第399話 人間嫌いの羽人
「だから私も、貴様の誠実さには誠実さで応えようと思う」
信用の話はここまでだ、とばかりにベッカは今までの研一を安心させるような表情から一転。
意図的に真剣な顔に切り替えて、話を始める。
「人間と魔族、どちらに就くか判断の一助になる場所を紹介しよう」
そこでベッカが示したのは、遥か遠くの地にある、人間側の領土にありながら、人も魔族も滅多に寄り付かないとされている山だった。
その山の近くに、サラマンドラ国にある転移陣を使えば移動出来るという話だった。
「人も魔族も居ないんですか?」
「山の中には、な」
どちらの勢力も存在しない自然の中で、静かに身の振り方を考えろという話かと思って、戸惑いの声を漏らす研一の気持ちを察し、ベッカは首を軽く振って否定する。
実際、そんな単純な話ではないからだ。
「この山の上に大きな雲があるんだが、そこにウェンティという国があり、羽人と言われる者達が住んでいる」
「ハネビト、ですか?」
大きな雲に住んでいるという話も気になるが――
聞き慣れない単語の方に意識を持っていかれ、思わず口から言葉が飛び出した。
「ああ。羽人、翼人。呼称は色々とあるが、大きな羽が背中に生えている人間のような一族と思ってくれればいい」
「鳥の獣人みたいな感じですか?」
天使みたいな存在を思い浮かべる研一だが、この世界に居るか解からない。
それならば、過去に出会った事がある獣人の一種のようなものかと思ってベッカに確認の意味を込めて訊ねてみるが――
「いや、獣人とは明確に違う種族だ。その発言は獣人も羽人も敵に回し兼ねないから、十分に気を付けてくれ」
「解かりました」
どうやら非常に問題のある発言らしい。
悪党して恨まれる為にわざと口にする時には使える可能性は高いが、想定以上に危ない発言のある可能性もあると、注意はしようと研一は頭に入れておく。
「それでわざわざこのタイミングで貴様に紹介する理由だが、羽人達は、我々人間の事を酷く嫌っている。下手すれば魔族以上にな」
「魔族以上って。見掛けたら攻撃でもしてくるんですか?」
「ああ。人間だろうが魔族だろうが、見付かれば侵入者として襲われ、問答無用で殺される」
軽い確認のつもりで告げた言葉だったが、想像以上の返答に研一は二の句が継げず黙り込む事しか出来ない。
だが、意を決して口を開く。
「えっと羽が生えているだけで、同じ人間族なんですよね……」
「……分類的には、そうだな」
歯に何か挟まっているように微妙な形で、ベッカが研一の言葉を肯定する。
それは遠回しに、ちょっと同じ人類とは認め難いと言っているのと同意義であった。
「隠しても調べればすぐに解かるから包み隠さず伝えるが、我々の歴史では羽人は魔族との戦いが始まった途端、魔族と戦う事に怯えて、雲の上に国を作って逃げ出した、臆病者の集団、という事になっている」
「それは――」
言いたくないという意味合いの言葉を使った、ベッカの態度から解かる。
どう考えても人間側が自分達に都合良く捏造した歴史でしかない。
そうじゃなければ羽人も人間を嫌わないだろうし――
そもそも戦いを恐れるような種族なら、見掛けた瞬間に襲い掛かってくるなんていう、蛮族と呼ばれそうな行動なんて取らないだろう。
「ああ、そうだ。私が言うのもアレだが、十中八九出鱈目だろうな」
ベッカも研一の推測を否定する気はない。
もしかしたら昔は臆病な種族で、そんな風に思われるのが嫌で一念発起して戦闘民族に変化した可能性もないとは言えないが――
おそらく元々、戦いを恐れるような種族ではなかったと思っている。
「何せ羽人は相当に強い。空を自由に飛び回る機動力。侵入者を即座に見付ける視野。そして、侵入者達を退治に来る者達は、総じて党首級の力を持っていたそうだ」
というのも、だ。
そんな臆病者達なら侵略して自分達の領土にしよう動いた人間の国が、過去に何度かあったそうなのだが、雲の上にある羽人達の本国に侵入するどころか――
山の頂上に辿り着く事さえ出来ず、ほとんど山の麓で壊滅して敗走した歴史しかない。
「その武勇故に強さを重んじる魔族からの侵略も何度も受けているが、これ等も全て。羽人達は他国の援軍の一つも受けず、自分達の戦力だけで跳ね除けている」
おまけに魔族軍でさえ寄せ付けない精強さ。
はっきり言って、臆病者だったなんて紡がれている歴史を信じろという方が無理な話。
「どうだ? 今の貴様に相応しい場所だとは思わないか?」
人間側の領土に在り、人類として扱われながら。
人とは違う歴史を歩む者達の住む世界。
「これ以上ないくらい、相応しい場所だとは思いますけど――」
どう考えても人間側に幻滅するような話しか、出てこない気がしてならない。
ここまで親身になってくれるベッカを進んで裏切ろうとしているような感じがして、どうにも頷き難い研一であったが――
「言ったろう? 貴様の誠実さに向き合う、と」
困り顔を隠しもしない研一の姿に、ベッカは嬉しそうに笑って言うのだ。
「明らかに人間側の闇を見れそうな場所だからこそ、貴様に見て、判断してもらいたいんだ。貴様が戦いたい場所は、どこにあるのか、を」
そんな優しい人だからこそ、自分も下手な誤魔化しなんかせず。
自分が知っている中で、一番今の研一に相応しいと思う場所を教えられるのだ、と。
「ありがとうございます。では、ご厚意に甘えようと思います」
「ああ。嫌という程に、身勝手な人間の歴史でも学んできてくれ」
ベッカの真っ直ぐな提案を正面から受け止め、しっかりと頷く研一の姿に。
少し茶化すようにベッカは笑い――
「……雲の上の国ですか。何かフワフワしてそうですよね」
(く、口を挟む暇もなかった……)
急に真面目な話になったものだから。
ベッカの突然のキスやら恋愛の件に付いて、色々と訊ねたくて隙を伺っていたセンは、途方に暮れたように、とりあえず適当な事を口にする事しか出来ないのであった。
面白かった、続きが見たい。
書籍化して絵が付いているところが見たい。
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