第348話 サキュバスの真実
「なん、だって?」
研一は戸惑いと共に、プルケルに視線を向ける。
その目に怒りの灯火は、まだ宿っていない。
けれど、それは戸惑いでまだ火が付いてないというだけであり、返答次第ではすぐにでも業火になって燃え上がるだろう。
「心優しい救世主様が人間の国に現れた。その方は、ルクシリア様の娘を人間達の手から守ってくれている。そのように私は魔族軍に伝えたのです」
研一が怒りを堪えているだけだと、解っていてだろうに。
プルケルは一切誤魔化さず、事実だけを伝えていく。
「解ってるのか!」
言い訳をしろ、という事ではないが。
それでも悪びれもせず開き直ったようにしか見えない態度に、さすがの研一も怒りを堪えられなかった。
「お前のせいで多くの兵士が死んだ! 俺もサーラもベッカも、生き残れたのが奇跡だったんだぞ!」
激情のままにプルケルの胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げる。
悪党であると思い込まれている相手でなく、自分を優しいと思っている相手に研一がここまで暴力的な手段を取るのは珍しいだろう。
「サーラはなあ、あの後は国民の反対を押し切って牢で囚われていた生き残りの魔人の落とし子達に奴隷じゃなく居場所を与えて、今まで奴隷扱いされていた魔人達の待遇を良くしようと頑張ってる! ベッカだって全面協力してる! 国民達に反対されて、何の得にもならないって全部承知の上でだ!」
きっと自分が危険に晒されただけなら、耐えられた。
それでも兵士達を死に追いやり、サーラ達の優しさを踏み躙られてまで、我慢出来るような性格を研一は、していない。
「……申し開き、する事もあり、ません。全て、わた、しが悪いのです」
「そんな言葉が聞きたいんじゃない! どうして! 何でそんな事をした!」
研一はそこで何とか怒りを抑えて、プルケルを床へと下ろす。
締め上げたままではマトモに話を聞く事も出来ない、と気付いたからだ。
そして――
「あの国を完全に滅ぼす機会が、来たと思ったからです」
プルケルが憎悪を隠しもせず。
息苦しさに咳き込見そうになる喉を抑えながら、口を開く。
「だから何で――」
「逆に聞かせて下さい、救世主様。どうしたら許せるんですか?」
「……解かった。全部聞かせてくれ」
プルケルの悲しみを堪えるような声。
憎悪だけでない複雑な感情が入り混じった瞳に、研一は何とか怒りを抑えて、続きを促した。
「あの国が我等サキュバスを奴隷として襲い始めて、もうどれくらい経つのか私には解かりません。少なくとも百年は経っているでしょう」
(そんなに、か……)
「捕らえられたサキュバスの数は、どのくらいになるか解かりません。魔族軍に救助の要望を出しても、魔族は力に重きを置いており、特に軍の者ともなれば、その傾向は強く、遠くから念話で呼び掛けてくる私達の要望になんて応えてくれません。願いがあるなら、自らの足で魔族軍の居る地に直接来いと言うばかり……」
だが、だからと言ってこのまま手をこまねいていれば、このまま数を減らして、サキュバスは絶滅してしまう。
それならばと一縷の望みに賭け、魔族の血を目指して旅立った者が人間に捕まっていく。
その繰り返し。
「久しぶりに我等に子どもが産まれた上に、女王であったルクシリア様の子。これで我等の未未来も少しは明るくなるのかと思えば、あんな目に遭わされて……」
もう限界だった、とプルケルは語る。
それで救世主が現れたという話を聞いた時に、好機だと思った。
この情報を魔族軍に伝えれば、正規軍が来てくれる。
それならば人間の国の中でも、指折りの軍事力を持つサラマンドラ国でも、一網打尽にしてくれるだろう、と。
「きっと優しい救世主様とやらは、セン様と共に別の国に移ってくれた筈。万が一、セン様を国に残していたとしても、救世主が現れたという魔族にとって最重要な情報をもたらした褒賞として、セン様の身柄だけは最優先で守って頂けると、魔族軍の方は言って下さいました」
知っているだけでも百年も続く、自分達を襲い続けてきた怨敵。
それを滅ぼせるのなら――
「気付いては、いました。もしかしたら、まだ救世主様は国に残っているのかもしれない。ルクシリア様の言葉にも反している。それでも、我慢出来なかったのです……」
多少の犠牲にも、目を瞑る。
きっとセンが巻き込まれて死んでしまう可能性だって、解っていた筈だ。
「どうして何もしてないのに、我々がこんな目に遭わなければならないのです。それでも我慢し続けろ、と貴方様は言うのですか?」
「何もって。魔族は人間を食うんだろう? だったら人間の国の傍じゃなくて――」
サーラ達や奴隷商人達と関係ない国の人間達を巻き込むのは違う、なんて口で言うのは簡単だろう。
だが、それを国の事情も知らない外の魔族に言ったって、見分けなんて付く訳もない。
それならばそもそも人間とは相容れない生態なのだから、こんな場所からさっさと離れてしまえばいいだろう、と研一は告げるが――
「はっ?」
研一の言葉に、プルケルは目を瞬かせる。
まるで信じられない言葉でも告げられたように。
「何だ、その反応。まさか魔族が人を食わないとでも――」
研一は魔族に攻められた国で、魔族達が人を食べる為に攫った事を知っているし。
他の場所でも、散々魔族が人を食べるという話は聞いてきた。
だから、今更騙されないとばかりにプルケルの言葉を否定しようとするが――
「サキュバスは人間や魔族の番いから、精気を吸収して成長する種族ですよ。どうして自分に力を与え続けてくれる愛する相手を食べるんですか?」
「…………」
プルケルから告げられた言葉に。
何の反応も出来ず、黙り込む事しか出来なくなるのであった。
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