第322話 はぐれポヨポヨ、願いと共に
「クケ!?」
この街に居る筈のない天敵からの奇襲。
それに加えて苦しむイノを人間達に見せびらかす為にエコーバードが低く飛んでいた事が、はぐれポヨポヨに味方した。
全身を薄く広げ包み込むように飛び掛かると、あっさりとイノを奪い取る。
「ポヨ……」
そして、そのまま身体でイノを包み込みながら、着地する。
これでエコーバード達も簡単にイノを奪い返す事は出来ない筈だと、一先ず安堵の声を吐くはぐれポヨポヨであったが――
「いやああああああ!」
その光景にイノの母親が、悲鳴を上げて気絶する。
無理もないだろう。
傍から見れば、突如現れたポヨポヨビーストが大口を開け、イノを丸呑みしたようにしか見えなかった筈だ。
何せイノの身体は、はぐれポヨポヨの身体に包まれる形で隠されており、指の一つさえ見えていないのだから。
「ポヨポヨ……」
怖がらせてしまった事に心を痛めるはぐれポヨポヨだが、今は時間がない。
身体の下に隠しているイノへと、回復魔法を掛け始める。
「あの化け物め! こんなにエコーバードに囲まれてるってのに……」
「そのまま気にせず子どもを食らうだと!」
だが、その姿さえも捕食した獲物を咀嚼しているようにしか見えなかった。
街に潜んでいた理由も、エコーバードから獲物を掠め取ろうとしていたようにしか思われておらず、今ではエコーバード以上の敵意と嫌悪を、建物の中に隠れている街中の者から向けられている。
そして――
「クケー!!」
獲物を奪われたエコーバードが、はぐれポヨポヨに群れを率いて襲い掛かる。
一対一ならば、はぐれポヨポヨに負けはなかっただろう。
だが、あまりにも数に差がある上に、はぐれポヨポヨには庇わなければならない相手が居ては、反撃もままならない。
無抵抗で攻撃を受け続けるしかない。
「ポヨポヨ!」
べたりと地面に張り付き、回復魔法を唱えるはぐれポヨポヨに、エコーバードが突撃を繰り返す。
全力ならば音速にすら到達する、空の覇者からの突撃。
おまけにエコーバードの魔力の込められた鋭い嘴は、打撃や衝撃には強いポヨポヨビーストの身体を抉る事さえ可能だ。
「ポヨォー……」
エコーバードの嘴が身体に触れる度に身体が削られ、はぐれポヨポヨの身体に激痛が走る。
このまま攻撃され続ければ、死ぬ事なんて解かっていた。
だが、ポヨポヨビーストは痛みなんて気にも留めず、イノの回復を続ける。
(イノ。ケンスが言ってた子……)
何故なら、はぐれポヨポヨの目的こそ、このイノの存在であり。
大好きだったケンスの願い。
自分達の姿をイノに見せたいという言葉を叶える為だけに、このポヨポヨビーストは群れから離れ――
たった一体で、ずっと機会を窺っていたのだから。
(時間、掛かった……)
群れから抜け出して最初に向かったのは、警備隊を率いていたメロディの元であった。
そこでケンス殺しの犯人は自分達じゃないと弁明し、もう二度と悲劇が起きないように協力し合おうと接触しようとしたのだ。
だが、ケンス殺しの犯人だと思われている上に、食糧が不足し始めていたメロディ達に話を聞く余裕もなければ、そもそもセンやミュジカと違って、メロディには意志疎通が出来ない。
近付くだけで攻撃されてしまい、泣く泣く逃げるしかなかった。
そこから約一年。
魔力を消し、身体を平たくして街の傍に隠れ、機会を待ち続けたポヨポヨビーストの耳に、街の中から叫び声が聞こえてきたのだ。
――誰か! 誰か娘を! イノを助けて!
その言葉を聞き、はぐれポヨポヨは迷いながらも柵を越え、魔力を消した状態で低く飛ぶエコーバードに近付いたのだ。
助けを求める声に応えつつ、イノと会う為に。
けれど――
「見ろよ。あんなに攻撃されてるのに子どもを食い続けてる」
「なんて意地汚い。あんな奴等と少しでも仲良くなれるなんて俺達は思ってたのか……」
「やっぱりあんな奴等の親玉のミュジカとか、街に入れるべきじゃなかったんだ。アイツを街に入れてすぐ、こんな事ばっかり起きてるじゃねえか!」
イノを身体の下に隠したまま、回復魔法を唱え続けて揺れる姿は、どうしても咀嚼しているようにしか見えない。
街の住人達から嫌悪や敵意の声が突き刺さる。
(助けても、嫌われる?)
エコーバードに刺される痛みより、悪意の込められた声の方が遥かに辛かった。
助けてという願いを聞いたのに、認めてもらえない。
ミュジカにだって迷惑を掛けているみたいだ。
それが悲しくて。
自分なんか消えてしまった方がいいんじゃないか。
そんな想いが心を蝕み、イノの回復を止めて今すぐにでも街から出て行こう、なんて気持ちが折れそうになる。
「ぽよぽよ?」
イノを置いて、はぐれポヨポヨが逃げようと思った瞬間だった。
回復魔法の効果で意識を取り戻したイノが、自分を覆う柔らかい感触に気付いて、声を上げる。
そのどこかケンスに似た声で、怖がられるような言葉をぶつけられたら耐えられない。
今すぐにでも逃げ出そうとする、はぐれポヨポヨであったが――
「えへへ。兄ちゃんの言ってた感触と同じだ。気持ちいい……」
イノは安心したように笑い、はぐれポヨポヨの身体に顔を埋めるようにして抱き締める。
きっと今の状況なんて、何も解ってないだろう。
ただ、目覚めたら傍に心地いい感触があったから、それを堪能しようと身体を擦り付けただけ。
「ポヨ!」
だが、はぐれポヨポヨには、その温もりだけで十分だった。
こんな無邪気に自分を受け入れてくれる相手を見捨てる事なんて、出来る訳がない。
街中の人に嫌われて辛い気持ちやミュジカに申し訳ない想いも全て押し殺し、折れかけていた心を奮い立たせるように、気合を入れる。
「ポヨヨ!」
はぐれポヨポヨは、自分の身体を檻のような形に変化させていく。
自分が死ねば身体が硬くなるし、自重を支え切れなくなってイノを押し潰してしまうかもしれない。
それならば死ぬ前に、イノを守りつつ、潰さないような形になる事にしたのだ。
そして――
「ポヨー!!」
最後の力を振り絞り、はぐれポヨポヨは自らの身体を頑強に変質させる。
残っていた全ての魔力。
そして、生命力さえも使い果たした最期の技。
まるで強化されたゴムのように変わり果てた柔軟にして頑丈な表皮は、半日くらいならばエコーバードの猛攻にだって耐え続けてくれるだろう。
(イノ。これで大丈夫……)
半日もあれば、街の様子に気付いたミュジカが助けに来てくれる。
ケンスの時とは違う。
今回はイノを救う事が出来たんだと、満足そうに微笑んだ姿で、はぐれポヨポヨはその命の火を燃やし尽くしたのであった。
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