第355話 本当に認めたくないのは――
「どうしてドリュアスの話を?」
研一としては、ドリュアスでの事は、あまり話したくはない。
まずドリュアスの体面的に色々とマズイ。
最終的にはテレレに任せきりだった民衆も、思い直して戦う決意をしてくれたとはいえ、どちらかと言えば、他国に言い触らすには、酷い状態ではあったし。
大切だった仲間を守れなかった、苦い記憶もある。
ただの興味本位の質問なら、何を言われても答えるつもりはなかったが――
「ああ。君はセン君から何も聞いていなかったか。これで私はドリュアス生まれでね。私を追放したのが、テレレだからだよ」
自分が元居た国が、今どうなっているのか知りたい。
そんなに突飛な話でもないだろう、と言われてしまうと断るのは難しい。
「解かった。ただ、ここでは話せない。後で部屋で話そうか」
だが、ずっとサキュバス達だけで過ごしてきて、外の世界の話に飢えているのだろう。
興味津々な目で見ているプルケル達の前では、どうしても話す事は躊躇われて、センと共に過ごしている部屋へと誘う。
「では、さっさと食事を済ませてしまおうじゃないか!」
研一のドリュアスでの思い出話が、相当に待ち遠しいのだろう。
実験体への餌やりは得意だという話は、どこへ行ってしまったのやら。
クエストは無理やり詰め込んでいるとしか言えない勢いで、研一の口に食事を押し込んでいくのであった。
〇 〇
「――と、大体こういう感じだったと思う。質問とかがあれば、聞くけど……」
食事を終えた研一は、約束通り。
クエストにドリュアスでの出来事を、大まかに伝えていた。
(……マニュアルちゃんの事は、いいよな)
大まかにというのは、クエストの興味がテレレとドリュアス国の事にあると思ったからだ。
その為、ある一部の情報だけは伏せて伝えていく。
テレレに悪ぶっているのは演技だと一目で見破れてしまい、全面協力してもらった事。
好き勝手していたテレレの婚約者を、最終的に殺した事。
そして、テレレがドリュアス国の絶対的支配者でなく。
弱さもある一人の人間であると民衆達に認識させ、お互いに支え合えるようになれた事を、懇切丁寧に伝えたのだが――
「…………」
クエスト的には、非常に気に入らない部分でもあったのだろう。
途中までは機嫌良さそうに相槌を打ちながら聞いていたというのに、話し終える頃には軽く頷くどころか、完全に仏頂面になっており。
苛立ちを隠せない様子で、指を所在無げに動かしている。
「ええっと。聞きたい事とか質問があれば、答えられる範囲でなら聞くけど……」
「……ない」
どこに怒っているのか解からず。
とりあえず刺激しないように、おずおずと訊ねた研一の声に返ってきたのは、短くて聞き取れない唸り声のような音だった。
「えっと、すみません。よく聞こえ――」
「信じないって言ったんだ! そんな弱々しい、普通の人間みたいなテレレなんて!」
次は聞き洩らさないようにしよう、なんて研一が耳を澄ました瞬間。
部屋すら揺らしそうな勢いで、クエストの怒号が炸裂する。
「あの女はね! 誰の助けも借りなくていいくらい何でも見通している、強さとかじゃどうにもならない凄い奴なんだ!」
どうしても研一の言葉を認めたくなかったのだ。
研一の語る民衆に支えられるようになったという、テレレの姿も。
そうなる前に、しがらみや風習を捨て、研一と旅に出ようとしていたという話も全て。
「それが何だ! 物語に出てくるような、助けを待っていたお姫様みたいな、か弱い存在みたいに!」
だって、そんなテレレなんて知らない。
戦闘力なら自分の方が明らかに上の筈なのに、どれだけ挑んだって、簡単にあしらってくるような絶対的な存在で。
「そんなのはテレレじゃない! 私が勝てないと思った女は。私が一生敵わなくてもいいって思ったあの女は!」
国一つを支え、ゴミのような婚約者を宛がわれったって。
まるで人形みたいに表情を変えず、国の為に全てを受け入れていく。
「アイツはそんな、どこにでも居るような情けない女じゃない!」
だから自分なんかが下手に助けようとするだけ、手間や面倒を取らせてしまうだけ。
けど、あれだけの力と知恵を持った人が。
ドリュアス国なんて、狭い世界で使い潰されていくのを見続けるなんて、傍に居たら絶対に耐えられない。
(きっとそう遠くない未来で、私はテレレを束縛する足枷にしかなってない婚約者も民衆も、全員、殺していた……)
そのクエストの秘めていた激情に気付いていたからこそ、テレレはクエストをドリュアスから追放したのだ。
自分のせいでクエストが大量殺人者になんて、なってほしくない。
外の世界で研究でもして自由に生きていってほしい、という願いを込めて。
そして、クエストもテレレの想いに気付いていた。
だからこそ、それ程に執着したテレレを忘れ、その空いてしまった隙間を埋めるように、研究に没頭して生きてきたのだ。
けれど――
「そうじゃないなら、私は、何で!」
もしテレレが、本当は誰かからの助けを求めていたというのなら。
それこそがテレレの願いだったと言うのなら。
(テレレを苦しめるだけしか脳がない、百害の果てに一の利益すら生み出さないあのゴミ共を、私はさっさと殺さなかった……)
どうして、自分はテレレの隣に居なかった。
あの誰にも助けを求めず、国の為に自分の全てを使い潰すのが当然と思っているような女が、限界を迎える時に傍に居てやらなかった。
そんな自分が、どうしても許せなくて。
その代わりに自分の隣に居た研一を、どうしても認めたくなかった。
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