物だったが、どうにも違和感を拭えない。
「予想以上の強敵に焦ってんだろ? ほら、バッちゃんって年齢食ってるだけで見た目可愛い系じゃん? それで若い男誑かしたら駄目だって、あえて年寄り臭い口調してるだけで、気ぃ抜いている時は普通に話してるって噂あったじゃん」
「あー、なーほーね」
自分達と同じように、アーラも動揺している。
そう考えると親近感も湧くし、そんな状態でも即座に指示を出してくれる事に頼もしさのようなものも覚えて。
「それじゃあ、バッちゃんの期待に応えてやらないとね!」
「うん!」
みっともなく逃げ惑うしかなかった自分達を、それでも信じてくれている。
そんな想いが動揺を完全に消しさり、元々は呼ばれたから来ただけでしかなかった筈の仕事だったのに、意気揚々と兵士達は索敵を始めていく。
鬱蒼と木や草がひしめく山は、ほんの僅か先すら視認する事は難しい。
けれど――
「感じた?」
「うん、何か居るね」
風魔法の使い手である飛天族は、風の流れ等から周囲を把握する事を可能としており、遠く離れた場所にある草が、僅かに動いた事に気付く。
小さく草が動いただけで、気配の一つだって感じないが――
だからこそ、逆に何者かが居なければおかしい。
ほんの僅かな風の動きすら感じ取れる筈の自分達が、無風に近い状態だと思っているのに、草が動く訳がないのだから。
『ここからは魔法で』
『うん、音は一切立てずに』
『それにしても凄い隠形術よね。草が動いている以外、風の揺らぎすら感じないわよ』
何かを探しているかのような動きで草は揺れているというのに、その草に触れて揺らしている本人の気配がまるでない。
思っていたよりも手強い相手かもしれないと警戒しつつ、兵士達は静寂を心掛け。
それでも、敵を逃がしはしないとばかりに迅速に近付いていく。
『抜からないでよ?』
『冗談。飛んでいる敵に比べたら、遅過ぎて外しようがないわよ』
『それにアタシ等がどれだけ組んで戦ってきたと思ってんの?』
少し手を伸ばせば、触れる事さえ出来そうな距離。
おまけに三方向から取り囲んでいる状態であり、今まで何羽もの雷鳥を三人で狩ってきた実力者だ。
いくら姿が見えないからって、多少動かれたくらいじゃ攻撃を外しようがなく――
三人は示し合わせたように、全力で風魔法を叩き込んでいく。
三方向から放たれた風魔法が、草の揺れていた地点に隙間なく押し寄せていったかと思うと、三つの魔法が重なった瞬間、風同士が融合し、まるで台風でも発生したかのように一気に荒れ狂い、草をズタズタに引き千切り、地面を抉り取っていく。
多くの雷鳥を仕留めてきた必殺の連携であり、直撃すれば耐久力に優れたポヨポヨでさえ一撃で仕留めかねない程の威力。
だが――
「え?」
疑問の声は、三人の内、誰の者だったか解からない。
全員が驚愕に満ちた顔で信じられないという表情を浮かべており、風魔法を使って秘密裏に会話するという事さえ忘れていたのだから。
「手応えが、ない?」
「逃げたの? いや、でも、逃げるような隙も気配も――」
三人が攻撃する直前まで間違いなく草は揺れ動いており、風魔法を隙間なく叩き込んだ。
耐えたり防いだりしたならともかく、物理的に逃げる事なんて出来なかった筈なのに、何の手応えもないなんてある筈がないとばかりに、三人は動揺を隠せない。
一体何が起きているのかと三人の頭が疑問に支配された、その瞬間であった。
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