第390話 研一、暴走
「俺みたいな奴と付き合ったせいで、あんな事に……」
呆然とした虚ろな表情で、研一が壊れかけの機械のように言葉を並べていく。
今にも倒れ込んでしまいそうな程に力がない声なのに、瞳には失意と虚無だけが強く色付いている。
「けんいちさ――」
今にも壊れてしまいそうな姿で。
放っておけなくて、センが研一を抱き締めて安心させようと近付こうとするが――
「駄目! 今のケンに触れたら!」
周りに衝撃波を撒き散らす程の勢いで飛び込んできた楓が、慌ててセンを研一から引き離す。
その瞬間だった。
「俺が全部!」
たった一言。
自己嫌悪の想いが強過ぎてマトモに話す事も出来ず、全ての感情の込められた一息と共に、研一の全身から魔力が爆発でもするように噴き出していく。
留まる事を知らずに荒れ狂う魔力は、もはや嵐。
もしセンが研一を抱き締めていたならば暴風とも言うべき魔力の渦に巻き込まれて、おそらく塵一つ残さず消滅していた筈だ。
「あ、ありがとうござ――」
「お礼なんていいよ。もし貴女を吹き飛ばしていたら、ケンは完全に壊れちゃってた。だから助けただけだもの」
センの感謝の言葉を楓は途中で遮り。
自分の恋人を助けるのは当然の事だから、という態度で応対する。
「ありがとうございます!」
それが恋敵に対する威嚇のようなモノだと正確に察したセンは、あえて強調するように礼の言葉を返す。
死に分かれた元カノが、いつまでも今カノ面して独り占めしようとしてんなよ。
という意図を、言外に込めて。
「おい! 今はそういう場合じゃないだろ!」
突如として勃発しそうになった女の戦いに冷や水をぶっかけるように、ベッカの声が響く。
事実、そんな事をしている暇はないのだが――
もしベッカが釘を刺さなければ、サーラも参戦しようとしていた筈だ。
「そうだね。まずは皆を避難させないと」
すぐに楓も冷静さを取り戻し、一瞬で優先順位を定めていく。
今の研一は完全に自己嫌悪に呑まれきっていて、意識も何もない暴走状態な上に、荒れ狂う魔力も魔王である楓に届き兼ねない勢いだ。
巻き込まれれば魔なる者であるセンやプルケルは即座に消滅するだろうし、この圧力ならば人間であるサーラ達でさえ、無事では済まないかもしれない。
「で、でも、こんな状態の研一さんを放ってなんて――」
「貴女の下らない自己満足でケンを苦しめないで。もし貴女を殺してしまったら、ケンは一生、後悔なんかじゃ済まない傷を抱える。ううん、それだけじゃない。責任を取って後を追って死ぬ可能性だってあるわ」
この場に残ろうとするセンに、楓は言い聞かせるように言葉を重ねていく。
居残ったところで、お前は邪魔になる事しか出来ない。
さっさと逃げる事だけが、お前が研一の為にしてやれる唯一の事なのだとばかりに。
「それが誇張でも何でもない事は、ケンを死なせちゃった私が誰よりも知ってる。もう二度と、誰かの後を追ってケンを無駄に死なせるなんて、私が許さない」
これ以上、うだうだ喚くのなら、研一に殺される前に自分が殺してやると本気で楓はセンに告げると――
真っ直ぐに研一の方を見詰める。
ある種の覚悟と共に。
「死ぬ気ですか、貴女は?」
その態度に嫌な予感を覚えたサーラは、楓に訊ねた。
既に逃げる準備は出来ている。
楓の殺意や研一から放たれる圧力に耐えられず、白目を向いて倒れていたプルケルを抱えており、気掛かりは研一と楓だけ。
そして、楓の表情から最悪の展開を想像するが――
「冗談。言ったでしょ? もう二度と、そんな形でケンを苦しませるような事は、私が許さないって」
死ぬつもりなんて、楓には微塵もない。
もう二度と研一を悲しませたりなんてしない。
ずっと隣に立っていられるような女になるんだと、その想いと共に力を付けてきたのだ。
「伊達に魔王になんてなってないの」
だから邪魔をするなとばかりに、睨むでもなく力の込められた目でサーラを見詰め――
さっさと避難するように楓はサーラに促す。
ここからは研一と自分だけの舞台。
部外者は、さっさと出ていけと言わんばかりの態度で。
「……解かりました。『今回は』譲ってあげます。どうか、御武運を!」
楓の態度に全てを理解したとばかりにサーラは頷いて、迷う事無く駆け出していく。
自分達に出来る事なんて、何一つ残っていない。
この場に必要なのは、研一と楓だけなのだと認めたように。
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