第454話 数百年の溝を埋める為に
「よう来てくれた。火急の案件じゃったとはいえ、急な招集に応じてくれて感謝しておるぞ」
国のトップに位置する者としては、随分と気さくなアーラの声が響く。
アーラが居るのはヴォイス国が建国前の仮拠点としている反響の山の上空であり、到着した部隊で予定の兵は全員が揃った。
仮面を付けた隠密部隊を含めた、およそ百の兵。
人数だけ見れば、それ程大した数に思えないかもしれない。
だが、下っ端の兵ですらエコーバードを子ども扱い出来る程の実力者揃いであり、おそらくこれ以上の戦力を保有している人間の国はないだろう。
「…………」
それに加え、風魔法最強の使い手である総司令、プロケラまでアーラの隣に控えている。
不満を隠そうともしないブスっとした表情を浮かべているものの、天狗衣装の戦闘用の完全装備であり、仕事だから手を抜く気はないと言った様子だ。
「恋人と付き合い始めたばかりだと、この間話しておったな? この戦いが終われば、全員に報奨を与える予定じゃが、申請すれば休暇を取れるよう、計らっておく」
そこでアーラが、一人の兵に声を掛ける。
普段からアーラは立場を気にせず茶飲み友達のように兵や民衆に接しており、全ての国民とまでは言えないが、多くの兵と民衆の様子を把握しており――
いくら長である自分が指示を出したとはいえ、休暇期間中に来てくれた事への労いのようなものであった。
「いえ。お気になさらず。長の呼び出しとあらば、何を置いても――」
「よいよい。堅苦しいのは好かんし、慣れん事をして変な失敗されても困る。いつも通りバッちゃん呼びで構わんし、気楽に話せ」
かしこまった挨拶を返す部下に、アーラは諭すように告げる。
戦いに集中する事こそが一番重要であり、礼儀などを重んじて動きが硬くなってしまうような事なんて望んでいない、と。
「あー、じゃあ言わせてもらうけどさあ」
アーラの傍に控えているプロケラから咎めるような視線を感じるが、総司令であるプロケラよりも、国の長であるアーラの方が立場は上。
それならばアーラの言葉を尊重するとばかりに、遠慮なく発言していく。
「飛べもしない人間と、そんな人間に隠れるように増えてるセコイ魔族が相手って話だけど、こんなに兵って必要? ぶっちゃけバッちゃんと総司令だけで戦力過多ってヤツでしょ」
この程度の事で呼ばないでほしいという嫌気が言葉の節々に出てしまっているが、これは別に、この兵士が特別に不真面目という訳ではない。
多くの者達が思っている事であり、事実、この情報だけで考えれば兵士の言い分は正しい。
明らかに、やり過ぎと言っていい兵力だろう。
「この魔族は基本的に繁殖が難しい魔族にしては珍しく、爆発的に増えるんじゃ。一体たりとも逃さず、殲滅する為の人員じゃ」
ただ、それは単純な戦力的だけを見た場合の話だ。
隠れたり逃げたりする相手の事を考えれば、いくら兵を用意したって足りないくらいで、出来るだけ多い方がいい。
「それに事前に伝えておいたじゃだろう? 人間は魔族に操られておるだけ。儂等の狙いは問題の魔族だけであり、それ以外の者を必要以上に傷付けるのは禁ずる、と」
「死なない程度に全員叩きのめして、後で治療すればよくない?」
「馬鹿者。ただでさえ飛天族は何を考えているか解からん、引き籠り種族じゃと思われておるんじゃぞ。そんな乱暴なやり方では、実は野蛮な種族だったと認知されるじゃろうが」
「いいじゃないですか、別に。どうせ人間達と交流なんてないんだし、どう思われたって――」
関わりのない人間にどう思われたって、若い者達からすればどうでもいい。
それで襲ってくるなら今まで通り、全員返り討ちにすればいいだけだと思っていた兵士だが、次のアーラの言葉に、その考えは吹き飛ばされる事になる。
「儂はのう。この件を切欠に人間との交流を始めていこうと思っておるのじゃ」
「へっ!?」
「考えてもみよ。人間の領地に突如として現れた魔族の群れを事前に討ち滅ぼし、操られていた人間を無傷で救い出した。これは今までの我等の印象を大きく変え、交流に役立つとは思えんか?」
「…………」
アーラに告げられた兵士は、落ち着いて考えていく。
人間の国は五十くらいの魔族の兵に襲われるくらいで、滅亡する事もあるくらいに弱いと話に聞いている。
それが今回は二百も居るのだ。
人間基準で考えれば、これは間違いなく国の存続に関わる大事件の筈。
(私等が倒して、同じ仲間である人間の危機が迫っていたから当然だって態度を取れば――)
そこで人間達に危害が及ぶ事を察した飛天族が、迅速に解決する。
しかも、領地を奪うでもなく、魔族に囚われていた人間も傷付けずに、だ。
交流さえなかった人間達を守る為、誇り高く戦った飛天族を悪く思う者なんて捻くれ者くらいだろう。
(え、これ本当にすぐにでも交流始まらない!? 噂で聞いてただけの美味しい食べ物も、私の事を英雄だって慕ってくれる、か弱い男の事とか選び放題!?)
他の国と交流を持たない閉鎖的なウェンティ国の体制に、億劫としたモノを感じていた若い兵からすれば、あまりに魅力的な未来図が浮かぶ。
妄想と吐き捨てるには、十分に実現可能な条件が揃っている。
「今まで途絶えていた数百年の溝を埋めようというのじゃ。これくらい鮮烈な衝撃が必要じゃと儂は思うておる。どうじゃろう、協力してもらえんじゃろうか?」
「も、勿論! そんな深い考えがあるとは知らず、馬鹿な事言いました! 忘れて下さい!」
そこに長であるアーラから、直々にお願いされれば、返答なんて決まっている。
若い兵士は首が取れるんじゃないかという勢いで必死で頷き、更に幸せな交流生活を夢想して、ニヘラと顔を緩ませる。
「…………」
そんなアーラと兵士の姿を、プロケラが不満そうに見詰める。
アーラの思惑が気に入らないのか、それとも兵士の妄想内容を予想して、お前には彼氏が居るんじゃないかと思っているのか。
その想いは胸の内に秘められたままであった。
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