第357話 世界の全てが貴方を駄目人間と言っても
「……研一さん」
人形めいた表情で扉を見詰めて動かない研一に、センが声を掛ける。
センは気付いていた。
研一がクエストを部屋から追い出した理由は、もうクエストの顔を見たくないと思った訳でも、話したくもなくなった訳じゃない。
(顔を見て話していたら、何を言ってしまうか解からないから……)
怒りを抑え切れなくなっている自分に気付いて。
これ以上、クエストに酷い言葉を言ってしまう前に、自分から引き離そうとしたのだ。
「……ごめん。嫌な所見せちゃって」
心配そうなセンの顔を見て居られず、研一は慌てて視線を下げた。
センにそんな顔をさせてしまった自分が情けなくて、顔を上げて居られなくて。
「アハハ。解ってるんだ。別にクエストさんに悪気なかったって事はさ。話の流れで俺が隠し事している事に気付いて、それを聞きたかっただけなんだよな」
本当に頭では解っているのだ。
マニュアルちゃんの事をクエストが知っていた訳がないし、守れなかった事を責める意図なんて、全くなかった事くらい。
「本当、クエストさんの言うとおりだよね。誰かにお膳立てして貰わなきゃ、マトモに動けない情けない男で――」
そして、クエストの言葉だって本当は何も間違ってないと認めていた。
テレレみたいに先を見通すような視野もない。
他の党首の人達みたいな責任感だってなければ、目的の為だけに全てを切り捨てる強さだって持っちゃいない。
誇れるモノなんて、女神さまから貰ったスキルくらい。
それさえ省けば、何の価値もない平凡以下の人間でしかないのだ、と。
「よいしょっと」
溢れていく言葉を止めたのは、センの短い掛け声だった。
場違いにしか思えない程に落ち着いた声に、思わず顔を上げた研一は、あまりの光景に驚きの声を上げる事しか出来ない。
「せ、センちゃん!」
センが上着を脱いで、上半身裸になっていた。
突然の奇行にどうすればいいか解からない研一を置き去りに、センはあまりに自然な動きで研一に近付いたかと思うと――
そのまま胸に押し付けるようにして、研一を抱き締めた。
「何やっ――」
「人肌って落ち着くらしいですよ」
まあ私は人と魔族の混血なんですけど。
なんて言いながら、センは更に強く研一を抱き締めて告げる。
「センちゃ――」
「嫌な事されたら素直に怒っていいんですよ、研一さん」
引き離そうとした研一を押さえ付けるでもなく、ただ優しく頭を撫でてセンは言う。
悪いのは傷付けたクエストで。
傷付けられた研一が、無理して傷付いてない振りをしなくてもいいのだ、と。
「私の前だからって誤魔化して大丈夫な振りなんて、全然しなくていいんです。嫌なら素直に怒って、苦しかったら力いっぱい泣いて下さい。その方がスッキリしますから」
あやすように優しく研一の頭を撫でながら。
センは穏やかに子どもに言い聞かせるように、言葉を紡いでいく。
「つまらない人なんかじゃないですよ、研一さんは。そんなつまらない人に、私はこんな事しませんし、こんなに夢中になったりしませんもん」
「けど――」
「会って数日しか経ってない人の言葉の方が、私の言葉よりも重いですか?」
反射的に否定しようとする研一の声を、反論し難い言葉で抑え込み。
センは本心をぶつける。
「逆ですよ、研一さん。そんな凄い力を与えられて、その力に振り回されずに自分を保ち続けている事の方が、遥かに凄いんです」
研一と出会った頃より、色んな意味で格段に強くなったセンだから解かるのだ。
圧倒的な力を手に入れたら、思うがままに使いたくなるのが当たり前。
(私だってそうだった。ちゃんと女の子として見てもらえる身体になって、キスしたら研一さんが気持ちよさそうにしてくれるって解ったら、手に入れた力で研一さんの事を手に入れようとした……)
この大人の身体さえあれば、研一を手に入れられる。
研一本人の気持ちなんか、何もかも無視して、どんな形であれ手に入れられるならそれでいいなんて、何度も暴走としか言えないような誘惑だってした。
――今だって、慰めない気持ちに嘘はないけれど。
弱った研一に付け込んで、少しでも好きになってほしいと願ってる。
「それに本当に駄目な人は、こんなに傷付いているのに、傷付けた相手の事や私の事なんて気遣ったりしませんよ」
触れられたくない傷を無遠慮に触られて、本当なら暴れたかったくらいだろうに。
物に当たるでも悪態を吐くでもなく。
まず最初にこれ以上クエストを傷付けないように部屋から逃がし、そしてセンに気付くなり、笑って少しでも場を和ませようとした。
「それで平凡とか言われたら、世の中の普通の人は、乱暴者しか居なくなっちゃいます」
こんなのを普通の基準にされてしまったら。
それこそ、息苦しくて死んじゃうとばかりに、センは、おかしそうに笑う。
「それでも研一さんがつまらなくて魅力がない人だって世界が言うなら、その方が私は嬉しいですよ」
「どうして?」
「だって私以外、研一さんの事を好きじゃないって事じゃないですか。それって凄く嬉しくないですか?」
世界の全てが研一なんて、何の魅力もない男と言うのなら。
むしろ研一は自分だけの物。
独り占め出来て大助かりですよ、なんて本心からセンは口にする。
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