第239話 いつだって誰かの為に
今日からは毎日11時に固定で更新して、いこうと思います
「あん? じゃあアレか。あの神官長とかいうババアは、ずっと独り身なのかよ」
先程のセレスの言葉に、引っ掛かりを覚える。
一人の相手としか結ばれてはいけないという教義に従っているのなら、夫が居るか、独身なのだろうと予想出来るが――
夫の姿は見えないし、セレスとも実の親子には見えない。
「いいえ。神官長様の伴侶と子どもは、三十年以上前に魔族の襲撃に逢った時に亡くなられたと聞いています。それ以来、ずっとお一人で過ごしておられるそうです」
だが、研一の想像は少し外れていたらしい。
どうやら亡くなった夫に誓いを立て、貞淑を守ってきたようだ。
それで合点がいった、とばかりに研一は頷く。
「ああ、なるほどな。それでババアは魔族の復讐の為に、テメェを生贄として俺に差し出したって訳か。聖職者面して、随分と強かでえげつねえじゃねえか」
もしセレスが実の娘なり大事な孫だったのならば、研一のような男に神官長自ら生贄として捧げるような事なんて絶対しないだろう。
結果的に研一に奉仕する流れになったとしても、抵抗した果てに無理やりという流れにならないとおかしいと思う研一であったが――
「先生は、そんな人じゃありません!」
研一の言葉に、我慢出来ないとった様子でセレスが声を上げた。
怒りを隠そうともしない目で研一を睨みつつ、言葉を捲し立てていく。
「確かに先生は魔族に強い憎しみを抱いています。先生が監修した光魔法の教本の中にも、『私が魔族に唯一つ、感謝する事があるなら、それは私に本当の怒りと憎しみを教えてくれた事です』なんて記されているくらいです」
(どんな教科書だよ……)
思わず突っ込みたくなる研一であったが、これは別に地球でもそこまで珍しい事ではない。
戦争相手の国の言葉が禁止されたり、敵愾心を煽るような言葉に彩られた子供向けの本なんて、場所と時代に拠っては、それこそ有り触れた出来事でしかない。
この辺は研一の方が、現代の日本に慣れ過ぎているだけと言えるだろう。
「ですが、先生は誰かを犠牲にしてまで、自分の復讐を果たそうとするような方では、断じてありません。教本にも己の命を何よりも尊び、生還こそ誉れとする旨が書かれています!」
「はっ。そりゃあ不特定多数の人間が見るような教本にゃ、お綺麗な建前ってのを書くだろうよ。でも、実際はどうだ? 現にテメェを俺に差し出してるじゃねえか、あのババアは! 復讐の為なら何だってする外道なんだよ」
この言葉自体は、概ね研一の本音に近かった。
見ただけで解かるくらいにセレスは神官長を慕っているというのに、神官長はセレスが研一の毒牙に掛かろうとしているのに、止めようともしない。
「もし本当にそんな心優しい人だってんなら、テメェを無理やり党首から交代させてでも、逃がさねえとおかしいだろうが。俺にはテメェがあのクソババアを妄信している事の方が、不気味で仕方ないぜ」
だからこそ、研一はセレスと神官長を、先生という呼び名を差し引いても、血縁ではないと感じたのだ。
実の娘を生贄に捧げるなんて有り得ない。
隠す事も庇う事もしない親なんて居てほしくないという、ある種の願望と共に。
「それは全て、貴方のせいじゃないですか!」
だが、研一の言葉はセレスの怒りを加速させただけであった。
魔法で女を操り人形にするような夏油がマトモな事を言うなとばかりに、更に怒りを深くして、思いの丈をぶつけていく。
「先生は私の性格をよく知っています。もし下手に私を庇ったせいで先生が怪我でもしたのなら、私は貴女を決して許しは、しなかったでしょう。もし私が逃げ隠れしたせいで、別の女性が毒牙に掛かったとしても同じです」
「それで?」
