第350話 所変われば常識変わり、世界変われば法則変わる
「ここで人間が暮らしていくのは無理だね……」
隠れ里で過ごし始めた研一は、諦めて降参宣言するしかなかった。
現状では、どうしようもないなんて、はっきりと解かってしまったからだ、
「な、何故です! 魅了の魔法は外套効果で抑えています! 多くの者は心を読まれるのを好まないと聞いて、里内には念話封じの結界だって張ってあるんですよ!」
研一の言葉にプルケルは声を張り上げずには、居られない。
プルケル達だって、誰かに頼り切りになる気はなく、いつでも男を迎え入れられるように、準備を整えていたのだ。
それなのに、こうもバッサリ一蹴されてしまうと、いくら自分から助力を仰いだ救世主様相手だろうと、声を荒げずに居られないのも無理ないだろう。
「努力は認めるんだけど、それ以前の問題かな……」
言葉通り、研一だってプルケル達の努力は認めているのだ。
無意識に魅了魔法を使ってしまう上に、それがなくても魅力的なサキュバス達と一緒に男が暮らしていくのは難しいだろうに。
随分と抑える手立てを用意し、頑張ってくれているだろう。
だが――
「ここ、食糧どころかマトモに飲み水の確保も出来てないのに、どうやって人間が暮らしていけって言うのさ」
隠れ里のある場所は、砂漠地帯のサラマンドラの一角。
そして、いわゆるオアシスと言われるような場所でもなく、本当にただ砂だらけの場所に、どこかから持ち寄ってきた建材で、家等を建てているだけなのだ。
湖もなければ井戸もない。
食糧だって、鳥やサソリみたいな魔獣とかが通り掛かってくれて、ようやく少し確保出来る程度であり、何も常備されていないのだ。
「ええっと。水と食料がないと、人間の男はどうなってしまうのでしょう?」
「死にます」
「またまた、救世主様も冗談が上手い。これだけ魔力が豊富に満ちた場所で死ぬなんて――」
「…………」
この理由こそが、プルケル達――
というよりも魔族全体が、基本的には魔力があれば生きていける存在だからであり。
普通の食事なんて、娯楽や趣味程度にしか思っていないからだ。
「え、本当に死ぬんですか? 食べないだけで?」
「はい。本当に死にます」
だが、これをプルケル達の常識知らずと言う事は出来ない。
人間側が魔族は全て人食いの化け物集団だと思っているように、魔族側にも人間の常識なんて全くないのだ。
「だって魔力上昇も考えない、意味のない食事ですよ! ただの趣味、それも極少数派の変わり物だけが楽しむ、ドマイナーな娯楽でしかないじゃないですか!」
だからプルケル達からすれば、研一の言葉なんて。
本を読んだり音楽を聴くのを禁止させられたら死ぬんですよ、なんて言われた事と同じようにしか聞こえていなかったのだが――
「揶揄っているという訳では、ないのですよね?」
「ああ。誠に残念な話だけど……」
どうやら研一の真剣な表情に、信じざるを得なかったらしい。
酷く困ったようにプルケルは顔を歪めた。
「み、水と食料はどうやったら安定して手に入りますか!?」
「んー。俺は戦闘要員でその辺の話は、ちょっとなあ」
助言を求めるプルケルの言葉を、研一は曖昧に誤魔化す。
というのも、だ。
(単純に食糧問題を解決するだけだったら、多分、いくらでも手はあるんだろうけれど――)
研一の人脈があれば、この砂漠の一角を緑豊かな地帯に変える事自体は、それ程難しい事ではない。
実際、とある荒地地帯に知り合いを派遣しており、経過は順調という話を聞いており、それに比べれば、サキュバスの里一帯の環境を変える事なんて楽勝だろう。
そうなれば飲み水の確保だけではない。
畑を作る事も家畜を飼う事だって、将来的には決して難しい話ではないのだが――
(別の意味で問題だらけなんだよな……)
例えば勝手にこの場所を砂漠とは思えないくらいに緑豊かな場所にして、サラマンドラ国は困ったりしないのか。
前の荒地の開拓に関しては、既に生態系が狂っており、国の領主も了解した上での出来事だったが、今回は別。
二十名足らずの魔族の為に、周囲の環境に大きな変化を与えていいのか。
まだ研一の覚悟が決まっていない。
(正直、問題がこれだけかも、まだ解ってないってのが一番の問題だ……)
そして、人間は食事をしなければ生きていけない。
こんな根本的な事さえ解ってない状態じゃあ、今後、人間と共に生きていくとなった時に、どんな問題が起きるか解かったもんじゃない。
(しかも、まだプルケルさん達が信用出来る相手かも解ってないし……)
おまけにプルケルも少し触れていたが、この里内では念話で互いの心を読む事が封じられているらしく――
プルケル達が、自分を騙そうとしているかどうかの判断すら出来てない。
――センの念話も封じられており。
里に入ってから、一度も念話を使ってないのは、その為だ。
(信用出来るかどうか判断して、その後は人間と暮らしていけるくらい常識の擦り合わせをしていって――)
おまけに悪意がないと解っても、それで終わりではない。
ある国での常識が、別の国では犯罪でしかないなんてのは、割とよくある事。
本心からプルケル達が番いの人間と共に仲良く過ごしたいと思っていたとしても、悪意なくトンデモナイ事をしてしまう可能性は十分ある。
「きゅ、救世主様! その、番いでない相手に身体を許す事は出来ませんが、それ以外なら何だって致します! ですから、どうか水と食料の件に尽力して頂きたく――」
「まあ、追々何とかしていきますので――」
番いを迎え入れる準備万端で待っていたつもりだったのに、全然支度が整っていない事に焦って詰め寄ってくるプルケルをなだめつつ。
(一週間くらい実際に暮らせば、ある程度は問題点も見えてくるかな?)
この水や食料もマトモに獲れない場所で。
プルケル達と暮らしていく覚悟を、固めるのであった。
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