第376話 楓、襲来
「別にそんな事しなくても援助を止める気なんて!」
事態の重さに気付いたサーラが、慌ててプルケルの傍に駆け寄って容態を見る。
魔族が魔力を使い果たして死ぬ時の兆候である、身体にヒビが入ったり、変色して固まり始めているような傾向はない。
けれど――
「早く魔力の消耗を抑えて! このままじゃ本当に死んでしまいます!」
「ふふ。抑えたところで助かりませんよ。それはサーラ様だって、気付いているのでしょう?」
「それは――」
プルケルに言われるでもなく、多くの魔族を倒してきたサーラには解かっていた。
目に見える変化がないだけで既にプルケルの身体は限界を超えており、今から力を抑えた程度では助からない。
助かる方法は、外部から大量の魔力を補給するだけ。
「いいのです。ここまで良くして頂いたサーラ様を裏切るような事をした私に、心配して頂ける資格なんて、ないのですから」
「ですが――」
「あえて惜しい事があるとするなら、研一様が誰を選び、どのような恋路を歩むのを見られない事でしょうか?」
だが、そもそも命が惜しいなら、最初からこんな事はしない。
言葉とは裏腹にプルケルは静かに目を閉じ、死を受け入れようとする。
その瞬間だった。
「さすがに私のせいで死なれるのは、寝覚めが悪いから止めてほしいかなあ」
楓の声が室内に響く。
今までと違いプルケルの方からではなく、研一達の後ろから響いてきた音に、慌てて研一達は振り返る。
「奴隷商にでも襲われてると思って、急いで転移陣用意しておいてもらってよかった。そうじゃなかったら、絶対に間に合ってなかったな」
「…………」
プルケルが入ってきた時から開けっ放しになっていた扉から、一人の女性が歩いてきていた。
この世界では珍しい、長く綺麗な黒髪が特徴的な女性だった。
どこか困ったような柔和そうな笑みを浮かべているものの、背筋が伸びた綺麗な歩き方をしているせいか、弱さは感じられない。
むしろ、和服でも着て茶道の稽古でもしているような洗練された印象を与えていた。
「あーあ。まだケンと会う予定じゃなかったのにな」
だが、研一達が声すら出せずに見守るしかなかった理由は、別にある。
それは楓が纏っている魔力だ。
ここまで接近されるまで気付かないくらい穏やかなのに、その強さは今まで見てきたどんな相手も遥かに凌いでいるのだ。
(今の楓に比べれば、あの亀の神獣だって――)
かつて、研一がセンの命を賭けた献身のお陰で何とか倒せた最強の敵。
島のような大きさを持っていた神獣、ランドタートルさえ、今の楓の魔力があれば容易に倒せるだろう。
「ケン。今は時間がないから再会の挨拶は、後でね」
楓が強い魔力を持っているという驚き。
そして、圧倒的過ぎる強さに本能的に動かなくなっている研一に、まるで世間話でもするかのような気楽で楓は告げると、プルケルの手を握る。
「楓様。私は――」
「今は少しでも魔力を抑えて。大丈夫、私とケンが居れば、すぐにでも助けられるから」
「ですが、楓様。私の番いでない貴女様では――」
だが、プルケルは楓の言葉に首を振るしかなかった。
いくら楓が凄まじい魔力を持っている上に今代の魔王とはいえ、プルケルとは魔力の性質が違い過ぎて回復する方法なんてない筈。
だが――
「今は説明している時間も惜しいの。ケン、お願い。私を信じてプルケルの空いている方の手を握って」
楓の声に迷いはない。
絶対にプルケルを助ける方法があるのだとばかりに、自身に満ちた態度で研一に語り掛ける。
「ああ、解かった。これでいいか?」
研一は何も疑う事無く、プルケルの手を握る。
聞きたい事なんて山のようにあるが、今はプルケルを助ける事の方が遥かに大事だし。
この状況で楓がプルケルを見捨てたり、自分を騙す可能性なんて全く想定もしていなかった。
「……ふふ、変わってない」
小さく、けれど確かに嬉しそうな声を上げ。
楓は空いている方の手を研一の頬に当てると、とっておきの悪戯でも思い付いたような子どもみたいに笑ったかと思うと――
「ケン。私達の想いを全部、プルケルに伝えるつもりでやるからね」
「え?」
意味も解らず戸惑う研一を置き去りに。
当たり前のような自然さで、自らの唇を研一に重ねたのだった。
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