第343話 隙あらば抱き着こうとする女
「ふふふ、はぐれ魔族か。前から興味があったんだ。楽しみだねえ!」
翌日。
すっかり回復したクエストと合流した研一は、はぐれ魔族達が生活しているという集落に向かっていた。
「人の保護を得ている訳でもなければ、魔族に与している訳でもない。さて、独自に暮らしている者達は、どんな技術を発展させたのかな?」
目的地に向かう中、クエストはウキウキとした様子で、一人で話し続けている。
別に研一としては無視したい訳ではなく、性格とかを更に知りたいし、出来れば会話をしたいとは思っているのだが――
「むむ? ここの砂は少し他の砂と違った臭いがするねえ! それに大きな魔力の残滓も感じる。この辺りで戦でもあったのかな?」
そもそもクエスト本人に、交流をする意志があるように見えない。
見たい物を好きに見て、思った事を口に出しているだけでしかないのだろう。
(……凄いな。本当に能力自体は確かなんだな)
だが、研一はクエストの独り言に感嘆するしかなかった。
サラマンドラ国の周囲は、基本的には砂しかない砂漠のような状態であり、研一には見た目的には、どこも同じようにしか見えないのだが――
それでも今居る場所が、過去に魔族と戦った場所である事くらいは解かる。
(もうあの時から随分経ったってのに、それでも解かるとか。凄まじい嗅覚だな……)
あの戦いで死んだ兵達はサーラが全員弔った筈だし、この世界の人間は死んで時間が経てば、身体は魔力として分解されて世界へ散っていく。
いくら大量の人間が死んだとはいえ、物理的な痕跡が残っているとは思えない。
それでも何が起きたか予測出来る辺り、相当に特殊な鼻をしているのだろう。
――魔力の残滓の件に付いては。そもそも魔力探知が苦手な研一には、最初からよく解らない話なので、考察は出来なかった。
(結果的には、昨日センちゃんが甘えてきてくれたのは、大分助かったね……)
実は今朝、旅立ちが待ちきれなかったクエストが部屋の扉の前で待ち構えていたのだが、そこで出てきた研一達を見て、クエストは言ったのだ。
旅の前だというのに、ご盛んだね、と。
同じ部屋で過ごしているから邪推されただけだと思った研一だが、どうやら研一とセンの匂いを嗅いで――
二人から互いの匂いがしている事を感じての言葉だったのだと、今の研一なら解かる。
『怪しまれないように、次はもっともっと匂いをたくさん付け合いましょう!』
センも先程のクエストの言葉に気付いたのだろう。
クエストが居る手前、死んだ目をした奴隷のような演技をして黙り込んでいるが、その人形めいた外面とは裏腹に、心は相当に浮かれ気味らしく。
甘える口実を見付けたとばかりに、ご機嫌な様子で研一に念話で望みを伝えてくる。
『次って――』
『暫くはスキルの事は伏せておくって話でしたよね? だったらクエストさんと同じ場所に泊まる訳にもいかないですし、今の内に決めておきましょうよ!』
『確かにその方がいいけど……』
意見自体は、至極真っ当で反論のしようもない。
だが、研一としては素直に頷く事が難しい話だった。
(センちゃん、解ってていってるのかな……)
恋人同士でないから、距離感は大事にした方がいいなんてのは、建前というか、ある種の防護壁のようなもの。
研一だって別に朴念仁という訳ではなければ、どんな誘惑にも耐えられる鋼の精神を持っている訳でもない。
声や表情だけでも解かるくらいに一直線に好きだと想いを伝えられた上に、引っ付かれて何も思わない事なんて無理だし。
何よりセンは、とても魅力的な女の子だ。
このまま押せ押せの雰囲気で来られて、耐え続けられる自信なんてなく。
『えへへ。いっぱい匂い付け合いましょうね』
もし研一の揺れる心を理解しての発言ならば。
小悪魔どころじゃない、大人の女性だと言わざるを得ないだろう。
――といっても、別にセンにそんな意図はなく。
研一と抱き合える機会があれば、どんな理由だって抱き合いたいだけなのだが、それはそれで天然は怖いという話ではあった。
「お、匂う、匂うぞ。多くの者の生活臭! 目的地が近いぞ、諸君!」
どう返答すべきか迷っている研一の思考を遮ったのは、嬉しそうなクエストの声だった。
言われてクエストが指し示す方向を見るが、別に景色は変わらない。
「ああん? どこだよ?」
砂が一面に広がっているだけで、予想していたようなオアシスのような場所もなく、近いと言っても鼻が良いクエストなら何とか解かる程度の距離でしかなく。
まだ相当に歩く距離なのかと思う研一であったが――
「いやあ、中々に高度な結界みたいだね。防御性能は一切なく、隠蔽特化というところか。ここまで近付かないと、私の鼻でも解からないとは、実に大したものだよ!」
そこでクエストが大きな声を出すと共に、大仰に構えた。
それは研一と戦っていた時の実践に向いた動き易そうな構えと違い、如何にもこれから戦いが始まるぞ、なんて見せ付けるようなわざとらしい構えであり――
事実、それは威嚇の為の見せ掛けだけのポーズであった。
「そこで隠れている者達、姿を見せたまえ! 救世主の指名はそちらからだというのに、案内を付けるどころか、待ち伏せとは無礼でないかい!」
クエストは確信と共に、何もない砂漠の一風景を睨み付ける。
もし返答しないなら、すぐにでも攻撃を仕掛けてやると言わんばかりに、全身に魔力を漲らせて。
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