第358話 どこまで行っても変えられない自分
「だから研一さん。私の前では素直になってくれていいんですよ。何を言っても嫌いになんてなりませんし、何をしたって受け入れますから」
今は念話を封じられていて、心の全てを直接伝える事が出来ない。
だからこそセンは、身体と言葉を余す事無く使って、研一に想いを伝えるのだ。
自分の全ては研一の物であり、研一さえ居てくれるのなら――
むしろ誰にも見せられないような情けない姿さえ、愛しくて堪らないのだ、と。
「俺さ、結構頑張ってるよな……」
もう駄目だった。
過去にセンがどれだけ自分の事を愛してくれているのかを思い知らされている上に、弱っていた研一に、もはや抗う術はなく。
張り詰めていた何かが切れてしまったように、研一の口からポツリと声が漏れ出す。
「そりゃあ確かに救えなかった人は居るよ。俺がもっと要領よく立ち回れていれば、もっともっと多くの人を助けられていたとは思う。それは俺だって否定しないさ」
完璧だとか百点満点の結果じゃない。
そんな事は研一だって解ってるし、もっともっとやれる事があっただろうと言われれば、その通りだと言うしかないだろう。
けれど――
「少しでも失敗したら全部駄目なのかよ。完璧じゃなかったら何の意味もないってのかよ……」
じゃあ七十点や八十点は、どこにも褒められる部分なんてないのか。
失敗した部分だけ責められて、成功した部分は当然扱いで評価される事さえないのか。
「そりゃあマニュアルちゃんの事は、俺だって助けられるなら助けたかった! けど、あれ以上どうしてたら良かったんだよ!」
マニュアルちゃんというかつての仲間が死ぬ原因を作った男は、確かにどうしようもないクズだった。
生きていても碌な事をしないだろう事だって予想出来た。
けれど――
まだ出会った時はギリギリの所で決定的な罪を犯してなかったし、その後で自分の生まれた国を魔族に売り飛ばそうとするというトンデモナイ事をやらかしたが――
「腹に大穴開けられて、湖の底に沈んでいったんだぞ! 水の中に潜って、止めでも刺しに行けってのかよ!」
直後、魔族に腹を貫かれて湖に投げ捨てられた。
それで生きていて逆恨みして、仲間を襲う事も予想出来ない方が悪いのか、と研一は声を荒げる。
「助けたかったよ……。俺だって助けたかった……」
かつて守れなかった仲間である、マニュアルちゃんの件だけじゃない。
別に世界中の全てを助けたいと思うような底抜けの善人ではないし、嫌いな相手が死のうがどうでもいいが――
それでも知っている人間が死ぬのは悲しくて。
自分の心が傷付かない為に、必死で見える範囲だけでも、手が届く範囲だけでも守ろうとしてきた。
「駄目なのは解ってる。それでも放っておいてくれるくらい、いいじゃないか……」
認めてほしい訳じゃない事は、研一だって解っているのだ。
救世主として凄い力を持っているのに、たくさんの人を守れなかった自分を、それでもいいなんて言われたって、きっと研一自身が納得出来ない。
ただ、何も知らない奴が訳知り顔で、お前に力がないなんて言ってほしくなかった。
思慮も視野も足りてない事くらい、解っているのだから。
だが――
(駄目、かなあ?)
センには研一の言う事が、微塵も納得出来ない。
何でもかんでも全部救おうなんてのが最初から無茶な事だし、そもそも研一には誰かを救わなきゃいけない理由も何もない筈なのに。
(魔族を倒して恋人を救う事だけ考えてればいいのに、本当に優しい人だよね……)
それでも当たり前のように、誰かに手を伸ばして助けようとする時点で、十分誇ればいいとしか思えないし。
そのせいで傷付いているなんて、無駄に背負い込み。
それで優しさも責任感もないだとか、理想が高過ぎるにも程がある。
(私だけにその優しさを向けてくれたら、余計な事で傷付かなくて済むのになんて思っちゃう私の方が、遥かに悪い子だよね……)
そんな研一に比べて。
大変なんだし、もう私にだけ優しさ向けてくれてたらいいんじゃないかな。
なんて独占欲丸出しの考えが当たり前のように出てきてしまう、自分の醜悪さを浮き彫りにさせられて、心の中だけでセンは乾いた笑いを浮かべる。
けれど――
「ごめん、こんな情けない事聞かせて……」
「いいんです、研一さん。偶にはこうやって休んで下さい。私の胸だったら、いつだって貸しますし、それ以上だって研一さんが望んでくれるなら、喜んで差し出しますから」
「……というか離れて。よく考えたら、おかしいよ、この状況」
「だーめーでーす。普段の研一さんなら最初に無理やりでも引き剥がすのに、今まで気付かないくらい弱ってるんですから。もう少し甘えていて下さい」
研一が傷付いても苦しんでも、誰かに手を差し伸べる事を止められないように。
どこまで行っても、研一が好きで好きでどうしようもないのが自分だと割り切って。
いつもより弱々しい抵抗しかしてこない研一の姿に愛しさを覚えながら、センは暫く研一を胸に押し当てるように抱き締め続けるのであった。
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