第353話 凄い人達
「そんな女が手玉に取られて、弄ばれたと耳に入ってきた。気になって当然だろう? どんな男なのかさ」
あのテレレを好き放題する?
どんな凄まじい力を持っているのか。
それとも、テレレさえ太刀打ち出来ない奸計に長けた悪党なのか。
「初めて男とやらに興味を持って、心躍ったよ。もしかしたら、これが私の初恋ってヤツだったのかもしれないね」
ただ力があるだけの男に、テレレが手も足も出ない筈がない。
それとも力だけでも、テレレが逆らえない程の圧倒的な魔法の使い手なのか。
全てを見通しているようなあのテレレの裏を掻く、悪魔的な策略家だったりするのだろうか。
(全部、本音だ……)
クエストの言葉に、センは驚きを隠せなかった。
テレレの仇討ちをしたいだとか、そういう気持ちは、クエストの中に一切ない。
ただ純粋に自分が敵わなかった相手を、手玉に取った男とは、どういう人間なのか、知りたいという好奇心しかなかった。
「テレレさんの事、尊敬してたんですよね。復讐しようとか、思わなかったんですか?」
だからこそ、センは訊ねずには居られない。
研一が女狂いの変態男だと思っていた時から、クエストには研一に対する敵意や嫌悪というモノが一切ない。
自分が同じような立場。
研一が変な女に好き放題弄ばれたと想像したら、それだけで怒りで目の前が真っ赤になるくらいなのに。
どうしてクエストは、平然としていられるのか、全く理解出来ないから。
「それは研一君とテレレの問題だろう。無関係の私が、どうこうする事じゃあない」
立場やら何やらに囚われて、動かなかったのなら、それだけの力と知恵を持ち合わせているのに何をやっているんだ、とクエストは憤りを覚えていただろう。
だが、しがらみも何もない外からやってきた無法者。
一個人に何かをされたというのなら、それはテレレが敗れたという話。
二人の問題であって、自分が何かするのは、お門違いだというのがクエストの考えのようだ。
「まあ、どうやら私の期待外れだったらしい」
「……期待、外れ?」
「蓋を開けてみれば、どんな理由があって悪ぶっているのかは知らないし、無理やり詮索する気もないが、ただの優しくて真面目な、凄い力を持っているだけの普通の男みたいだからね。もう研一君個人への興味とやらは、完全に消えたから安心してくれたまえ」
ただ、それ等は全てクエストの勘違い。
自分が恋焦がれた、テレレを凌駕する男なんて、どこにも居なかったのだと解ってしまった。
「大方、噂は全部テレレが流したものなのだろう。悪ぶっているのも、何か神様の加護か魔法に関係する理由かな……」
救世主の持つ魔法に関しては、今でも色々気になるが。
もはや研一個人への興味は、クエストの中には一切なくなっていた。
研一もテレレの言いなりになっているだけの、そこ等に居る普通の男でしかないだろうと考え、興味を完全に失っていたのだが――
「ふっ……」
全ての事実を知っているセンは、鼻で笑ってしまった。
研一を完全に見縊っているクエストの態度があまりにも、おかしくて。
どうしても堪え切れなかったのだ。
「何だい、その勝ち誇ったような顔は? まるで私の推測が間違っているみたいに……」
「いえいえ。なーんでもありませんよ。ドリュアスでの事は、大体クエストさんの予想通りの流れではありましたから」
確かにテレレは凄い人だった。
初見で研一が悪ぶっているだけの善人だとあっさり看破し、研一の力が増すように計画を即座に立案し、色々と協力してくれたのは事実。
概ね、クエストが想像していたような展開だったのは否定しない。
けれど――
(そんな凄いテレレさんをしがらみや風習から解き放って、本気で惚れられてるなんて、想像出来ないでしょ?)
あまりに凄過ぎて隙がなく。
ずっと傍に居た民衆達が頼り切りになって、遠巻きに見ているしかなかったテレレを、民衆達に一人の人間だと認識させ。
民衆達とお互いを守り合い、協力し合える立場に変えたのが研一なのだ。
(絶対に教えてなんかあげないけど!)
本当は声高らかに、研一だって負けてないくらい凄い人なのだと叫びたい。
研一の素晴らしさを語り聞かせたい。
けれど、わざわざ伝える必要なんてない。
(だってクエストさんは、研一さんの事なんか関係なくても、魔族の生態や研一さんの魔法に興味津々だもの)
下手に研一の偉業を伝えて興味を持たれると、面倒な事になり兼ねない。
幸い、ここにはクエストの研究対象はいくらでもあるのだ。
放っておいても作業は真剣にしてくれるのだし、余計な事は言わない事にした。
「ほら、それより調査に集中しましょう。あっちの方に何か新しい魔獣の気配がありますよ!」
(深い霧の奥には、ドラゴンが居るって言うしね……)
余計な事をして恋敵にでもなられたら、目も当てられない。
研一の良さは、自分だけが知っていればいいとばかりに、センは誤魔化して、調査に意識を向けようとする。
「むむむ……」
(何だ? 私は何を見逃している?)
だが、それで誤魔化せる程、クエストは単純ではない。
ついさっきまで、あんなにも疑いの目を向けていた筈のセンが、急に上機嫌になったのだ。
しかも、センの想い人である研一を馬鹿にするような事を言ってしまったのに、だ。
「集中してないと危ないですよ? 結構大型の魔獣っぽいですし……」
「……ああ、そうだね。まずはそちらを片付けるとしようか」
気になる事はあるものの、確かにセンの言うとおり。
野外での活動は、一瞬の油断が命取りになる事も決して珍しくない。
クエストは再び湧き始めた研一への興味を必死で抑えつつ、大型魔獣との戦いに備えるのであった。
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