第365話 二人だけの関係
「どうしても忘れられない嫌な過去があって、それを覆せるかもしれないって思うから、俺は頑張ってられる。それを取ってしまったら、多分だけど、俺は生きてもいけないんじゃないかな」
この言葉が何の比喩でもない事を、研一は知っている。
何の奇跡か。
女神に見い出されたお陰で、異世界で救世主なんてやる事になっているが、元々は自棄酒からのアルコール中毒で既に死んでいる身。
(本当、どうしようもない人間だよね……)
もしここで消えない心の傷や痛みを取り除いて貰ったら、きっと自分には何も残らない。
この死が身近にある過酷な世界で、過ごしていく事なんて出来ないだろう。
「…………」
研一の言葉にプルケルは何も答えない。
ただそれは何の感想も出てこなかった訳でもなく、むしろ逆。
あまりにも怒りの感情などが大きくて口を開く事も出来ず、睨み付けるしか出来なくなっているようだった。
「えっと……」
(そんなに怒らせる事を言ったかな?)
一応、救世主と言えば、魔族達からすればラスボスのような存在であり、堂々としていろという話なのかと思う研一であったが――
正解は全然違った。
「まるで過去にしか大事なモノなんてないように仰りますね。これではセン様が、あまりにも不憫では、ございませんか?」
「それは、その――」
どうやらセンの母であるルクシリアを尊敬しているプルケルとしては、その忘れ形見であるセンをないがしろにしているような発言に聞こえて、許し難かったらしい。
慌てて否定しようとする研一であったが――
「全く。セン様の番いとしての自覚が足りませんよ」
「はっ?」
次にプルケルから放たれた言葉に、思わず間抜けな声が飛び出してしまう。
セン様の番い、とはどういう事だろうか、と。
「確かに異世界という遠い地と呼ぶにはあまりにも掛け離れた場所から来た以上、我々には与り知らぬ苦労はあるでしょう。救世主としての立場や役割もあるでしょうし、セン様一人だけに全身全霊を注げないのは仕方ないとは思います」
突然の言葉に驚いて、思考が追い付いてない研一に気付いた様子もなく。
プルケルは更に言葉を並べ立てていく。
「ですが番いである以上、常に心の一番にセン様を置く事を心掛けて頂きたく思います。お互いが何よりも大事で、誰よりも愛しい相手が番いというモノなのですから」
「待って待って待って!」
番いの心構えを語り終えたとばかりに、満足したように話を終えようとするプルケルに、研一は慌てて待ったの声を掛ける。
このままでは気付かない内に、外堀が一気に埋まってしまう。
いや、それどころか――
(プルケルさんの様子から見て、既に隠れ里内では俺がセンちゃんの番いって事になっているのかもしれない!)
既に外堀は完全に埋まり切っていて、掘り直さなければならない状態にまで、達しているのかもしれない。
それは実にマズかった。
「何です? まさかとは思いますが、セン様の番いだというのに、大事な女性が他に居るだなんて言う気じゃ――」
「そこが誤解なんですって! 俺とセンちゃんは番いとかいうヤツじゃないです!」
「はい?」
必死で訂正する研一であったが、プルケルは何言ってんだ、この人と言わんばかりの間抜けでも見るような目をしていたかと思うと――
手を出しておいて誤魔化すなんて最低だと言わんばかりに、視線がゴミでも見るようなモノに変わっていく。
「待って、本当に待って。確かに俺はセンちゃんのお母さんに番いになって面倒を見てほしいって言われたけど断ったし、男女の関係も、その――」
必死で何もないと告げようとした研一だが、言葉は尻すぼみになって消えていく。
センが魔力を消耗し過ぎた時に、魔力補給として口付けというには、あまりにも濃厚な接吻をした事はあり。
何もないというには憚られるからだ。
「とにかく、俺とセンちゃんはそういう感じの仲じゃないんです!」
だが、否定するところは否定しなければならない。
確かにセンは好意を真っ直ぐ過ぎるくらいに伝えてくれているし、アプローチだって非常に熱烈ではある。
だからこそ、想いに応えてもいない今の状態で、外野に勝手に関係を決められたくなんてない。
自分達の関係を決めるのは、自分達だけだから。
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