「解からないんですか! そうやって私が貴方に刃向かった結果、私が心を壊されて操り人形になる事を、あの人は何よりも恐れていたんです!」
「ほうほう」
「だからこそ、先生は貴方が来ると決まった時、一番最初に私に言いました。貴方への怒りは全て捨てなさい、とね」
神官長との付き合いの長いセレスには、どういう意図で怒りに何もかも忘れて、従順に研一に奉仕しろと言われたのか。
全てを言葉にして伝えられてなくても、手に取るように解かっていた。
「貴方みたいに、平気で人を操り人形にする者には解からないでしょう。人間にとって何より大事なのは、自分が自分である事。どれだけ身体を傷けられ、心を痛めようとも、操り人形にされ自分以外の何かに作り替えられてしまうよりは、まだ救いがあると考えただけ」
神官長だって、決して平気な顔をしてセレスを差し出した訳ではない。
もし下手に隠したり逃がした結果、後からバレて怒りを買って釈明する暇もなく、心を壊されてしまったなら。
そんな最悪の結末よりは、最初からご機嫌取りした方がマシだと思っただけの話。
「私の心が魔法で壊されて、私が私で無くなってしまう事だけは避けたかったという、先生の苦渋の決断も、身を裂くような想いも、貴方のような人には解からないでしょうね!」
そこまで一気に捲し立てたセレスは、何も感じてないかのように、ただ黙って自分を見ている研一の姿。
そして、もう冷め始めて湯気も立たなくなり、香ばしい匂いも薄れてきている朝食に気付いて、冷静さを取り戻していく。
「……食事前だというのに騒いでしまい、ごめんなさい。暫くしたら食器を下げに来ますし、その後に案内しますから、それまでは不用意に出歩かないで頂けると、こちらとしては助かります」
どうやらセレスが朝食を並べ終わっても部屋から出なかった理由は、食事が終わると同時に皿を回収する為だったらしい。
だが、自分が研一の傍に居ては、揉めてしまうだけで、落ち着いた食事なんて出来ないと感じたのだろう。
食事の邪魔をしている自分が悪いとばかりにセレスは頭を下げ、部屋を出て行ってしまった。
「はあ……」
セレスが出て行き、離れた事を確認した研一は思わず溜息が零れてしまう。
(何と言うか、久しぶりに物凄く胃が痛い……)
誰かを守る為ならば心底嫌であっても自らの身体を差し出し、声を上げて怒るのはプロディや神官長みたいに他人を傷付けられた時だけ。
ちょっと甘過ぎるというか夢見がちな部分さえ省けば、研一が尤も好きで、誰よりも報われてほしいと思う人種であるだけに。
これからもずっと、セレスを傷付け、恨まれないといけないと考えると、どうしても心が痛んだ。
――自分に、そんな資格なんてないと思っていても、だ。
「研一さん……」
「研一様……」
そんな研一の姿に、奴隷や操り人形の振りをして、ずっと静かにしていたセンやプロディが、心配そうに名前を呼ぶ。
けれど、それ以上、二人は何も言えなかった。
「と、辛気臭い顔して悪いね。さあ、ちょっと冷めてしまってるけど、美味しそうな朝食だ。気にしないといけない相手も居ないし、楽しく頂こうよ」
だって下手に心配なんてしても、研一は無理して明るく振る舞ってしまうだけ。
それじゃあ余計に研一を疲れさせてしまう。
「では私が電撃で温め直して……」
「それは止めて!」
ならばとばかりに、セン達二人も本音を隠し、おどけるようにして場を和ませる。
けれど――
(異世界産だからか? 見た目は脂で光って美味しそうなのに、何かこの肉、味気ないな……)
朝食とは思えないくらい豪華な食事だったのに、まるで砂でも噛んでいるような虚しさを研一が感じたのは、食事が冷めきっていたからなのか。
それとも、他に理由があるのか。
答えは見えなかった。
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