第342話 甘えるセンちゃんと次の目的地
「けーんいちさん!」
自分達の部屋に戻った研一に、センがいきなり抱き着いてきた。
これがセンと恋人同士であるとか、センが小さな子供であるなら、別に研一としては何も言う気はないのだが――
センとは別に恋人同士ではないし。
小さな子どもだなんていうには、心も見た目も魅力的な女性だと知っている。
「センちゃん。こういうのは――」
「ちょっとだけ、駄目、ですか? さすがに従順な奴隷の演技をずっとするのは疲れますし、寂しくて……」
やんわりと引き剥がそうとする研一であったが、寂しそうな顔をされると心が痛む。
悪党演技の手伝いの為に誰かが見ている状態では、センは研一に虐められている奴隷の振りをしており、終始無言で死んだ目をしてくれているのだ。
そんな演技をしながらでも、クエストの心を読んでくれたり献身的に協力してくれている。
「ええっと、その、別のご褒美とか駄目? ベッカさんとかに頼んで、美味しいお菓子用意してもらうとか」
とはいえ、それでも倫理的な問題がある。
何とか別の事で満足してもらえないか、と提案する研一であったが――
「これがいいです」
「いや、でもね。センちゃん――」
「どうしても駄目ですか?」
どうやらセンの意志は想像以上に固いようであった。
力こそ入れてないものの、それでも離れたくないとばかりに研一の身体に腕を巻き付け、懇願するように視線を向ける。
「……少しだけだよ?」
「えへへ、やった」
許しを得たセンが研一を抱き締めたかと思うと、研一の胸に顔を押し当てる。
そのくらいなら仕方ないかと、安心したのも束の間。
「スー、ハー……」
「待って。さすがに嗅ぐのは止めて……」
胸に顔を埋めたまま、深呼吸を繰り返すセンに、さすがの研一も黙って見ている訳にもいかない。
慌てて距離を取ろうとする。
「ご、ごめんなさい! もうしないので、せめてもう少しだけ抱き着かせて下さい……」
「もう少しだけ、だからね?」
「はい……」
とても残念そうな声を上げ、センが研一を抱き締めた。
想像以上に先程の研一嗅ぎが素晴らしく、せめて後五秒は堪能していたかったのだが、嫌われてしまう方が、遥かに困る。
今は抱き締めさせてもらえるだけで我慢しようと、油断すれば先程のように匂いを嗅ごうとしてしまう自分、センは必死で抑えていく。
「そういえば、今回、サーラさんが呼びだしたのはクエストさんの事だけなんですかね?」
そこで、ふと疑問に思った事を研一に訊ねる事にした。
無言で研一と引っ付いていれば、どうしてもそれ以上を求めてしまうから、何か小難しい話題が欲しかったのだ。
「ああ。それなんだけど、どうもこの国の近くに調べてほしい場所が、あるらしくてね」
研一としても、この話題は有難かった。
予想外にセンが甘えてくるから、いつ話し始めるべきか迷っていたところだったので、良い流れが来てくれたとばかりに、このまま話を続けていく。
「調べてほしい場所、ですか?」
「うん。どうもちょっとサーラさんとか、この国の人じゃ、どうにも調べ難い場所らしくてね」
サーラが研一に調べてほしいと思っている場所。
それは、サラマンドラ国のすぐ近くにある、いわゆる『はぐれの魔族』達が人間や魔族達との関係を絶ち、静かに暮らしている地域があるのだが――
(というか話を聞いた感じ、多分、サラマンドラ国の人が近付くだけで攻撃されるだろうね)
サラマンドラ国に過去に居た悪徳商人のような人物が、この地域に居た魔族を攫って奴隷にしていた事がある。
それで人間には非常に警戒しており、近付く事さえ、ままならないそうだ。
(サーラさんとしては、せめて謝罪と援助だけでもしたいと思って何とか連絡を取ろうとした結果、救世主となら話をしてもいい、と始めて向こうから連絡が来たらしい)
という感じの話を、研一はベッカから伝えられている。
そして、ここ最近は他の国が魔族に襲われているだとか、救世主の助けを必要としているという情報は、入ってきていない。
おそらくだが、この地域の調査が次の目的になるだろう。
そして――
「そこの調査にクエストさんを一緒に連れて行って、それを仲間に誘うかどうかの最終試験代わりにしようって思ってるんだ」
これこそ、クエストの最終判断に最適だと思った。
魔族に国を攻め込まれている最中に、もしクエストが問題を起こしてしまったら、どれだけの被害が出るか解からない。
だが、この地域の調査なら、やらしかたところで、被害なんて高が知れている。
クエストを仲間に引き入れるかの試金石に、打って付けの案件だ。
「ただ問題が一つあって――」
「私がどう振る舞うか、ですよね」
「そうなんだよなあ……」
まだ仲間として完全に信用していないクエストに、研一が実はスキルの為に悪党ぶっているだけで――
実はセンとは良好の関係を築いているとは、伝え難い。
(センちゃんに奴隷の演技をしてもらった状態で、はぐれ魔族達の居る場所に行くってのもマズイよね……)
かといって、死んだ目をしたセンを連れて行くなんてのは、喧嘩を売りに行くようなもの。
何せ奴隷商人達が攫って地下に監禁していた魔族の一人こそ、センの母親であり、あまりにも酷い扱いを受けていたセンの母親は、そのまま地下牢で命を絶っているのだ。
その上で完全に虐げられているようにしか見えない状態のセンを連れて行って、歓迎されると思う方が、どうかしているだろう。
だが――
「ただ、気になる事はあるんだよね……」
「気になる事、ですか?」
「ああ。いくら人間の国の事情とかに疎いとはいえ、俺の悪い噂くらい知ってると思うんだよな。それなのに、名指しで俺を指定してきてるんだ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
奴隷として自分達を攫いに来たサラマンドラの国の人間よりは、マシと思われてるのか。
それとも別の理由があるのか。
(さて、どうしたもんか……)
とりあえず、どちらにしてもセンには色々と頑張ってもらう事になるだろう。
それならば今だけは、いっぱい甘えさせてやろうとばかりに。
研一はセンの頭を優しく撫でる。
「えへへ……」
急に撫でられたにも拘わらず。
センは嬉しそうに笑って、自分から頭を擦り付けるようにして、研一の手の感触を楽しむのであった。
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