第334話 エラーの根幹
「お待たせしました」
メロディの言葉と共に扉が開いて、部屋に招き入れられる。
そこは新しく出来る国の党首の部屋と思えないくらい実務的な物しかなく、大きな机に積み上げられた大量の書類が目を惹く場所だった。
執務用の机以外は、机や椅子も簡素な物しかなく、とても客人を迎えるには向いていない。
それでもメロディは、丁寧な態度でテレレ達を迎え入れようとする。
だが――
「テレレって呼び捨てて。それに口調も、普段通りで」
「ですが――」
「相手に合わせるだけだと、国単位で格下だって思われるわ。協力し合う場面や譲らないといけない事ならともかく、態度は変えちゃ駄目」
丁寧過ぎる対応は国の党首としては不適切だとばかりに、テレレから注意が入る。
事実、党首陣は公の場であろうと口調や態度を変える事は少ない。
国の党首に最も求められる能力が、魔族に対する戦闘力であるこの世界では、相手に合わせた態度は、弱々しく見られて、あまりいい事とはされないからだ。
「ダーリンには普通に接していたじゃない。どうして私には、それが出来ないの?」
「やみのんは演技してない時は、救世主様っていうよりは、譲らない信念があるだけの優しい男の人って感じですし……」
「むう。私も党首なだけで普通の女の子」
「いやいや。それは大分無理がありますって……」
だからといって、今までは吹けば飛ぶような国の党首でしかなかったメロディとしては、まだテレレと対等に振る舞う事は難しい。
小柄さを感じさせない神秘的な雰囲気に加え、『心詠みの巫女』なんて異名が事実だと言わんばかりに、心を読まれているとしか思えない対応を何度もされているのだ。
超有名な国の党首という事を差し引いても、人間性の部分だけで、どうしても気圧されてしまうらしい。
「まあいいわ。そこは追々やっていきましょう。それでこの人だけど――」
「は、え?」
そこでテレレは戸惑って、突っ立っているままになっているエラーの背を押す。
前置きもなく急に背中を叩かれ、エラーが驚いていたのは数秒。
自己紹介しろという意味だと気付いて、慌ててエラーは口を開いた。
「え、エラーです。その、一応、商人のような事をやっています……」
「商人? あ、テレレ様の紹介って事は、もしかしてドリュアス国のお抱え商人みたいなヤツだったりする?」
「あ、いえ、その、ですね――」
ここでエラーは自分がソヌスの街に来た目的を、誤魔化して伝えようとした。
見返りを求めない商売なんて、ただの自己満足の馬鹿というのがエラーの生まれた商売の国では常識だったし。
先程のテレレとの会話を聞いていて、舐められるような事を言えば怒られると委縮していたからだ。
「本音を言って。今は嘘や見栄より、事実が必要な場面」
「わ、解かりました。それでは――」
だが、心を読んだように有無を言わさないテレレの声に導かれるままに、エラーは事情を説明していく。
魔獣の群れに襲われたという街があるという噂を聞いて、再建用の物資を持ってソヌスの街を訪れた事。
そうしたらポヨポヨビーストの群れに出くわし、ミュジカとテレレが現れ――
大した説明もされないまま、あれよあれよという間に、ここに連れて来られたと伝えていく。
「おいおい、ちゃんと説明してやったろ? 俺の話、聞いてなかったのか?」
そこでミュジカから苦情が入る。
どうも本人的には、アレで懇切丁寧に説明したつもりらしい。
「ミュジカ。ちょっとこの人達の仲間を連れて、呼ぶまで部屋の外で遊んでてくれるかしら?」
「またそうやって難しい話をする時は、俺を外そうとする!」
「それじゃあ一緒に話を聞く? これから何時間も難しい話するわよ? 大人しく待ってられる?」
「おっしゃあ! お前等、外に行くぞ!」
尚も食い下がろうとするミュジカを、テレレはあっさりと下がらせる。
変に傷付けないよう気を回すから、逆に拗れて面倒な事になる。
こういう時は全て伝えた上で本人に選ばせた方が、結局は一番後腐れがないと、経験で知っているのだ。
「あの子をこんなにあっさり……」
「大した事じゃないわ。それより話の続きを」
長い事擦れ違い続けてしまった自分との対応の差に、メロディの口から思わず感心の声が漏れるが、テレレは何でもない事のように切り捨てるようにして、話を元に戻していく。
テレレとしてはメロディと党首であり、同じ立場の友人になりたいから、変に敬われたくなくて流そうとしたのだが――
その態度が、逆にメロディに出来る女っぽく見えて尊敬を生み、逆効果になっている事には気付いておらず。
話はエラーの自己紹介に戻っていく。
「続きと言われましても、私の説明はこれで全部です……」
とはいえ、エラーから話せる事なんて、さっきの話で終わりだ。
これ以上何を話せばいいのかと、戸惑い交じりにメロディ達の様子を窺う。
「え、何でウチの国に来たん? ウチの国なんて自分達で暮らして行くだけで精一杯の貧しい国で、商機なんてなかったでしょ?」
それとも、どこかから建国の計画が漏れた?
なんて不思議そうにするメロディに、エラーは躊躇いがちに口を開いていく。
「いえ、その。失礼ながら、貧しいからこそ自力では魔獣に襲われた街を再建するのは難しいでしょうし、物資の援助をしようと思いまして……」
「マジで? 助けたところで見返りなんて期待出来なかったのに?」
だが、理由のない優しさなんて胡散臭いだけなんて、エラー自身よく知っている。
当然のように不思議そうにうするメロディに、エラーは意を決して本心を伝えていく。
「……私の国は騙そうが何をしようが、儲けこそが正義。取引先は飯の種という主義で動き続けた結果、魔族に襲われた時、どこの国も助けてくれずに滅びました」
「それで反省して、次は人助けでもしようと思ったって事?」
「いえ、私は元々、あまり国の者とは話が合わず外に出ていたのです。商売の国に居た頃、私は商売とは取引相手が居て成り立つもの。お互いが儲けられる仕事をして、信頼を繋いでいく事こそが、最終的な発展に繋がると主張していたのですが――」
「ふんふん。それでそれで?」
「偽善者だの自己満足で迷惑を掛けるななどと、散々に馬鹿にされましてね。唯一話を聞いてくれた方も、国が滅んだ時、生贄の儀式に使われて死んでしまったと聞きました」
国が滅んだ経緯自体は、酷い話かもしれないがエラーとしては納得した。
むしろ、自分の意見の方が正しかったと清々しさすらあったかもしれない。
「なんでしょうね。その話を聞いてからというもの、滅びそうな街の噂が耳に入ってくると、どうしても身体が動いて仕方ないんですよ」
けれど、心にしこりのような何かが残り続けている。
もし自分が罵倒に負けず商売の国で主張を続け、大きな成功を収めて、世論を変える事が出来ていたのなら。
自分の話を唯一聞いてくれた相手。
ウィアーを救う事が出来たんじゃないか、という想いが儲けなんて全く期待出来ない街の再建に自分を駆り立てているのだとエラーは告げる。
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