第448話 戦いに向けて
「――――」
だが、その平穏な日々を切り裂く何かが、音とも言えない響きとなって周囲を駆け巡る。
それは特殊な波長をした音波に似た声であった。
犬笛と呼ばれる特定の獣にしか聞こえない音によく似た構造をした声で、高位の音魔法使いでもない限り、内容を把握するどころか、そもそも声が耳に届いた事にさえ気付かないだろう。
そんな秘匿性の高い音無き声が、山全体どころか国中に届く勢いで広がっていく。
そして――
「な、なんで止まるんだ!? ここからラストスパートで逃げ切るんだろ!」
「こっちもだ!? 一気に追い抜く予定だったのに……」
声が駆け抜けた途端、レースに勤しんでいたポヨポヨ達が一斉に動きを止める。
『敵が俺達の国を狙っている。
全員、急いで拠点に戻って迎撃の準備を整えろ』
という緊急事態を告げるミュジカからの指令の言葉が、高位の音魔法使いであるポヨポヨ達には、全て伝わっていたからだ。
「ポヨー!!」
了解したとばかりにポヨポヨ達が声を上げたかと思うと、子ども達との遊びを即座に切り上げ、急いで拠点に向かう。
遊びで競争していた時とは違う、本当の全速力で。
「ど、どうした?」
「急かしたから怒ってるのか?」
ミュジカの声を聞き取れず事情の解からない子ども達が半泣きになるが、ポヨポヨ達は速度を緩めない。
子ども達を怯えさせてしまっているのは心苦しいが、何よりも安全第一。
少しでも早く子ども達を拠点である洞窟の一番奥、攻め入る事が難しい上に、緊急避難用の隠し通路がある場所まで送り届けないといけない。
「ポヨ! ポヨポヨ!」
と、そこで先程エコーバードを警戒していた、子どもを頭に乗せていないポヨポヨ数体が動きを止めたかと思うと、空に向かって声を上げる。
もう少しでここは戦場になるかもしれない。
君達も安全な場所に逃げるんだ、とエコーバードに伝えようとしたのだが――
「クケー」
言葉が解からないエコーバードには、ポヨポヨが自分達に話し掛けている事さえ解からない。
突然走り出したポヨポヨ達の姿を、急用が出来て移動したとしか思っておらず、ようやく邪魔者が居なくなったから落ち着いて食事が出来るとばかりに――
楽しそうに木に生えた果物を物色し始めた。
「ポヨー……」
ここで攻撃して山から遠ざける事も出来なくないが、誤解されて余計な恨みを買ったり、怒って移動の邪魔をされてしまうかもしれない。
果物をくれたし、少しは仲良くしたいと思ってくれているのではないかという想いから、何も言わず見捨てるのは心苦しくて声を掛けたが、ポヨポヨ達も急いでいる。
エコーバードに、これ以上の世話を焼いている暇がない。
「ポヨ!」
名残欲しいが仕方ないとばかりに一声鳴くと、ポヨポヨ達は振り返らず、少しでも早く子ども達を安全地帯に連れて行く為、先行しているポヨポヨ達に追い付くべく走り出す。
ようやく手に入れた、人間達と仲良く出来る場所を守る為に。
〇 〇
「はあ、さいっあく……」
反響の山にある洞窟。
かつてはポヨポヨ達の住処であったその場所は、大幅に手を加えらえた結果、多くの住居が立ち並ぶ一つの街へと変化しており――
その建造物の中でも、一際目立つ立派な建物。
いわゆるお偉いさんが集まる場所で、その溜息に似た声が響いて消えていく。
「そりゃあウチの国って今や資源も豊富だし、出来たばっかで戦力は未知数。そりゃあ美味しそうに見えるだろうし、見付かったら真っ先に侵略対象になるとは思ってたけどさあ。まさかこんな早く見付かって。しかもあの伝説の飛天族が相手って、さすがに、しんど過ぎない?」
頭が痛いと言った様子で、一人の女性が唸るように声を上げる。
ギャルを思わせる少し華やかめな化粧とは裏腹に、どこか気怠そうな雰囲気も持ち合わせたスタイルの良い若い女性。
彼女のはメロディ。
ポヨポヨと声魔法の国、ヴォイスにおいて副党首とか党首補佐という扱いになっているものの、実質、国の運営を任されている実務的な意味では国のトップに君臨する女性なのだが――
まだ建国も成立してない段階で、最強の勢力の一つと噂される飛天族からの侵略に、表情を曇らせるしかない。
「何が伝説だ! ここには無敵にして最強の歌姫、このミュジカ様が居るんだぞ! 俺がそいつ等をぶっ飛ばして、新しい伝説になってやる!」
だが、嫌そうなメロディとは対照的に、意気揚々と声を上げる者が居た。
どう見ても子どもにしか見えない小さい身体に、凹凸に乏しい幼ささえ感じさせる身体付き。
おまけに化粧っ気もなくラフな格好をしているせいで、夏休みに虫でも獲ってそうな子どもにしか見えないが、よく見れば顔は驚くほどに整っているし――
実は研一やメロディよりも年上な女性、ミュジカだ。
「ぶっ飛ばすかどうかは、ちゃんと話し合ってから。先走らないで」
そんなミュジカに、一見ぶっきらぼうな様子で注意するのは、テレレだ。
ドリュアス国という人類が扱う薬を一手に担う大国の党首であり、植物で胸などを隠しているという非常に露出の多い恰好をしているものの――
小柄な上に神秘的な雰囲気を持っているせいか、色っぽさよりも美しさを感じさせる女性だ。
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