第371話 研一の絶対
「何故です! こうしている間にも、研一様とサーラ様が、愛し合っているのかもしれないのですよ!」
サーラが想いを伝えていた頃。
センに無理やり別室に引っ張られていたプルケルは、大声で叫び散らかしていた。
「ああ、もう! 一応お忍びで来てるんだから、大人しくして!」
あまりの騒がしさにセンも辟易しており、必死で押さえ付けるが、それで大人しくなってくれるなら苦労しない。
力を抜けば今すぐにでもセンを連れて、研一達の居る部屋に飛び込んでいきそうな勢いだ。
「セン様も気付いている筈です! あのサーラ様という女性の想いはセン様と同等、いえ、あるいはセン様すら上回っているかもしれません!」
ここまでプルケルが暴れるのには理由があった。
研一とセンの二人の間には確かに深い絆こそあるものの、プルケルが見たところ、それは絶対に崩れない程に固いとは言えない。
まだ誰かが入り込める、隙間のようなモノがあるように感じるのだ。
「あのサーラという女は、あまりにも危険です! 今ここで研一様との仲を見せ付け、格の違いを思い知らせてやるべきです!」
そして、その隙間を抉じ開けて無理やり入り込んでもおかしくない程の想いをサーラは抱えているように見えるが――
今ならば、センの方が研一に大事に思われている。
ここで二度と研一の恋人になろうなんて気も起きないくらい、徹底的にサーラの心を圧し折っておくべきなのだ、とプルケルは主張する。
「悔しいけど気持ちは解かるよ。サーラさんの気持ちが凄いのは認める。もしかしたら、私よりも強いっていうのも、否定出来ない」
センもプルケルの言いたい事は解かるし、気持ちに同意する部分もないでもない。
感情だけに従えば、それこそプルケルの言葉通り、良い雰囲気になんてさせるもんかとサーラの邪魔しようと、張り切って部屋に乱入していただろう。
けれど――
「人間の世界の恋愛にはね、どうしても邪魔したら駄目な事ってあるの!」
プルケルがサーラの研一への想いに気付いたように。
同じ念話の力を持つセンだって、サーラの気持ちは知っている。
(ずっと研一さんの負担にならないようにって、耐え続けてきたのに、それを邪魔する事なんて出来る訳ない……)
むしろ、今日初めてサーラの心に触れただけのプルケルよりも、遥かに深く強くサーラの献身を感じてきたのだ。
研一を抱き締め、自分はいつだって貴方の味方ですよと伝えたい気持ちも。
それを言えば今まで悪党を演じてきた研一に気を遣わせてしまうと思い、必死で押し殺し続けてきた決意と覚悟を。
だからこそ、ずっとサーラの気持ちを知っていながら、研一には全く知らせなかったのだ。
「何を悠長な事を言っているのです! 研一様は一人しか居られないのですよ! 選ばれ愛されるのだって一人きり!」
だが、そんなのは余裕のある者の怠慢にしか、プルケルには思えない。
「好きならば、本当に愛していて、その殿方しか自分には居ないと見定めたのならば! 自分の持つ全てを使い、何を蹴落としてでも、愛されるべく動くべきなのです!」
何せプルケルは、絶滅し掛けのサキュバスなのだ。
そんな相手の気持ちを考えて、この場は譲ろうなんていう謙虚な恋愛なんて、生温いにも程がある。
恋愛こそが生きる目的。
意中の相手と結ばれる事は、己の全てを賭してでも為すべき使命とまで思っているプルケルからすれば、手強過ぎる競争相手に、告白の機会を譲る事なんて理解出来ない。
「あー、もう! 大丈夫なの! 研一さんは、サーラさんに何を言われたって、どれだけ迫られたって、絶対に靡く事ないんだから!」
あまりにもしつこいプルケルに、センも堪え切れず怒鳴り返してしまう。
これは自分だって本当は邪魔したいのに我慢しているんだから早く諦めてという気持ちも強いが、苛立ちの理由は別にあった。
「恋愛は一瞬の油断が命取りなのです! 絶対に大丈夫なんて事は――」
「だから大丈夫なの! 研一さんの心には、私でもサーラさんでもなくて、別の人がずっと居るの!」
研一の絶対は、自分じゃない。
少なくともその相手への気持ちが薄れない限り、サーラだろうが誰だろうが、研一を虜にする事なんて出来ない。
自分達の敗北を認めてしまっているからこそ、サーラと二人きりになる事だって許せる。
その事実が、センの心を何よりも掻き乱していた。
「そんな! セン様やサーラ様があれ程の想いを向けているというのに、それすら上回る方が居るですって! 一体どこのどいつです!」
「もう居ないの! 楓さんって言って、研一さんの亡くなった恋人で――」
今すぐにでも、この場に連れてきて。
誰が本当に研一に相応しいのか、セン達と競い合って決めろと言わんばかりに叫び出すプルケルに、センは咄嗟に言い返すが――
「カエデ? カエデですって?」
そこでプルケルが戸惑ったように、センの口にした名前を繰り返す。
どこか古い時代の日本に似た装束を着た侍口調の人間でさえ、海外風だったこの世界では滅多に聞く事のない、日本人を思い浮かべさせる、その名前を。
「……もしやフルネームは、カミヤ・カエデ様ではありませんか?」
「え、何でプルケルさんが研一さんの恋人の名前を……」
そして、センの心を読めない筈のプルケルの口から、研一の恋人の名前が告げられる。
漢字にすると鏡谷楓。
犯罪者に襲われ心を病み、そして自ら命を絶った恋人であり――
「……私だって魔族の端くれ。それに我等サキュバスの事を憂いて、正規兵を送ってくれた大恩ある今代の魔王様の名前くらいは、存じ上げておりますから」
死後。
異世界に転生して魔族を率いている、今代の魔王、その人である。
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