第329話 別れと終わり
「ったく。いきなり死んだら誰だって驚くだろうが……」
呆れたようなミュジカの声が、静かに消える。
街から遠く離れた場所。
街の影くらいしか見えないような距離だが、それでもミュジカ程の音魔法の使い手なら、集中すれば手に取るように街の様子を知る事が出来た。
「本当に、アレでよかったのか?」
「そうだよ。もっと解かり易く、ミュジカが街の人達を助ける事だって出来たのに……」
仕方なさそうに。
それでも嬉しそうにポヨポヨビーストを見守るミュジカの姿に、研一とセンが思わず声を掛ける。
確かに現在、研一達が居る場所は街から遠い。
距離にして一キロメートル前後、離れているだろう。
だが、研一の身体能力ならミュジカを街まで投げ飛ばすくらいは出来るし、ミュジカだってそのくらいの距離なら魔法を使えば無傷で着地出来た筈だ。
街の窮地に颯爽とミュジカが現れ、エコーバード達を蹴散らす。
そうすれば、今頃はポヨポヨビーストの代わりにミュジカが街の人達に囲まれ、感謝や賞賛の声を浴びていた。
間違いなく、そんな光景が生まれていた、と研一達は信じている。
「……これでいいのさ。いきなり空から降ってきた俺が、アイツ等でさえ苦戦するような鳥達をあっさり片付けてみろ。化け物扱いまっしぐらだよ」
けれど、どうしてもミュジカには、そんな明るい展開なんて想像出来なかった。
感謝はしてくれるだろうし、尊敬だってしてくれるだろう。
でも、その裏にあるのは畏怖や畏敬と呼ばれるものでしかなく、同じ仲間として迎え入れられる日なんて来ない。
そんな風にしか思えないのだ。
「知ってるだろう? あんな可愛いくて無害そうなポヨポヨしたアイツ等でさえ、受け入れられてたと思ったら、子どもを殺したって疑われた瞬間に調査も禄にされず、犯人だって決め付けられてハブられたんだ。俺みたいな化け物じゃ、どれだけ擦り寄ったって、結局恐れられて終わりだよ」
その卑屈の理由は、ポヨポヨビースト達にある。
元々はミュジカの寂しさや人恋しさが魔力となって溢れ、その影響を受けて生まれた魔獣がポヨポヨビーストであり――
魔力の影響は姿形にも大きく作用している。
つまりポヨポヨビースト達の姿は、ミュジカが心の奥底で考えていた、人間に最も受け入れられやすい見た目であり。
その見た目でも街の人達に受け入れられるのに、ここまで苦労した。
それならば、それ以下の愛嬌しかない容姿の自分が受け入れてもらえる訳がない、と無意識に思ってしまっているのだ。
「それにここ以外に、アイツ等が受け入れられる機会なんて、もう来そうにないだろ? 俺が奪う訳にはいかねえって」
何より、自分がしゃしゃり出てポヨポヨビースト達が受け入れられないなんて事になったら、後悔してもし切れない。
自分が一番寂しかった時に、一緒に居てくれた仲間。
その幸せに協力出来るのなら、報われない裏方で構わないという面もあるが――
「けど、街を救う決め手になった事くらい伝えたって――」
「別にいいって。俺にはもう、相棒達が居るしな」
それ以上に、研一達との旅に魅力を感じている事も大きいだろう。
街を救って認められ、多くの人に囲まれて過ごしていく生活に未練がなかったと言えば嘘になる。
自分だってポヨポヨビースト達みたいに、街の人達に屈託なく抱き着かれてみたりはしたい。
(相棒達と一緒に居る方が気楽そうだし……)
ただ、力を抑えて街の人達に迷惑を掛けずに大人しく生きていける自信もない。
それなら自分の力を受け止めてくれるだけの力を持つ研一達と共に、一緒に行きたいという気持ちの方が強かった。
「それに今更メロディや街の連中とも、顔を合わせづらいし……」
邪魔者として街を追い出したと思っていたメロディは、悪者になってでも自分を守ろうとしてくれただけだったし。
