第367話 その怒りこそ好物です
「プルケルさんの方がサキュバスの事を理解しているのは、認めるよ」
先程の説明で、ようやく夢魔の生態を理解したような状態だ。
それで夢魔がどうこうとか語れるような厚かましさなんて、研一は持っていない。
「けどね、俺の方が百倍はセンちゃんの事を知ってる」
だからといって、センの事を大して知りもしない奴にどうこう決め付けられて黙っていられるほど、寛容な性格もしていなかった。
怒りを抑えられず噴き出した魔力に、怯えて震えるプルケルの様子に気付く事も出来ず。
激情のままに言葉を重ねていく。
「確かにさ。意図せず番いって関係になってしまってるみたいだ。そこはもう否定する気はない」
「は、はい……」
「だからって、俺がセンちゃんを大事にしたいって気持ちに嘘はないし、センちゃんも魔法で俺の心を捻じ曲げたりなんかしてません」
センが好意を抱いている事なんて、痛いほどに研一は知っているし、時には断り難いズルイやり方で誘惑してくる事だってある。
絆されそうになった事は、一度や二度じゃない。
もしかしたらそこでセンが魅了の魔法を無意識にでも使っていたかなんて、今となっては、誰にも証明も出来ないだろう。
けれど――
(そんな誘惑に負けて、キスした訳じゃねえんだよ)
番い判定となる体液の譲渡となった事件。
神獣との戦いでセンが力を使い果たし、死ぬ前に最後のお願いとしてキスをねだられた時の事を研一は覚えてる。
(あの時のセンちゃんに。俺に好かれようとか、そんな想いは一切なかった……)
自分の命を捨ててでも研一を助けようとしただけであり、きっとあそこで死んでいたとしてもセンは満足していただろう。
ただ自分の好きな人を助けたい。
そのセンの純粋な想いと行動全てを、否定され、汚されたような気分だった。
「もし俺がセンちゃんの魔法に魅了されて番いになったってんなら、それこそセンちゃんに夢中になって、過去なんかに縛られず、センちゃんの為だけに生きてると思いますよ」
第一、プルケル自身が言っていた筈だ。
過去に囚われてセンの事を第一に見れていない、と。
異世界に来てから結構な時間が経ち、多くの出会いと別れを経験したのに、それでも亡くなった恋人への歪んだ執着心が正される事無く残り続けている事こそ。
センが魔法なんかで自分の気持ちを歪めていない最大の証拠じゃないのか、と研一は捲し立てていく。
(しまった! 言い過ぎたか?)
言いたい事を言い切って、すっきりしたからだろう。
急に冷静になってきた研一は、先程からプルケルから何の反応も返ってきていない事に気付き、慌ててフォローの言葉でも入れようとするが――
「ほわぁー……」
(え、何? その表情……)
何故かプルケルは、恍惚としか言えない表情をしていた。
魔力を抑えられていない研一に睨まれれば、殺気立った軍隊に囲まれる以上の圧力を受ける事になり、弱い者ならそれだけで気絶する事さえ珍しくないというのに。
訳の解からない反応に戸惑うしかない。
「はっ! 過剰摂取で死ぬかと思いました……」
「過剰摂取?」
「いえ、失礼。何でもありません。お気になさらず……」
慌ててプルケルは平静を取り繕っていく。
単にセンが魔法を使っていても無意識の事だから、悪く思わないでほしいと言いたかっただけなのに。
(魔法なんかで俺達の関係は作られてねえ! 何も知らない外野がとやかく言うなという事ですね! 実に素晴らしい! これこそ我々サキュバスが求める番いの姿!)
こんなにも熱くセンとの関係性を語られては、魂が震えるというもの。
一番に思ってないとか、もはやどうでもいいくらいに堪らなかった。
「確かに二人の事を何も知らない私が、とやかく言うような事ではありませんでした。知ったような口を聞いてしまい、大変申し訳ありません」
余計な事をしてしまったという謝罪と同時に。
気持ち悪い笑顔が浮かんでいる事を隠すために、プルケルは丁寧に頭を下げる。
「あ、ああ。いや、解かってくれたらいいんだ……」
「いえ、ここでもう一つ謝らせて下さい」
そこでプルケルは頭を下げたまま、更に言葉を紡いでいく。
あんな素敵な話を聞かせてくれた研一に、この事を隠すのは、プルケル自身が耐えられないとばかりに声を絞り出す。
「実は我々が貴方様をお呼びした目的の中には、セン様をこの隠れ里の新たな女王に迎え入れられないか、というモノもあったのです」
「……そうだろうな、とは思ってたよ」
(だから俺も警戒してたんだよ)
最初に隠れ里の事情を聞いた時から、違和感はあったのだ。
女王であり隠れ里を守っていたルクシリアが居なくなり、その子どもであるセンが生きている事が解かった。
そして、会えば凄まじい魔力を持っている事は解かっただろうに。
一言も亡くなった母親に代わって、里を守ってほしいと言ってこない。
これで疑うな、という方が無理な話だ。
「ですが、この案はすぐに全員一致で破棄されました」
「どうして?」
「研一様とセン様の魔力の波長が似通っており、二人が番いである事が一目で解かったからです。そして、成長されたお姿を見て、相当に魔力を注いで頂いているのだと思い、この二人を引き裂いてはいけないと判断しました」
救世主という立場がある以上、研一は隠れ里に留まれない。
愛を何よりも大事にするサキュバス達からすれば、二人を引き裂くなんて選択肢が最初から存在しておらず。
センを女王に迎え入れられない以上、自分達が番いを引き入れ、強くなっていくという道を選ぶしか無かった訳だ。
「そう、なんですね……」
(まだ番い候補の男も居ないのに、念話を封じているのは、本当に男がいつ来ても警戒されないようにする為だったのかな……)
まだ完全に信用出来た訳ではない。
けれど、疑い過ぎていたのかもしれないと、少し研一は思い直し。
これなら食糧の件は無理に自給自足させようとせず、人間の国から援助出来るように働き掛けてもいいのかもしれないと思い始めるのであった。
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