第378話 魔王であり元カノであり
「ふふ、優しい人だね。ケンが協力したくなるのも解かるな」
死すら覚悟して党首の役割を果たそうとするサーラの気迫を前にして、楓は場違いな程に柔らかく笑う。
そこには敵に対する恐れなんて、少しもなく。
まるで頑張っている子どもを見守ってる母親のような、慈しみさえ感じられた。
「なっ! 私を馬鹿にする気ですか!」
「本心だよ。侮っているように聞こえたなら、ごめんなさい」
この余裕どころか傲慢とさえ言える楓の態度も、当然と言えば当然なのかもしれない。
あまりにも魔力量の差が大き過ぎる。
並みの魔族ならば、一撃で消し飛ばせるだけの力を持っているサーラだが、おそらく楓が寝ていようが、傷一つ与えられない程に、強さの階層が違う。
これで脅威と認識してもらえなかった事に怒る方が、身の程知らずというモノ。
「本気で私をどうこうしたいなら、私とケンがキスしている時にでも攻撃すればいのに、プルケルが回復するまで待ってくれて。今だって不意打ちも仕掛けず、声を掛けてくれた」
だが、決して楓にサーラを馬鹿にする気持ちはない。
敵わないと解かっているからこそ、少しでも確率を上げる為に奇襲するなり、キスして動けない間に逃げるなり、プルケルを人質に取るなり――
やれる事なんて、いくらでもあった筈なのだ。
(しかも恋敵とも言える相手に。本当に凄いよ)
おまけに初対面の、それも敵の総大将という立場への相手には甘過ぎる対応、そして研一を愛する女として、楓には何となく解かっていた。
サーラは、憎からず研一を想っている。
自分がサーラの立場だったなら、どうせ敵なんだし、ダメージ与えられないくらい力の差があるんだからと、逆に腹いせに殴っていたかもしれない。
「私がケンの大切な人だから、気を遣ってくれたんだよね。ありがとう」
それなのに卑怯な事を一切せず、正面から立ち向かってきてくれたのだ。
本心から賛辞の言葉をサーラに送りつつ。
凄い人だと認めたからこそ、楓は攻撃態勢を取った。
「それじゃあ私も、その優しさに相応しい対応をさせてもらおうかな?」
腕を軽く振り上げて、下ろす。
たったそれだけの誰にでも出来る、単純な動き。
「なっ――」
だが、それで戦いとも言えない何かは終わった。
圧倒的な魔力がサーラを上から押し潰し、回避する暇もなく床へとめり込ませる。
「……」
たったの一撃。
それも無造作に振るわれた本気にも見えない一撫でで、人類屈指の実力者である筈のサーラが、完全に動かなくなった。
(ピクリとも浮かないけど、これって死――)
床にめり込んだまま、立ち上がろうともしないサーラの姿を見て、研一の頭に最悪の想像が浮かぶ。
慌てて助け起こそうと近寄ろうとするが――
「大丈夫だよ、ケン。残るような怪我は、させてないから」
楓自身も魔王という立場になって、多少の時間が経っている。
無傷で国の党首であるサーラを見逃してしまえば、サーラが居場所を失う可能性くらい理解しており――
暫く動けない程度に手加減して、叩きのめしただけ。
「多分、今までケンにも色んな便宜を図ってくれてた人なんでしょ? 恩人を無碍にしないくらいの礼儀は、今でも持ち合わせてるつもりだよ」
そこで楓は、研一に向き直ろうとして、僅かに表情を歪める。
(この子も研一の事、好きみたいだね……)
僅かに戸惑いながらも、それでも真っ直ぐ自分を見ているセンと目が合ったからだ。
どうやら目まぐるしく変わっていく状況に、どう動けばいいのか解からないようだが、それでも楓からは、目を離せないという事だろう。
(ふふ、ケンを好きになっても苦労するだけだよ)
自分が何をすればいいのか解かってもいないのに、恋敵をじっと見詰めるセンにどこか親近感のようなモノを覚えながら――
今ならばゆっくりと話が出来るとばかりに。
「ねえ、ケン? ケンはさ、これからどうしたい?」
「どうって……」
あまりに突然過ぎる上に、曖昧過ぎる言葉に研一は何も答えられない。
これからという未来の話じゃなくて。
今までどうしていたんだという過去の話なら、いくらでも聞きたい事があるのに。
「ごめんごめん。いきなり過ぎて意味解からないよね。ここに人間の救世主と魔族の王が居る。私達がその気になれば、二つの世界の命運は、ここで決められる」
言い淀んだ研一の態度に、楓は僅かに表情を曇らせるが――
けれど、あえて暗い雰囲気を全て吹き飛ばすように明るく告げた。
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