第379話 人か魔族か
「もし救世主として魔族を滅ぼしたいのなら、協力するよ。今助けたばかりのプルケルだって、ケンが望むなら今すぐに殺してもいい」
言葉に何も嘘なんてないとばかりに、楓がプルケルの方に視線を向ける。
それだけで恐ろしい程の重圧がプルケルを身体を襲い、プルケルは息苦しそうに胸を抑え鷹と思うと、立ってる事も出来ないとばかりに膝を付く。
「今、魔王なんだろ? そんな事していいのか……」
「いいよ。ケンは元の世界も何もかも捨てて、私の所に来てくれた。だったら私だって、ケンの為なら、この世界で手に入れた全てくらい、捨ててあげる」
きっと本当に研一が望めば、すぐにでも楓はプルケルを殺すだろうし。
その圧倒的な力で魔族達を根絶やしにする事も、難しくはないのだろう。
けれど――
「楓にさ。そんな事してもらおうとは思わないよ」
研一は楓から庇うようにプルケルの前に立ち塞がると、穏やかに笑う。
圧倒的な魔力に晒され、自分が楓を怖がる事なんてあってたまるかとばかりに、身体に活を入れ、震えそうになるのを必死で抑えて。
努めて自然に、言葉を紡いでいく。
「魔族を滅ぼしたいなら、ちゃんと俺自身の手でやる。俺の目的の為に、楓に手を汚してもらうってのは、違うだろ?」
あくまで自分達は対等な立場でありたい。
死別しようが世界が変わろうが、力の差がどれだけ広がろうが。
情に訴えて力を利用するような関係にだけは、絶対にならないとばかりに意志を伝える。
「ふふ、意地っ張り」
戦闘態勢を解いてない楓との対峙は、素肌に包丁の刃を突き付けらている以上の恐怖を本能的に研一に与え続けている筈なのに。
それでも声を僅かに震わせるだけで受け答えする意志の強さに、懐かしさと愛しさを覚えて、楓が嬉しそうに微笑んで。
「それじゃあ、もう一度聞こうかな。ケンはどうしたいの? 救世主として魔族の敵になる? それとも私の恋人として、魔族側に来たい?」
魔力を大きく抑えて、穏やかな顔で楓は選択を委ねた。
どんな道を選んでくれても、怒ったり恨んだりする事なんてない。
ただ、自分を選んでくれるなら嬉しいな、と主張するように控えめに手を差し出して。
けれど――
「……正直言うとな。どうしていいか解からない」
どうしても、研一には楓の手を取る気にはなれなかった。
戦争等で戦った魔族は、正々堂々とした部分に意外というか少しは好印象を抱く部分はあったものの、それでも当たり前のように人間を食べる種族でしかなくて。
いくら楓が居るとはいえ、魔族と共に生活していくなんて、想像も出来ない。
(けど、プルケルさん達みたいに、無害と言ってもいい魔族も居る……)
だからといって、それじゃあ今まで通りに魔族は敵だ。
相容れないから全部倒そう、という気持ちにもなれなかった。
魔族全部と仲良くやっていくのは、絶対に無理だが――
もし、プルケル達みたいに人間と共存していけるような魔族が他にも居るのなら、と思うと。これからも戦い続けると宣言するのは躊躇いが出る。
「なあ、楓。さっき楓は、この世界で手に入れた全てを捨ててもいい、みたいな事を言っていたよな?」
そこで研一は、少し前の会話が頭に引っ掛かった。
研一の為なら捨ててもいいという言い方は、逆に言えば、研一の為じゃなければ捨てたくないくらい惜しいという事だ。
「どうして楓は、魔王なんてやってるんだ?」
これだけの力を持つ楓を止められる者なんて、この世界には居ないだろう。
それならば別に魔王ではなく、楓の方が救世主になっていても良かった筈だ。
魔族として転生したのだとしても、力を得た今ならば、どこにでも行けるし、何にだってなれる筈。
今でも魔族側に就いている理由とは、何なのか。
「それは――」
楓は言い難そうに、僅かに言葉に詰まる。
まるで研一に言葉として告げるのは、憚られるとばかりに。
「楓?」
もしかして、何か抗えない事情があるのだろうか。
それならば自分が助けるし、守ってみせるとばかりの強い意志が籠った目を研一に向けられて。
観念したように、その言葉を楓は口にする。
「この世界の人間が嫌いだからだよ」
あまりにも明確にして単純。
魔族側に就いている訳じゃない。
人間側の味方をしたくなかった結果、自分は魔族陣営に属しているのだという、確固たる敵意だった。
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