そうだ、京都へ行こう ~新婚旅行はドタバタ珍道中~ その1
大変お待たせしました。
新幹線が駅のホームへ入っていく。やはり観光地だからだろうか。車内では降りる人の列が通路に連なっている。停車し、前に続いてのろのろと歩みを進め、ようやくホームに降り立つ。
邪魔にならないところまで進み、ずっと座っていたために凝り固まった身体を動かす。大きく伸びをし、脱力。
「着いたぁ!」
「人が多いね」
「しょうがないですよ。観光地ですから」
荷物をほとんど持ってくれている、昨日旦那さんになった慎也さんを見上げる。
日曜日とあって、ホームには溢れんばかりの人、人、人。彼はそれに圧倒されているようだ。少し顔が引きつっている。
「今日だけ我慢です。明日からは平日だから、人も少なくなりますって」
「そうだね。じゃあ、そろそろ行こうか」
彼に促され、改札に向かって歩き出した。
昨日無事結婚式と入籍を済ませ、夫婦となったわたしと慎也さん。さっそく新婚旅行にやって来ました。行き先は古都・京都。二泊三日ののんびり旅行です。
実は新婚旅行先が、結婚準備で一番揉めたんですよ。
「新婚旅行だから、海外へ行こう」
彼の家で相談していたとき、慎也さんはそう提案してきた。
土曜に挙式、その後有休で水曜まで休みを取るつもりの慎也さん。近場なら海外も行けるでしょう――が、その言葉は頷けない。
「嫌です。前に言いましたよね? わたしは日本から出ません。骨は日本に埋めるんです」
「前から思っていたけど、骨のくだりは全く関係ない。俺だって骨は日本に埋める……じゃなくて! たとえ言葉の不安があっても、俺と一緒だから平気でしょ?」
「そういう問題じゃないんですよ。日本人はもっと国内にお金を落とすべきなんです。国内にもいいところはいっぱいあるのに、海外海外って……。それに今は円安なんですから、海外旅行は損です」
少し経済語ってやりましたよ。わたしだってニュースぐらい目を通すんですよ。
すると少しムッとして、彼は反論してきた。
「確かに国内でお金を使えば経済は回るよ。でもそれはこれからいくらでもできるでしょ。一日休みがあれば、国内ならどこでも行ける。でも海外はそうはいかない。それに円安でも貨幣価値の違いで安く過ごせる国はたくさんある。そもそも新婚旅行ぐらい盛大にしたっていいんじゃない?」
正論ですね。でもまだ諦めない。ここから正論返しですよ!
「確かに慎也さんの言う通りです。じゃあ訊きますが、海外ってどこへ行くつもりなんですか?」
「グアムとかサイパンとか」
「慎也さんは休みをまるまる旅行に充てるつもりなんですか? 四日しかないんですよ?」
その指摘に、彼はグッと詰まる。それを見てほくそ笑み、わたしは続けた。
「たとえば休みすべてを旅行に充てたとしましょう。疲れの残ったままで仕事行くんですか? しんどいですよー」
無言のままだったから、さらに畳み掛ける。
「それに部屋の片づけどうするんですか? 新居周辺の散策は? わたしは慎也さんより時間があるからいいですけど、どこに何があるかわからないのは困るんじゃないですか?」
「そんなの結婚前に少しずつすればいい」
「仕事で忙しい慎也さんの、どこにそんな時間が?」
ただでさえ部長に昇進したんだから、そんな時間があるわけない。休みとるために仕事詰め込むだろうし。
でもまだ降参しなかった。
「何とかしようと思えば、何とかなる」
頑固だな。もう折れてしまえばいいのに。
「とにかく、海外は嫌です」
きっぱり言い切ると、瞬時に反撃された。
「食わず嫌いはよくないんじゃない? 海外に出てこそ日本の良さがわかるんでしょ。どうしてそこまで嫌なのか、俺が納得できるように説明してくれる? それなら国内にすることも考えてみるよ」
むむむ。これは言いたくない。一生隠しておきたかったのに……。
黙り込んでいると、彼が無言で圧を掛けてくるが、意地を張って無言を貫く。
お互い沈黙のまま五分経過。このまま折れどころを逃すのも駄目かなと観念し、渋々口を開く。
「…………んですよ」
「何?」
「だから……」
「うん」
ええい、ヤケクソ!
「飛行機怖いんですよ! どうですか。これで満足ですか!」
「……プッ」
わ、わ、わ、笑いやがったなぁあああ!!
