第359話 忍び寄る夢魔の囁き
「やってしまった……」
研一から部屋を追い出されたクエストは、肩を落として自分の部屋へと向かっていた。
とぼとぼと歩く姿は、クエストにしては非常に珍しい光景だろう。
というのも移動なんて時間の無駄。
それよりも早く部屋に戻って、実験の続きをしたいというのがクエストだから。
(嫌われるなら別にいいんだ……)
他人なんてどうでもいい、身勝手などうしようもない人間で。
人に好かれる理由なんてないし。
下手に好かれて人付き合いに時間を割く事になるくらいなら、アイツと関わると面倒になると思われて、無視されてる方が楽とさえ思っている。
そうでもなければ、もっと他人に気を遣い、好かれる為に生きようとするだろう。
けれど――
(あんな顔させたくは、なかった……)
決して、意図的に人を傷付けたい訳ではないのだ。
特に自分の疑問に真摯に応じてくれただけの善意の協力者ともなれば、手伝ってくれた分くらいの恩義には報いたい気持ちくらいはある。
(どうすればいい?)
研一も言っていたが、この隠れ里の調査が終われば付き合いは終わりだろうし。
救世主の魔力の研究が途中で終わるのは勿体ないが、研一にあんな顔をさせてまで続けたいとは思わない。
研究出来なくなるなら、許してもらって関係を再構築する必要もないだろう。
けれど――
(どうすれば、彼は笑うんだ?)
あんな表情をさせた償いくらいは、したかった。
金でも積めばいいのだろうか。
それとも気が済むまで自分の身体を好きにしてもいい、なんて言えばいいのか。
(……どっちも違う気がする)
何となくだが、研一はそれじゃあ喜ばない気がして。
それならば秘蔵の薬でも渡せばいいだろうか、なんてクエストが思った時だった。
「お辛そうな顔をしていますね」
気が付けばプルケルが傍に立っていた。
心配そうな表情で顔を覗き込む姿に。
そんなに今の自分は酷い顔をしているのか、とクエストは鏡で自分の表情を確認したい気分にさせられる。
「良ければ話して頂けませんか? お力になれる事もあるかもしれませんので」
「ふむ……」
人付き合いの話を魔族にして何の意味があるのだろうか。
なんて思わなくもないが、一人で考え込んでいるよりはマシだろうと思い、クエストは事情を説明していく。
「実は私の配慮のない言葉で、研一君を酷く傷付けてしまってね――」
と言っても、ドリュアス国の内情や研一の過去に触れるような事は話さない。
別にプルケルが魔族だから、ではない。
その辺の事を勝手に他人に話すと駄目だと、随分と昔にドリュアスの党首だったテレレに怒られた事があり――
テレレが言うんだから、多分駄目なんだろうなあ、という認識があったからだ。
「なるほど」
事情を聞き終えたプルケルは、短く頷いた。
色々と省かれているが、どうも話を聞く限り、悪い事してしまったから謝りたいという話らしい。
「こういう時、君達魔族はどうするんだい?」
「魔族と一括りにされると難しいですが、一般的な魔族の話ですと、死なない程度に戦いますね。勝った方が正しくなります」
「……そうかい。悪いけど何の参考にもならないね」
力こそが何よりも尊ばれる魔族らしい話だ、とクエストは頷いて。
それで済む魔族社会の単純さに僅かに羨ましさを感じつつも、それ以上に、絶対に相容れない考え方だと呆れのようなものを抱く。
けれど――
「私もそう思います。それでは力の小さい者は、どうしようもないですから」
「ほう? そういえば一般的な魔族という言葉を使っていたけど、君達は違うという事かい?」
(そういえば、はぐれ魔族という話だし、一般的な魔族とは生き方や考え方が合わないから、わざわざ分かれて暮らしているんだったね)
プルケルの返答に興味を惹かれる。
心配されるくらいに思い悩んでいても、気になる話があれば、そっちに意識が向いてしまうのは研究者の性というモノだろう。
「興味が、おありで?」
「ああ。とても気になるね」
元々は救世主の魔法の研究。
そして、はぐれ魔族の生態が知りたくて参加しているのだ。
突如として訪れた絶好の機会に、クエストは意図せず前のめり気味になって答えていた。
「我々サキュバスは、異性の体液を魔力に変えて成長する事で知られているようですが、他者の夢や心に干渉する事も出来ます」
「ふむふむ、それで?」
「怒りや悲しみ、あるいはその発端となる記憶そのものを魔法で抜き取ってしまうんです。争いが嫌なら、争いの原因から、消してしまうんですよ」
「それは合理的だが――」
何かが違う気がする。
力こそ全てという解決方法には相容れないモノを感じたが、全てをなかった事にするというのも、どうにも歯に何か引っ掛かるような感じがして。
クエストは返答に詰まる。
「人間の食材を提供して下さったり、明日には料理も教えて下さるという事。クエスト様の協力には我々も感謝しております。お礼というには足りないかもしれませんが、貴女様の苦しみを和らげる手助けをさせて頂けませんか?」
「それは――」
プルケルの言葉に、クエストは――
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