第394話 目的は消え失せて
「ふふ、気付いてくれなかったらどうしようって少しだけ――」
気付きさえすれば研一なら絶対に蘇らせてくれるという確信こそあれど、それでも万が一、気付かなかったらどうしようという想いが、楓にはあった。
その不安が思わず口から飛び出してしまうものの、その言葉は最後まで言い切る事は出来なかった。
研一が急に抱き締めてきたからだ。
「もう、ケン。今、私って裸なんだよ?」
さすがに服まで含めて完全に元通りという訳ではなく、楓は下着一つ付けていない。
こんな状態で抱き着かれても困るとばかりに咎めるような言葉とは裏腹に――
楓は手を伸ばして、研一の頭を優しく撫でる。
「大丈夫。私はここに居るよ」
また居なくなってしまうんじゃないか、という恐怖に研一が震えている事に気付いたから。
安心させるように何度も何度も頭を撫でて――
(ああ、駄目だなあ、私……)
本当は研一に再び喪失の恐怖を与えてしまった事を謝罪したり、先に服を用意してもらうように言うべきなのだろう。
けれど、解っているのに止められない。
強く抱き締め過ぎたら壊れるとでも思っているのか、それとも嫌われるとでも思っているのか。
こんな時でも、どこか弱々しく不安そうに回されている腕が、あまりにも研一らしくて。
それがあまりに愛しくて、離れるなんて出来そうになかった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
泣く事も不安を言葉を伝える事もなく。
怖がる子どものように何も言えずにしがみ付いてきてくれる研一を、あやすように楓は頭を撫で続ける。
もっと力一杯抱き締め返して、自分の存在を伝えた方がいいのかもしれないが、それはどうしても出来なかった。
(……本当に駄目だなあ、私)
だってこんな姿を見せられて、こんなに必要だって求められて。
ちょっと前にいっぱいキスだってして、久しぶりにあえて、それでこんなに触れ合って。
それで何も感じずに居られるほど、子どもじゃない。
研一が欲しくて欲しくて堪らなくて、どうしようもなくなってきて。
「…………」
きっと邪魔をしないように音を立てないようにしつつ。
それでも目を輝かせて、じっと自分達を見ているプルケルが居なければ、きっと楓は我慢出来なかっただろう。
「ねえ、ケン。そのまま聞いてほしいの」
色々な欲望を必死で押し殺し。
楓は伝えなければいけない事を、努めて冷静に話していく。
「ケンはどう思っているのか知らないけど、私はね、地球に戻りたくない」
別に異世界が地球に比べて快適だから、という訳ではない。
世界規模で人間と魔族という異種族同士で生存戦争なんてやっている環境は、お世辞にも平和から程遠いし。
機械の国みたいに局地的に以上に文明が発展している場所こそあれど、全体的には日本に比べれば文明基準も低く、快適な生活とは言い難いだろう。
日本での生活に比べると、この世界で生きるのはあまりにも不便過ぎる。
けれど――
「記憶を弄ってもらったけどさ、それでも怖いの。あんな目に遭った時、日本に居る人間の私じゃ、結局、どう頑張ったり気を付けても、自分の身を守るのって限界がある……」
この世界の楓には力がある。
それこそ救世主である研一でさえ、暴走でもしてなければ傷を付ける事さえ難しい程の圧倒的な力が。
「自分が非力なせいで傷付くのも、ケンを傷付けるのも嫌。きっと耐えられない」
どんな者からでも自分を守れるという安心。
自ら平穏を守れる力に比べれば、快適な暮らしだって気になっていたテレビや漫画の続きが見れない事だって、取るに足らないモノにしか思えない。
「だから、その、ね。ケンが私を元の世界で生きていけるように、ずっと頑張ってくれていたのは、知ってるんだけど――」
そこで楓は言葉に詰まってしまう。
解っていたからだ。
どう取り繕って言葉にしたって、今までの研一の努力は全て無駄なお節介でしかない、と言う事しか出来ない、と。
「解かってるよ。楓の意志が何よりも大事だ」
研一は努めて優しい声で、楓の言葉を遮って答えを返す。
言い難い事を無理に口に出させる必要なんてない。
楓が幸せなら別に自分の苦労とかどうでもいいんだとばかりに、少しだけ強く抱き締める。
「うん、ありがとう」
楓も伝えたところで傷付ける事なんて、ないと解っていた。
だって研一がその気なら、魔王である楓を倒して功績値は溜まっていたのだ。
この世界に来た時に最初に研一が抱いた願いを叶えればよかっただけ。
(それでもこの世界に残って、私を魔王のまま蘇らせた……)
きっと研一は気付いていたのだろう。
楓の気持ちが、もう日本に残っていない事を。
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