信じられない。やっぱり性格悪い。人の苦手なものを笑うなんて、なんて人だ。
彼はまだお腹を抱えて笑っている。笑いが止まらないようだ。いい加減苛ついてきたぞ。
「ちょっと! いつまで笑ってるんですかっ!!」
「ごめ……。だって経済云々を建前にしておきながら、結局飛行機怖いって……」
「悪いですかっ! 乱気流に巻き込まれたことがないから、そんなこと言えるんですよっ!」
あんなに機体が揺れて九死に一生みたいな体験、一度してみたら飛行機乗れなくなりますって! それを馬鹿にするなんて、全世界の飛行機嫌いの人に謝れ!
どうやら相当ツボにはまったらしい。なかなか笑いやまない彼にカチンと来て、言ってやった。
「もういいですよ。新婚旅行なんてヤメです。慎也さんなんてここで一生爆笑してればいいんですよ!」
プイッとそっぽを向いて、しばらく彼を無視した。大人げない気はするが、それは彼も同じだもん。ソファーの上でクッションをギュウギュウに抱きしめて、いじけた。
しばらくすると、笑い疲れた彼が少し申し訳なさそうな顔で近寄ってきた。
「ラナ、ごめんって」
「…………」
「機嫌直して。俺が悪かった。もう笑わないから」
「…………」
心が痛むが、ここは心を鬼にする。だって結構傷ついたんだもん。
「ごめんごめんごめん。許して」
「…………」
ギューッとしたって、許しませんよ。
「ラナに無視されるとキツイ」
ちょ、首筋に唇這わせないでくださいよ。くすぐったいんですけど。
「許して。もう限界……」
って、押し倒すな――!!
「わ、わかりました! もう怒ってないですから、どいてください!」
「え? 抱いてください?」
「ちっが――う!!」
どこをどうしたらそんな都合のいいように聞こえるんだ。慎也さんのぶぁかっ!!
顔を真っ赤にして怒ったわたしを宥めるように小さくキスを落とし、彼は訊いてきた。
「いいよ、国内で。で、どこへ行きたいの?」
なし崩しに許してしまったのが不満だったが、仕方がない。わたしは彼を見上げた。
「……京都」
と、こういう経緯で京都に行くことになったんですよ。
駅にあるキャリーカウンターに荷物を預けて(旅館まで運んでくれるなんて、便利!)、電車に乗り込みます。
最初の目的地は亀岡。そう、トロッコ列車に乗るのです。
JRで移動し、そこから少し歩くとトロッコの駅に到着。ここから嵯峨野方面に向かいます。
日曜だからか人が多い。駅には列車を眺めたり、写真を撮ったりしている人がたくさんいた。
「混んでいるね……」
慎也さん、げんなりしてますね。人ごみ苦手みたい。
「指定席だから大丈夫ですよ。さ、行きましょう」
列車に乗り込み、出発進行。
「うわぁ~、綺麗~」
初夏の保津川渓谷は緑が青々とし、水面がキラキラと輝いている。まるで別世界にいるような清々しさ。ひんやりとした風が気持ちいい。
「涼しいね」
「そうですね。あ、電車が止まった」
どうやら景色のよいポイントでは停車し、じっくりと眺められるようだ。
「慎也さん、写真撮りましょう。すみません、写真お願いしてもいいですか?」
ボックス席のお向かいにいたご夫婦にお願いして、自然を背景に写真撮影。
「はい、チーズ」
バッチリ決め顔して、カメラを受け取る。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を言うと、女性がにこやかに話しかけてきた。
「仲がよろしいのね。ご夫婦?」
「はい、昨日結婚しまして」
「まぁ! 新婚さんね。おめでとう」
「ありがとうございます!」
どうやらご夫婦は金婚式の記念旅行らしい。談笑しながら二十五分ほどで嵯峨嵐山駅に到着。
「楽しい旅を」
「はい。どうぞお気をつけて」
駅に着いてぺこりと頭を下げてご夫婦と別れた。旦那さんが奥さんに合わせてゆっくりと進む。段差のあるところで自然に奥さんの手を取って上るのを手助けしている。そんな姿を見て、温かい気持ちになった。
「いいご夫婦だったね」
慎也さんがボソッと呟いたので、同意する。
あんなふうに慎也さんとずっと仲良くできたらいいな。
「俺達もあんな風に仲良く年を取りたいな」
「あ、わたしも同じこと考えてました」
何だか嬉しくなって、彼の腕にギュッとしがみついた。彼は優しい顔で私を見下ろす。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
駅を出て少し歩くと見えてきたのは嵐山の名所中の名所。
「うわぁ! 渡月橋だぁ~!」
めっちゃテンション上がる。だって、だって、
「慎也さん、テレビと一緒ですよ」
「当たり前でしょ。ここで撮っているんだから」
「金曜とか土曜のミステリーのメッカですよ。めっちゃ感激!」
わたしのハイテンションに若干引き気味の彼。でもいいのさ。だってずっと来てみたかったんだもん。
わたしが京都に来たかった理由。そうです、それはミステリードラマのロケ地を巡りたいという単純なことなのだ。
カメラを取り出し、夢中でシャッターを切る。橋を渡っている最中もパシャパシャ、渡り終えてからもパシャパシャ。
「こら、ちゃんと前を見て歩きなさい。転ぶよ」
「だーいじょうぶですって」
憧れの場所だし、緑は綺麗だし、もう最高!
