第423話 印象操作
「馬鹿な。そんな事をしたって一時凌ぎにしかならん事は解かり切ってるだろ」
プロケラだってそういう戦い方がある事くらい知っている。
通い詰めていた甘味処が近くで新規開店した店に悪い噂を流され、暫く売り上げの低迷が続いた事があるのだが――
結局は新しく出来た方の店は、悪評を流さなければ戦えない程度の味であり、前の店の方が良いという結果になり、程なくして潰れた、
――ちなみに後に何の根拠もないデマだった事が解かったので、店主は相応の罰を受けた。
「その一時凌ぎの間に、対抗相手が潰れてくれる可能性もあります」
「そこまで民衆は愚かではないだろう。そのアニメとやらは自分が見て楽しむ物なのだろう? だったら自分が見て面白い物を結局は選ぶ筈だ」
「ところが、この手のイメージ戦略ってのは、想像以上に効果が高いんですよ。もし甘い物は子どもが喜ぶ物で大人が食べるのは恥ずかしいって話になって、食べる度に周囲から笑われたり馬鹿にされたら、どうします?」
そんな中で、ただ自分の好きに素直で居られる者なんて多くはない。
それくらいプロケラにも想像出来るだろうとばかりに、研一は同意を求めるつもりで語り掛ける。
「笑った全員を拳で黙らせるが?」
だが、プロケラには全く理解出来ない。
身体に悪影響があるとか希少なので数の制限がされているとか、そういう仕方のない理由が無いというのなら。
自分が食べたい物を好きに食べるだけだし、邪魔してくるヤツは物理的に排除するだけ。
「わざわざこちらに聞こえるように言うという事は、喧嘩を売ってきているという事だろう。手加減してやる理由などないではないか」
「……それで殴った方だけが罪になるとすれば、どうです?」
「嫌がらせをしている方には、何の罰もないのにか?」
「はい」
「おかしくないか? 何もしてないのに喧嘩を売ってきている者こそ罰せられるべきでであって、好きな物を楽しんでいる者は守られるべきで――」
そこまで告げたところで合点がいったとばかりの表情で、プロケラは手を叩く。
「ああ、なるほど。個人同士では際限が無くなるし、弱い者は逆恨みされて怒りを買うかもしれない。だから自分で手を出さず、警備隊に被害を訴えるべきという話だな?」
「基本的に警備隊は動いてくれませんね。むしろ警備隊が率先して嫌がらせをしてきて、大人の癖に甘い物を食べているお前が悪い、と一緒になって攻撃してきます」
「……何だ、そのアニメというのは禁制品か何かだったりするのか? 面白過ぎて仕事を怠けたり放棄する者でも続出したか?」
「全くないとまでは言いませんが、ただの嗜好品なので、特に法的に禁止とかされてませんね」
「意味が解からん……」
本当に想像出来ないのだろう。
プロケラは怒るでも呆れるでもなく、必死で想像力を働かせ、そんな世界で生きる自分を想像しようとしているようだった。
「えーとですね、甘味での例え話に戻すとですね」
それならもう少し想像し易くなるように、プロケラの身近な物に再び置き換えていく。
「甘味が物凄く流行って、誰も普通の飯屋に行かなくなった。そこで飯屋と飯屋の仕入れ先とかが色々困ったんですよ。この色々には警備隊の関係者も含まれています」
「ふむ」
「そこで飯屋の関係者一同が結託して、甘味は幼稚で子どもが食べるモノだって空気を作り上げていった。これなら想像出来ますか?」
「……出来なくはない、が」
自分の身近な物に置き換えてくれたお陰で、プロケラにも頭に思い浮かべる事自体は出来た。
だが、想像出来る事と納得出来る事は別。
そんな歪な状態になれば、絶対に誰かが正そうとする筈だとしか思えない。
「あまりに信じ難い。被害妄想という事は無いのか?」
そう考えると前提自体が間違っており。
研一の認識が間違っているのではないか、と思えて仕方なかった。
「その、実は本当に恥ずかしくて、あまり表に出してはいけない趣味だという可能性は……」
そこでプロケラは、僅かに顔を赤らめる。
飛天族の間で流行っている趣味のような事の一つに、他人に見られそうな場所での性行為というモノがある。
ウェンティ国では見付かっても罪にこそならないが、原則的には控える行為とされており、表に出すべきではない恥ずべき趣味と認知されている。
そして単純な戦闘力だけでなく、索敵能力などにも優れたプロケラは、何度かそういう行為を目撃してしまっており――
一般の者達が気付いてないのならば、と見逃す事も多いのだが、それでも色々と思うところはあった。
「実はそのアニメの元となる漫画という本を書いている方の中には、他国の党首のような方から勲章を受けている人も居ますよ」
そこで研一は、とある事実を口にする。
といってもそうして大々的な評価を受け始めたのは近代の話であり、当たり前のように嫌がらせが蔓延っていた時期の話ではないから、ここで挙げるのは違うかもしれないが――
解っていて尚、話を速く進める為にあえて口にした。
「えーと、ただの嗜好品なのだよな?」
「ただの嗜好品ですね」
「それの制作者が他国の一番偉い人間から、勲章を貰ったのか?」
「そうですね」
「それは、また、凄いな……」
恥ずべき物が国を跨ぎ、その代表から直々に称えられる事なんてないだろう。
これにはプロケラも研一の言い分を認めざるを得ず、何か研一の居た場所が歪んでいたのだと認めるしかなくなっていた。
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