第323話 それはあまりに遅過ぎて
「ぽよぽよ! どうしたの、ぽよぽよ!」
鳴き声と感触から、自分がポヨポヨビーストに守ってもらっている事に気付いたイノが、突然の感触の変化に驚き、慌てて声を上げる。
だが、そこに答える声はない。
はぐれポヨポヨは、少し前に息絶えてしまっていたのだから。
「ぽよぽよ? ぽよぽよーー!!」
触れているだけで安心出来るような温かさも、勇ましくも可愛らしい声も聞こえない。
ただ硬くなってしまった感触に、はぐれポヨポヨが死んでしまった事に気付いたイノが、悲しみの叫びを上げる。
「お、おい。アレ見ろよ」
「まさか。あの子を守ってたって言うのか?」
そこまできて、ようやく街の人間も気付く事が出来た。
はぐれポヨポヨが自らの命を捨ててでも、イノを守り続けてくれている事に。
そして――
(俺は馬鹿だ! 何で息子を信じてやれなかった!)
ようやく街の住人達が、はぐれポヨポヨの真意に気付いた頃。
警備隊長は街の入口を目指し、必死で駆けていた。
メロディに次ぐ音魔法の使い手である彼は、最初から気付いていたのだ。
ポヨポヨビーストの下に居るイノの息遣い。
そして、回復魔法の気配に。
(スマナイ。生き残れたら絶対に誤解は解いてみせる!)
その光景を見て、警備隊長は確信した。
ケンスを殺した犯人はエコーバードであり、ポヨポヨビースト達は今回と同じように回復魔法を掛けていただけなのだと。
(だから、今だけは囮にさせてくれ!)
だが、そこで街の住人達に、真意を説明している暇なんてなかった。
エコーバード達がポヨポヨビーストに気を取られている、あの瞬間だけしかなかったのだ。
街の外に助けを呼びに行く為、抜け出せる絶好の機会は。
しかし――
「クケケー!!」
魔力を抑えて音を消し、必死で駆け続けていたが、それで隠し通せるようなら、囮なんて気にせず最初から一人で走っている。
後少しで目的地まで辿り着けそうだったのに、見付かってしまった。
かに思えた。
「糞鳥共! こっちだ!」
だが、警備隊長だけがポヨポヨビーストの真意に気付いていた訳ではない。
他の警備隊の者も何人か気付いており、警備隊長の姿が見えなくなった事を知った瞬間、援護の為に動いていたのだ。
(スマン、皆!)
きっと援護に駆け付けてくれた仲間達は、誰も生き残れないだろう。
だが、振り返っている余裕なんてないとばかりに、警備隊長は駆け抜ける。
自分の魔力で届く救援要請の距離は、そこまで長くはない。
だからこそ、一歩でも近く。
一秒でも長く、メロディ達に声が届けられるように走るのだ。
『エコーバードの群れが襲ってきた! その数、五十以上。急ぎ救援をっ――』
捕まった仲間達が死ぬ前に全力で救援を伝える魔法を放つ。
これでメロディ達に届いてくれただろうなんて安心して、自分だけ隠れるなんて無責任な真似は出来る訳がない。
次々と放たれる救援魔法の音に胸を痛めながら、警備隊長は足が千切れてもいいとばかりに、全力で駆け続ける。
けれど――
「クエー!!」
(くっ。ここまでか!)
ついにエコーバードの魔の手が警備隊長にまで、伸びてきた。
ようやく街の入り口。
だが、ここで魔法を放ったとしても、警備隊長の魔力では反響の山まで届かないだろう。
『エコーバードの群れが襲ってきた! その数、五十以上。急ぎ救援求む!』
それでも何もしないまま死ぬなんて事、最期まで誇り高く警備隊としての使命を果たした部下達の前で、出来る訳もない。
抵抗したところで手も足も出ないエコーバードに、無駄な抵抗なんかして魔力を浪費する事もせず、ただ救援要請の魔法の為だけに、全ての魔力を絞り出していく。
そして――
(申し訳ありません、メロディ様! 勝手な判断でこのような事、お許しください!)
魔力は全て救援魔法に当てつつ。
警備隊長は、残った体力を振り絞り、入口にある柵に手を掛ける。
ミュジカとの取り決めがあり、この柵の中にポヨポヨビーストは入ってこないという話を、随分前にメロディから聞かされていた。
はぐれ者ならともかく、群れに属したポヨポヨビースト達は、この柵がある限り、街に入って来れないかもしれない。
(ケンス! 遅くなったが約束を果たすぞ!)
警備隊長は、入口にあった柵の一つを引き抜いた。
ただポヨポヨビースト達を拒む為だけに立てられている、他の魔獣に対しては何の効果もない区切り。
ソヌスの街とポヨポヨビーストの間にあった、何の力も意味もなかった不可侵の壁を。
「クエー!?」
それを見たエコーバード達が慌てて警備隊長に殺到し、鋭い嘴で警備隊長の身体を串刺しにしていく。
凄まじいまでの激痛と共に、死が警備隊長の身体を蝕んでいく。
けれど、断末魔なんて上げる訳がない。
『頼む、ポヨポヨビースト! 街を。エコーバードから救ってくれ!』
その意志と魔力が尽き果てる一瞬まで、救援魔法を放ち続ける。
死の間際まで放ち続けた救援魔法。
それは確かに警備隊長の計算した通り、反響の山までは届かず、メロディに気付かれる事は、なかった。
けれど、メロディ以上の力を持ち、探知範囲が広い、ミュジカとポヨポヨビーストには伝わり、決して無駄ではなかったのかもれない。
ただ、きっと色々な何かが遅過ぎた。
もしメロディが、ケンス殺しの犯人を追い求めていたなら、ポヨポヨビースト達は今頃街にたくさん居て、エコーバードの群れを返り討ちにしてくれていただろう。
警備隊長がケンスを信じて、ポヨポヨビーストに歩み寄っていても同じ結果になっていただろうし。
逆にポヨポヨビースト達を完全に信用出来るまで、ケンスを近付けないようにしていれば、また違った未来があった筈。
「ミュジカめ! こんな時の為に生かしておいてやったんだろうに! 肝心な時に居ない役立たずが!」
こんな事を言う人間さえ居なければ、メロディはミュジカが寝ていようが安心してセンと共に、街に置いてくる事が出来た。
マトモに戦える自分が離れれば街が手薄になってしまう事を解っていながら、それでもミュジカを連れ出している理由の一つこそ――
ミュジカになら何をしてもいいとか、全ての責任をミュジカに押し付けようとする人間の手からミュジカを守ろうとしたからであり。
最近、魔獣を見掛けないし大丈夫だろうという打算からだったのだから。
「救世主様! 御奉仕でも何でもします! どうか御力を!」
そして、最後に頼れる相手だとばかりに、必死で救世主に助けを乞うてさえいなければ、もっと研一とメロディの勝負は早く終わっていたかもしれないし。
殺したいくらい研一の事を恨んでくれてさえいれば、きっと間に合った筈だ。
けれど、どの道もソヌス国は歩めなかった。
今から街の救援に間に合う人間なんて、どこにも居やしない。
そして――
「クエー!!」
もはや守る者なんて居なくなったソヌスの街を、我慢の限界に来たエコーバード達が蹂躙していく。
ここでソヌスの国は、滅びて消え失せる。
ポヨポヨの檻に守られたイノと、この場に居ないメロディ以外のソヌスの民は、全て殺されて終わり――
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