第398話 それが信じるという事
「はっ。何が普通なものか」
どこか嬉しそうにベッカは笑いながら。
まるで恋人に口付けるかのように研一に顔を近付けたかと思うと、真っ直ぐに瞳を覗き込んで言葉を続けていく。
「自分に力が無いと思っていた人間が、急に力なんか手に入れた上に周りが逆らえないとなれば、本当に凡庸ならば力に呑まれて悪道に堕ちる。それこそ、貴様が普段演じているようにな」
本当に普通の人間ならば、授かった力を誇示せずに居られない。
自分はこんなに強いんだと無闇矢鱈に力を振り回し、誰も逆らえない事に特別感を覚えて、際限なく増長していくモノだとベッカは語る。
「いや、でも、それくらい――」
「もっと自覚を持つといい。凄まじい力を手に入れても揺るぐ事のない、確かな自分というモノが、貴様にはある。それだけでも十分、凄い事だよ」
異世界に渡り、力を授かっても尚、変質もせず自分らしく生きている。
積み上げてきた闇野研一という人生。
それは与えられただけのスキルよりも、遥かに魅力的で素晴らしいモノだとベッカは告げたかと思うと――
「んっ――」
「な、何やってるの!」
予告もなく、急に研一に口付ける。
突然の事に驚いて固まってしまった研一を置き去りに、センが慌てて抗議の声を上げながら研一とベッカを引き離す。
「何って。死に別れた恋人と再会した上に、魔族陣営に就こうか迷っているという話だろう? それならば尚の事、ここにも貴様を愛して欲する女が居るのだと、言葉と行動で印象付けておかないと、その別れた恋人に何もかも持っていかれてしまうじゃないか」
別れた、という単語をあえて強調しつつ。
魔王であり元の世界での恋人であった楓の方が、恋愛では何十歩も先を行っているのだから、黙って見ているだけでは研一を楓に取られるだけだとばかりに。
まるで、センに発破でも掛けているように、真っ直ぐ見詰めて告げる。
「そんな別れた別れたって。俺は今でも――」
「生憎だが、私は恋の方でも戦士の矜持を持っていてな。恋人を信じられず置いていってしまうような女に、戦いもせず、むざむざと好いた男を渡してやるほど、心は広くない」
これは半分はベッカの本音であり、残り半分は言ってない事がある。
(こうして私が動いて可能性を示しておかないと、姫様はもう自分の恋は終わったと思って、自分から動けなくなるだろうからな……)
それは敬愛するサーラの事。
まだ誰も研一の隣に居ないだとか、ぽっと出の良く解からない女と急に引っ付いたとかだったら、あれで諦めの悪いサーラは、何とか研一を自分に振り向かせようとするのだろうが――
研一が再会を望んでいた楓とあっては、研一の幸せを考えて引き兼ねない。
(それは色々と困る……)
従者として、サーラの恋は叶ってほしいし。
もし研一が人間と魔族を天秤に掛けるような事態になった時に、少しでも自分達の選んでくれる確率を上げてほしくもあるし――
(私としては姫様が正妻。私は側室の一人という形が望ましいんだ……)
サーラに諦められてしまうと、ベッカの恋路も終わってしまう。
色々な思惑の果てに、狙って起こした行動であった。
――ついでに言えば、前回、研一が楓とキスをしてた時に凄く幸せそうにしていたのが、何か癪だったのもある。
「べ、ベッカさん。こういうのは――」
「そうそう。どうして貴様を信用出来るか、だったな」
研一の倫理的には、今も楓と恋人同士という認識であり、楓以外の人間とキスをするには引け目があり、不服を申し立てようとするが――
研一の行動を察していたように、ベッカが話を本題に戻していく。
「貴様が魔王の手を取り、魔族側に就かなかったのが、その最たる理由だよ」
「それはどういう――」
さすがに真剣な顔をして話を戻されては、研一としてもこれ以上追及は難しいし。
おまけに気になる内容とあっては、抗議も続ける事も忘れて、続きを促すしかなかった。
「あの魔王の女こそ、貴様が何を捨ててでも、取り戻しかった相手なのは知ってる。それなのに、お前は私達を見捨てられないから、残ってくれたのだろう?」
「……」
研一は頷けない。
確かにベッカの言う通りではあるのだが、それでも今後、どうなるか解からない。
ここで肯定して期待をもたせるような態度を取っておいて、後で裏切る事になるのかもしれないと思うと身体が動かなかった。
「だからそこまで優しい貴様が、それでも私達や人間を裏切るような事態になるのなら、問題は私達の方にあるとしか思えない。そういう話さ」
けれど、ベッカは研一の心情を察して笑って告げる。
そんな優しい研一が選んだ道ならば、自分もサーラも全て受け容れる覚悟をしている。
それが信じているという言葉の、本当の意味だとばかりに。
面白かった、続きが見たい。
書籍化して絵が付いているところが見たい。
何かしら感じてくれた方は、是非とも高評価してくれると嬉しいです。
また気楽にリアクションなどして頂ければ嬉しいです。