街の人間だって、ただ一部が逆恨みしていただけで、思ってたほど自分の事を嫌っていなかった事も知り。
それなのに色々と八つ当たりしていたのは、大分バツが悪くて。
「まあ、なんだ。誤解してた借りとかは、さっきので十分返せたろ」
このまま流れに任せて、人知れずソヌスの国から旅立つ。
きっとそれが自分にとっても、街の住人にとっても良い筈だと、ミュジカは会話を打ち切ろうとする。
「ミュジカが本当にそれでいいなら、俺からは何も言う気はないけど――」
そこで研一は遥か遠くに視線を向ける。
研一には影も形も見る事も出来ない、街のある方向へと。
「なんだ、相棒。その似合わない、わっるい笑い方は?」
「ああ、いや。街の奴等は、ミュジカに色々と言いたい事でもあるんじゃないかって思ってな」
「……なんだって?」
さすがに会話しながら遠くの街の様子を探る事は出来ないらしく、ポヨポヨビーストが自爆した以降は、街で何が起きていたのか解からなかったミュジカだが――
研一の言葉に、ミュジカは慌てて魔法を発動させ、街の様子を探っていく。
すると――
『今まであんまり話せなくてごめん!』
『助けてくれてありがとう!』
『今からでも一緒に街で暮らさないか!』
『俺はソヌスの街で一番可愛い女の子だって思うぞ!』
『ポッヨヨー!』
街の住人やポヨポヨビースト達が、ミュジカに向けて大声で言葉を残していた。
まるでミュジカが聞いている事を知っているかのように。
「なん、で……」
「悪いな。さっきの俺達との会話。全部、メロディに頼んで街に届けてもらった」
戸惑うミュジカに、研一は種を明かしていく。
といっても、簡単な話だ。
ミュジカに気付かれないように、センが念話を使ってメロディに作戦を伝える。
そして、メロディが音魔法を使って研一達の会話を街に飛ばしただけ。
――センが最初以外、ずっと無言だったのは、魔法に集中していたからだ。
「本当に街に残るよりも、俺達との旅の方がいいのなら、それでいい。俺達と一緒に魔王軍と戦ってくれ。歓迎する」
「……うん」
「たださ。街の奴等に受け入れられるかどうかが怖くて、それっぽい言葉で自分を納得させようとしているだけなら、ちゃんと街の奴等の声も聴いて判断してやってくれないか?」
「うん」
研一の言葉にミュジカは頷いて、研一の方を真っ直ぐ見た。
そこにはある種の決意が宿っており、研一は静かにミュジカの言葉を待つ。
「俺さ。相棒達と旅をしたいって思ってる。本当に」
「大丈夫。疑ってないよ」
「けどさ。けど……」
「うん」
「俺等が助けに来るまでに鳥達に街の中とか色々荒らされてるみたいだし、アイツ等が街の連中にこれからもずっと受け入れられるか心配だし、街の立て直しの手伝いしてから、相棒の戦いに合流してもいいか?」
矢継ぎ早にミュジカが言葉を並べていくが、全て体のいい建前だ。
本音は別。
もし街での生活に馴染めなかったら、その時は研一の仲間に入れてほしい。
そんな厚かましい言葉を口に出せなかっただけ。
そして――
「ああ。その時はいつでも連絡くれよ。すぐにでも迎えに来るからさ」
研一は全てに気付いた上で、笑顔で頷いた。
何も選択肢を一つに絞る必要なんてない。
色々試して、一番ミュジカが笑顔になる道を歩けたのなら、それが一番なのだから。
そして――
「いつでも呼び出し待ってるよ、相棒」
初めて研一の方からミュジカの事を、相棒と呼ぶ。
離れていても仲間であり、協力は惜しまないという気持ちを込めて。
「あ、ああ! それじゃあ、その、行ってくるぜ、相棒!」
僅かな不安。
それ以上の期待の混じった笑顔を浮かべ、転びそうになりながら走り出すミュジカの背を見送る。
そして、この日をもって。
ソヌスの国は、歴史から姿を消す事になるのであった。
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