第356話 無遠慮に触れては、いけない傷
「大体、君の話はどこかおかしい!」
クエストが素直に研一の言葉を認められない理由は、他にもあった。
研一はプルケル達のせいで自分達が死に掛けたり、サラマンドラ国に迷惑が掛かったと知った時、激昂こそしていたが――
それでも怒りを抑えて、冷静に話を聞こうとしていた。
「私の見立てでは、君は仁義やら良心なんかで人を殺せる人種じゃない。そんな君が自分の手を汚してでも、あの婚約者なんて名ばかりのゴミを殺してでも、テレレの事を守ろうとしただって? 絶対そんな理由じゃない筈だ!」
良くも悪くも根っこの部分は善人。
相手が一線を超えてくれた事を確信して、ようやく相手を殺せる。
それがクエストから見た研一だ。
「何か隠してるんだろ? テレレに惚れでもしたのかい? それともテレレに頼まれでもしたかい? その力を使って、淀んで止まっている国を助けてほしい、とかさ」
力を持っているだけの普通の人間が、テレレを守れる筈がない。
国の掟や風習を打ち砕いて、孤立した世界から救うなんて出来る訳がない。
それならば、お膳立ては全てテレレがした筈。
研一が意図的に話さなかった部分に、テレレの深遠なる策略が隠されている筈だとクエストは叫ぶ。
だが――
「……ああ。クエストさんの言うとおりだよ。俺はそんな立派な人間じゃない。誰も守れてなんかない」
そもそも研一は、テレレを守ったつもりも救ったつもりもない。
大事だった仲間を殺されて、怒り任せにゴミのようなテレレの婚約者を蹴り飛ばし。
テレレの事を、放っておいても国を守ってくれる装置か何かと勘違いしているとしか思えなかった民衆達を、ボコボコにしただけだ。
――実際、クエストにした説明だって、テレレを守ったなんて言葉は一切使っておらず。
紆余曲折の果てに婚約者を殺し。
最終的にテレレはドリュアスの国の連中と、仲良くなれるようになったという感じの内容で、自分の手柄を誇る事さえしていないのだから。
「お察しの通り。あの自称婚約者のクズに殺されたよ。大切だった仲間をさ」
だって誇れる訳がない。
自分の事を慕い、命を燃やし尽くしてまで忠義を尽くしてくれた者さえ守れなかった思い出なんて。
後悔だらけで、誇れる部分なんて一つだってないのだから。
「仲間を殺された復讐で人を殺して、頑張っているテレレさんを助けようともしない連中にムカついて、暴れ回った気の短い男。俺なんて、その程度の人間だよ」
無遠慮に心の傷を抉られて、研一が静かにクエストを睨む。
ドロドロした重く冷たい怒りと拭いきれない絶望で作られた悲しみの入り混じった、倒さなければならない敵でも見るような瞳がクエストを射貫く。
「あ、違っ。そんなつもりじゃ――」
自分を殺そうとしたプルケルにさえ、事情があるなら仕方ないと怒りを抑え込んでいた研一が、本気で絶対に受け入れられないとばかりに拒絶の意志を示した。
そこまでされてようやく、クエストは冷静になれたが――
「いいよ。クエストさんは何も間違ってない。救世主なんて凄い力を与えられても、誰も守れやしない、つまらない男。その通りだよ」
既に遅かった。
傍若無人な振舞いをしても、いきなり局部を握っても、どこかで一緒に旅をしている仲間を見る優しさがあった研一の目に、温かさが消えていた。
「ご、ごめんよ。君の言葉を信じてないという話じゃなくて――」
「今更いいよ、別に。どうせ、この調査限りの仲だ。信じてもらいたいとも思わない」
お前とは用事さえなければ、会話もしたくない。
視界に入れる事さえ鬱陶しい、と言わんばかりの態度に、クエストは自分が取り返しも付かない事を言ってしまった事に、ようやく気付いた。
(こんな研一さん、見た事ない……)
激怒なんて言葉では足りない研一の姿に、部屋の隅で話を聞いていたセンも動けない。
下手に口を挟んで、クエストを見ているのと同じ興味のない視線で見られたら、きっと耐えられない。
想像するだけで本気で死にたくなり、今の研一に認識されたくなかったからだ。
「これで俺に聞きたい事は全部、聞き終わりましたか?」
「えっと、その、だね……」
他に何かあるのなら、今の内に聞いとけ。
そんな言葉が込められてそうな、別れを告げる言葉にしか聞こえない声に、クエストは返答に詰まる。
「ないみたいなんて、部屋から出て行ってもらっていいですか? もう今日は疲れたんで、眠りたいので」
「……ああ。その、悪かった。話せと言ったのは私だったのに。本当に君の言葉を信じていないという訳じゃなくて――」
実際、クエストも研一の話を信じてなかった訳じゃない。
ただ神秘的でさえあったテレレを助けたのが、悪党演技もしてなくて力を使ってない時は、平凡などこにでも居るような男にしか見えない研一だと、認めるのが嫌だっただけ。
けれど――
「はい。解かってます。それじゃあ、お休みなさい」
研一が怒った理由は、信じるとか信じないの話ではない。
決して触れられたくない部分を、引きずり出そうとしてしまった遠慮のなさである事に最後までクエストは気付かず。
「待ってくれ! 本当に君を傷付けたかった訳じゃなく――」
「解ってるので、今日は寝ましょう」
研一は話すだけ無駄だろうとばかりに、叫び続けているクエストを部屋の外へと押し出す。
バタリ、と無機質な音を立てて扉が閉じられた。
それでも暫くは扉の外でクエストが何かを言い続けていたが、決して研一は扉を開こうとはしなかった。
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