第345話 てんやわんや過ぎる始まり
「やはり男である以上、番いの居ないサキュバスの顔を直視しては、冷静で居られる訳もありませんか……」
この場所が、はぐれ魔族の集落というのは確かに嘘ではないだろう。
しかし、より正確に表現する言葉がある。
サキュバス達の隠れ里。
そして、この世界におけるサキュバスとは、よく伝えられている不特定多数の男相手に精と快楽を貪るような存在ではない。
どちらかといえば、正反対に近い性質を持っており――
たった一人の番いと呼ばれる男とだけ愛を育んで魔力を得る事で、生きて成長していく一途な種族だ。
言い方を変えれば。
番いとなる男が居なければ、一定以上の成長をする事は出来ない種族でもある。
だからかもしれない。
番いを見付けていないサキュバスは、本人の意思に関係なく、男を魅了して虜にする魔力を放ち続けてしまう特性を持っている。
まるで一刻も早く、番いを見付けろと身体に刻み込まれているように。
「救世主様ならばと期待して、顔を晒した私の落ち度です」
だが、生涯を共にする相手だからこそ、自身の意志で選びたいのは道理。
故に魅了効果を抑える為に作られた特殊な外套を付けているのだが、外した途端、研一が顔を凝視して黙り込んでしまったとなれば――
魅了に堕ちてしまい、今にもプルケルを襲おうとしているのだと、判断してしまうのも無理からぬ事。
「すぐに処理致しますので……」
まだお互いの事を知らないのに、番いの契りを結ぶ訳には、いかない。
かと言って、放っておいて襲われても困る。
それならばせめて魔法で処理して落ち着いてもらおうとばかりに、プルケルは研一の前に跪いたかと思うと、当然のように研一のズボンに手を掛けるが――
「おい、こら。いきなり何やってる、この変態女……」
研一はズボンを脱がされる前にプルケルの頭を片手で鷲掴みにすると、そのまま持ち上げてしまう。
サキュバスの生態や魅了の魔力の事なんて知らない研一からすれば、こんな場所でいきなりズボンを脱がそうとしてきた痴女にしか見えないからだ。
だが――
「く、口付けは御容赦下さい。どうか、それ以外の事なら――」
研一が魅了に掛かり、我慢出来なくなって襲ってきたと思っているプルケルからすれば、見える景色は、まるで違う。
力尽くで唇を奪われて、これから組み伏せられる場面にしか思えない。
先程も伝えたように、この世界におけるサキュバスとは、自分が認めた愛する者以外とのキスなんて、魂を引き裂かれるような行為でしかなく。
プルケルの目から、止め処なく涙が流れ始めてしまう。
(え? 何だ、何で俺が全部悪いみたいに空気になってるんだ?)
こんな反応をされては、研一も怒るに怒れない。
かといって、納得してプルケルを下ろす事も出来る訳がない。
いきなりズボンを脱がされそうになったから、ちょっと乱暴に止めて、強めに注意しただけであり――
いくら悪党っぽく振る舞ったところで、自分に非があるとは思えないのだから。
「ちょっと失礼」
どうすればいいか解からず、プルケルを持ち上げた姿勢で研一が固まるしかない中。
動いたのはクエストだった。
あまりに自然で気負いのない動きで研一に近付いたかと思うと、迷いのない動きで、研一のズボンの中に手を入れてきたのである。
「おお!? 初めて男の物とやらを触ってみたが、存外、柔らかいぞ! これは魅了になんて掛かっていないのでは――」
「何やってんだ、テメェ!」
「きゃあ!」
「ぐはぁっ!」
さすがの研一も、このクエストのボディタッチには自分を抑え切れなかった。
持ち上げていたプルケルを思わず放り投げ、勢いのままにクエストを蹴り飛ばす。
「ここには女を発情させる薬でも充満してやがんのか! それとも何だ! これがテメェ等の礼儀ある対応とでもいう気か! 答えろ、この雌豚共!」
そのまま怒りを微塵も隠しもしない態度で、プルケルや未だ外套を被ったままの魔族達に吠え立てる。
もう訳が解からない。
異世界に来てから随分と色々な事があった気がするが、今回はその中でも、相当にぶっ飛んだ事態だろう。
「プルケル様の魔力を受けても、微動だにしてない!?」
「やはりあの方こそ、我等の希望!?」
おまけに研一が怒りを露わにし、自分達の所の大将とも言うべきプルケルが投げ飛ばされたのに。
後ろに控えている魔族達は、何か盛り上がってるし。
「ふ、ふふふ。面白い。これは面白いですね」
「…………」
投げ飛ばされたプルケルは倒れたまま嬉しそうに笑い、不意討ち気味に蹴とばされたクエストは目を回している。
そして――
(私でもまだ触った事ないのに私でもまだ触った事ないのに私でもまだ触った事ないのに――)
センは虐げられた奴隷の演技を続けて、無言ながらも。
怒りと嫉妬が心の中で暴れ狂う。
(いや、何でもいいから誰か説明してくれよ!)
あまりにも混沌とした状況と共に。
研一のサキュバスの隠れ里での戦いが、始まろうとしていた。
面白かった、続きが見たい。
書籍化して絵が付いているところが見たい。
何かしら感じてくれた方は、是非とも高評価してくれると嬉しいです。
また気楽にリアクションなどして頂ければ嬉しいです。




