第391話 結末は二人だけで
「凄いな。私だったら恋敵に全部任せて行くなんて、絶対出来ないよ」
他の者達を先導しつつ、一目散に逃げていくサーラの背に、楓は誰に言うでもなく呟く。
火の国なんて暑い場所の国の党首だからか、随分と色っぽい恰好をしていたものの、それ以外は真面目で優しそうな人で。
「センさんも、何の打算もなく当たり前みたいにケンに駆け寄って……」
あの時の研一に近寄れば危険な事くらい、解っていただろうに。
それでも駆け寄らずには居られない程、真っ直ぐに研一の事を愛している事が伝わって。
「ああいう人達の方が、きっとケンの隣に立つのに相応しいんだろうね」
ずっと楓は思っていた。
何度も何度も痛い目を見て、苦しんで裏切られて。
それでも人を助ける事を止めない研一に相応しいのは、もっと見るからにヒロインみたいな人で。
研一がドラマや映画の主人公なら、自分なんかメインヒロインの前に、おまけで助けられるチョイ役か。
良くて繋ぎの当て馬程度でしかないんだって。
「けどね。相応しくないと思っても、どうしても諦めきれなかったの」
肉体関係さえ持てば、責任感の強い研一なら付き合ってくれる。
無理やり迫って関係を持って、恋人にしてもらえたけれど、そんな始まりだから、ずっと自信なんて持てなくて。
だから自分が死んでも暫くの間、悲しんでくれる事はあっても。
すぐに忘れて、新しい相手を見付けて幸せに過ごしているモノだと思っていたのに。
「だからね。変な話、ケンが私のせいで死にそうになっていて、私を生き返らせる為に、この世界に来たって神様に聞いた時。初めて、ちゃんと愛されていたって実感出来たの……」
ちゃんと周囲には惚気ているとしか思えない程に、優先してくれて。
大事にしてもらっている自覚は、あったが――
「ごめんね、ケン。ケンはケンなりに、ずっと好きだって伝えてくれていたのにね……」
愛してくれているのなら、壊れるくらい乱暴に求められたかった。
研一が優しい人だと誰よりも知っている筈なのに。
大切に扱われるより、そういう激しさを求めている時点で、本当に自分は研一に相応しい相手ではなかったのだと、楓は痛いほどに実感して。
「本当にごめん。それでも好きで好きで、どうしようもないの」
それでも研一を誰にも渡したくないという気持ちを止められない自分が、どうしようもなく嫌いなのに。
研一を好きな気持ちを捨てるくらいなら、嫌いな自分のままで居たいと思うくらいに歪んでいる。
そして――
「大丈夫だよ、ケン」
自己嫌悪に呑まれ、もはや周囲に魔力を撒き散らすだけになっている研一に、楓は穏やかな笑みすら浮かべて近付いていく。
誰にでも優しい研一の、誰も知らない部分が全て欲しかった。
一人にだけ向ける特別な愛情も性欲も。
誰にも言えずに抱え込んでいる痛みや苦しみも全て。
「悪いのは、あの犯罪者。ケンは何にも悪くない」
だからこそ、楓は迷う事無く研一を抱き締めて告げる。
いくら楓が魔王と呼ばれるに相応しい力を持っていようが、今の研一に近付けば、それだけで全身がバラバラになりそうな程の激痛が走るが――
この痛みこそ欲しかったとばかりに何でもないように笑って、耳元で囁く。
「大体さ。ケンが悪いって思ってるなら、死んで生まれ変わってまで、一緒に居たいなんて言う訳ないよ」
(思ったより良いものじゃないね……)
けれど、本当は、ただの痩せ我慢でしかない。
いざ与えられた痛みは、特別感も気持ち良さも全然なくて、ただ苦しいだけ。
大事にしてもらっていた日の事を思い出して、昔の自分は凄く贅沢な悩みを抱えていたんだと実感するだけ。
「ケンと過ごせた日は幸せだったよ。だからもう無くなっちゃったって思って、死にたくなっちゃったくらいにさ」
きっとこのまま至近距離で魔力を受け続けたら、いくら楓でも消滅する。
それが解っていても尚、楓は更に研一を抱き締めて離さない。
傷付いている研一を放っておく事なんて出来ないし。
「だからケンだって許さないよ。私の誰よりも素敵で優しい彼氏をさ、悪い人だなんて、出鱈目な事言うのは」
何をしても自信を持てない時の苦しさは、よく知っている。
その切欠を作ってしまったのが自分だというのなら、甘やかして肯定するくらい、いくらでもしてあげたかった。
「……楓?」
「うん、ケン。私だよ」
後少し研一の暴走した魔力を浴び続ければ、自分の身体は取り返しの付かない事になる。
魔王になるまでの間、多くの戦いを経験してきた楓は、そろそろ限界が近い事に気付きながら、それでも痛みを堪えて自然に答える。
「俺は――」
「ちょっと魔力が暴走しただけ。落ち着いて。ね?」
まるで子どもでもあやすみたいに研一の頭を撫でながら、楓は優しく語り掛ける。
アレだけ乱暴に魔力を使ったのだ。
おそらく体力も相当に消耗しており、後一押しで全て終わる。
「ぼう、そう?」
「大丈夫。誰も怪我一つしてない。だから安心して休んで」
「そう、なんだ。ごめん、何だか凄く身体がだるくて眠くて、お言葉に甘えるよ」
「うん、お休み」
推測通り。
何も心配する事はないと伝えると、腕の中で目を瞑り魔力の暴走が収まっていく研一に満足したように楓は微笑んで。
「……もうちょっと、だったんだけどなあ」
ひび割れていく自分の身体に、己の終わりが近付いている事を悟りながら。
それでも眠る研一を愛おしそうに抱き締めて。
「今でも世界を越えてもいいくらい、私の事、好きだと嬉しいな」
身体が崩れて塵になるその時まで。
研一の寝顔を見詰め続けていたのであった。
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