第377話 溢れる想いが彼女を救って
「かえで――」
こんな時に何しているんだなんて、一瞬だけ止めようとした。
プルケルは危篤と言っていい状況だし、センやサーラだって見ているのだし、それが常識的な反応だろう。
「んっ――」
だが、研一は抵抗しそうになった身体から力を抜いて、楓の口付けを受け入れる。
優しく頬を撫でた手。
それだけの動作で、楓が自分を信じて任せてという想いが、伝わってきたからだ。
「んぅっ……ちゅっ――」
研一が全てを託してくれた事に気付いた楓が、我慢出来ないとばかりに舌を研一の口内に押し込んでいく。
それはキスなんて甘い響きとは掛け離れた激しさで。
まるで溺れ掛けた者が空気を求めるように、ヌルリとした肉の塊が口の中を犯していった。
恥も外聞もない程に、湿り粘着いた淫らな水音が部屋中に響いてく。
「ケン、ケン――」
けれど、それは決して下品には聞こえなかった。
息継ぎをする空気さえも惜しいとばかりに、愛する者を求める声には、愛や情欲なんて言葉では片付けられない切なる願いが込められており。
見る者聞く者全てに、これが快楽を求めただけの卑しい行為ではないと知らしめる。
「んっ、んぅっ――」
ずっと会いたかった。
もう二度と離れたくなんてない。
そんな想いが溢れているからこそ激しくなっていく口付けは、間違いなく自分の想いを伝える為の言葉の代わりでしかなかったのだから。
「んんぅっ!」
楓の想いに応えるように研一も動き始め、お互いの舌を絡み合わせていく。
この状況で研一も動いてくれるなんて、思っていなかったのか。
楓の目が見開かれて動きが僅かに止まるが、それも一瞬。
「んっ……」
今までの必死さは急に形を潜め。
自分の想いが伝わってくれたんだと安心したように、穏やかにお互いの口を啄ばんでいく。
「…………」
そこにあったのは、ただお互い以外に何も要らないとでも言いたげな恋人同士の姿だけであり、きっと、この光景を見た者は、誰も二人の関係を信じる事なんて出来ないだろう。
片や人類最大の戦力である救世主。
片や魔族を率いる大将ともいうべき魔王。
互いの命を狙い合っている宿敵同士とも言うべき、皮肉な立場にある事を。
それ程までに口付けを交わし合う二人の間には、何者も引き裂いてはいけないと思わせる、願いにも似た深い想いが互いにあった。
だが――
「ほ、ほわぁー……」
別の音を入れて邪魔する事さえ憚られる空間を、一つの間抜けな音が引き裂く。
それは魔力を使い果たし、死にゆく定めだったプルケルの声だった。
絶対に邪魔すまいと全力で我慢していたのだが、あまりにも濃く強過ぎる二人の想いを身近で当てられ、とうとう声を抑えられなくなったのだ。
「んぅ……。もう大丈夫でしょ、プルケル」
そこで楓が名残惜しさを隠しもせず、研一から口を離してプルケルの方に向き直る。
さっきの研一とのキスは、あくまでプルケルへの治療行為であって――
決して研一との再会に感極まって、見られている事も気にならない程に盛っていた訳ではないとばかりに。
――だが、どうしても嬉しそうな様子が見え隠れしており、取り繕っているようにしか見えなかった。
「はっ! 確かに。あんな濃厚な想いを接種させて頂いたお陰で、もう全身に走る痛みも、身体が崩れそうな気配もありません!」
とはいえ、楓の目論見がプルケルを救う事だったのは間違いないだろう。
久しぶりの再会と触れ合いに溢れ出した研一と楓の強い想いは、放っておけば魔力欠乏で死ぬだけだったプルケルの身体を、完全に魔力で満たし。
命の危機どころか、絶好調に至るまでに回復させていたのだから。
「ふふ、よかった」
さっきまで死に掛けたのが嘘にしか思えない程、元気になったプルケルの姿に楓が微笑む。
そこに打算の色は全く見えず。
ただただ、プルケルを救えた事への喜びだけが顔には浮かんでいた。
だが――
「いくら仲間を救う為とはいえ、魔王が一人で攻め込んでくるとは軽率でしたね」
それで丸く収まって、全て終わりにするには、どうしたって立場が許してくれない者が居る。
サラマンドラ国の党首であるサーラだ。
(この魔力。例え奇襲したところで、掠り傷一つ付けられないでしょうが――)
人類側の最大戦力の一人として、護衛も付けずに現れた魔王を前に、素通りさせる事なんて出来ない。
ましてや自分の私室。
国を預かる党首の部屋という、最終防衛線どころではない場所まで攻め入られて何もせず帰したと他国に知られようものなら――
サーラは裏で魔族で通じているとか、既に魔族に寝返ったと思われても仕方ないだろう。
勝てないと解かっていても、ここで挑まざるを得なかった。
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