第392話 寂しさは絶望の始まりなのか
「思ってたより力強いんだね。見て、ここ。凄く赤くなってる」
それは学校の卒業式を終えた日。
楓に家に呼ばれた研一が、初めて楓が身体を重ねた時の事だった。
事を終えた楓は、服を着る事もせず、研一に捕まれた時の衝撃で痣みたいな跡が付いてしまった肩を、嬉しそうに見せ付けていた。
「あ、違うの。責めてるとかそういう話じゃなくてね、ケンってゲームで負けたり、嫌な展開とかあっても、文句言うだけで物に当たったりとかしないのにさ。力加減も出来なくなるくらい気持ち良かったんだって思ったら、嬉しくて……」
申し訳なさそうにする研一に、楓は慌てた様子で訂正する。
というのも二人の初めては楓が予告もなく研一にキスをして、初めてのキスの快感にぼんやりとしていた研一を、ベッドに押し倒したのが始まり。
だから終わるまで、ずっと不安だったのだ。
「その、ね。本当は今日はさ、キスするだけのつもりだったの。それで恋人にしてほしいって言うだけのつもりだったんだけど――」
関係こそ持ったが、まだ二人は恋人同士とは言えなかった。
学校を卒業してしまえば、徐々に繋がりが消えていって疎遠になってしまうと不安になった楓は、ほんの少しだけ関係を進めようと思っていただけだったのだが――
「その、キスってあんなに凄いって思ってなくて……」
振られてしまうかもしれない。
それならせめて、もっと思い出に残るキスだけでもしておきたいと楓は研一の唇を割り入るように舌を伸ばして。
「だよね! なんか、うん! 本当に凄かったよね!」
研一の同意の言葉に楓は堪えられないとばかりに何度も頷き、キスした時の事を思い出すように自分の唇に指で触れる。
舌と舌が触れ合った瞬間、そこから媚薬でも流し込まれているんじゃないかと思うくらい、気持ち良さと熱が身体中を駆け巡った上に。
研一が見た事のないトロンとした表情をしていて、ズボンが膨らんでいる事に気付いた瞬間、楓の中でブレーキのようなモノが完全に壊れてしまって。
「その、ごめんね。本当に、ここまでするつもりは、なくて――」
そこでじっと見ている研一に気付いて。
嫌われる、身体目当ての女だと思われるという不安に頭が支配され、意図せずに言い訳が口から溢れ出していくが――
「え!? うん! いいよ!」
どこか困ったように、それでいて期待した様子でキスをせがむ研一の姿に。
楓は先程までの不安も何もかも忘れてしまったような、幸せそうな笑顔を見せて。
「…………」
そこで研一は目が覚めた。
随分と懐かしい夢に、地球に居た時の事を思い出すが、今ではすっかり馴染んでしまった石造りの壁が目に入り、ここが日本ではないと思い知らされる。
「俺は――」
ベッドに手を付いて身体を起こした研一は、どこかぼんやりとする頭を振り、状況を確認していく。
もう見慣れた石造りの部屋は、サラマンドラ国に用意してもらっている研一とセンの部屋。
どうしてこんなトコで寝ているのかと記憶を探った研一は、そこで顔が青ざめていくのを感じる。
「楓は! 楓は、どこだ!」
負けイベだだと宣言され、その言葉に相応しいだけの圧倒的な力の差を、奇策にイカサマを駆使して、無理やり覆したところまでは記憶がある。
戦いには勝った、と言っても過言ではないだろう。
だが、その後。
魔力が暴走した後からの記憶が、あまりにも曖昧過ぎる。
(楓が近くに居たような気はする……)
懐かしくて安心出来る気配に包まれていたような、そんな気はするのだ。
けれど、その気配が途中から消えてしまったような寂しさのような感覚も鮮明に残っている。
(俺が落ち着いた事を確認して、去ったんならいい……)
研一の暴走が収まった事に安心して帰っただけなら、何も問題はない。
生きているのなら、またどこかで会う。
でも、そうじゃないのなら?
最悪の予想が研一の脳裏を駆け抜けていく。
「……消えました。塵一つ残す事なく」
そして、最悪の予想を裏付けるような言葉が響く。
ずっと近くで研一の様子を見ていたプルケルが、短く端的に、それでも絶望的な結果が伝わる言葉がぶつけられた。
「貴方を止めるだけなら、あの方の力なら殴って気絶でもさせればよかったでしょうし、結界でも張って防御していれば受け流す事も出来たでしょう。あえて防御もせず受け止めた結果です」
だから、研一に非は何もないとばかりに告げ。
プルケルは更に説明を続けていく。
「魔力の暴走が収まり、私達が貴方の元に向かった時には、そこに居たのは貴方だけ。楓様の姿は、影も形もありませんでした」
「それなら!」
魔力の暴走を受け止めた身体では、さすがにサーラ達の相手は出来ないと判断して。
誰にも気付かれないように、あの場を去った可能性も十分にある筈だと、一縷の希望に縋ろうとする研一であったが――
「私は魔法で楓様と一時的に思考を繋げる事が出来ます。ですが、どこにも存在を感じられないのです……」
静かに首を振って、プルケルは否定の言葉を返す。
もう楓は、どこにも居ないのだとばかりに。
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