再び橋を渡り、天龍寺に向かって歩き出す。その道中にはお土産屋さんがいっぱい。ついつい寄り道しちゃう。でも初日でいっぱい買っちゃうと、荷物が多くなるから我慢、我慢――とは言いつつ、それなりに買い物をしてしまった。ああ、少し反省。
「天龍寺に入る前に、少し早いけどお昼にしようか」
「そうですね。早めに済ませないと混みそうですから」
今日は日曜だし、お昼ご飯はみんな同じ時間だからね。
目に付いた食事処に入ってご飯を食べた後、天龍寺に行った。
世界遺産だというそこは禅寺で、室町時代に建立されたそうだ。日本史は苦手だからガイドブック情報なんだけど。
まずは法堂というところに行った。そこには有名な絵図がある。
「うわ……すごい」
天井には龍。その凄さに圧巻。
「慎也さん……」
「どうした?」
「どこから見ても龍と目が合うんですけど」
ちょっと怖い。
「ああ、これは八方睨みの龍で、どこから見ても睨まれているように見えるものだよ」
すらすら説明する彼に、少し驚く。
「詳しいですね」
「好きなんだ、こういうの」
それは初耳。それからもいろいろと説明してくれて、彼を尊敬の眼差しで見てしまう。
法堂を後にし、次は庭園へ。
そこは禅寺の思想を表し、美しい庭園が目の前に広がっている……らしい。
庭園とかにあまり詳しくないけど、自然と一体化している風景はまさに優美。言葉も出ず、ただ無言で景色を眺める。
「写真、撮らなくていいの?」
彼に話しかけられ、ハッとした。
「そうだ。写真……」
慌ててカメラを取り出す。満足するまで写真を撮る。
それからお土産にさっき見た龍の絵葉書を買い、天龍寺を出た。
「次はどこへ行くんですか?」
「竹林だよ」
「おお! 犯行現場になる竹林!」
「……その言い方やめなさい」
ちぇっ。でもでも、本当だもん。この目で見られるなんて、ドキドキ。
その竹林は背の高い竹に覆われて涼しかった。周囲には竹以外なくて、どこか幻想的。
進んでいくと、少し先に人だかりができていた。
「あれ、何でしょうか」
「行ってみる?」
そこへ向かって人だかりを後ろから覗こうとしたけど、よく見えない。
「慎也さん、見えます?」
「うん。何かのロケみたいだ」
こういうとき背の高い人はいいなぁ……って、ロケ!?
必死にジャンプして見ると、目に飛び込んできたのは憧れてやまないあの人。
「ままま、真崎たくみだぁ!!」
皆さん、覚えていらっしゃるでしょうか。ミスター・犯人役として尊敬してやまない、かの有名熟年俳優・真崎たくみです。
「ドラマのロケみたいだね」
「ということはもしや……『窓際刑事の京都事件簿』!?」
『窓際刑事の京都事件簿』とは、今わたしが一番ハマっている木曜ドラマ。京都を舞台に、窓際に追いやられている刑事・右文字がゆる~い感じで事件を解決していく物語だ。
さらに重要なのはミスター犯人役なのに、真崎さんが主人公の刑事役だってこと。
「みなさ~ん、これから撮影しますので、お静かに願います!」
スタッフの人の声で静かになる。向こうの方には真崎さんと後輩刑事役の若手俳優と多分犯人役な美人女優がいた。
「シーン58、よーい……アクション!」
カメラが回り、演技が始まった。
「もう十分でしょう。自首、してくれますね?」
「……はい」
「右文字さん、逮捕じゃなくていいんですか? 手柄になるんですよ?」
来るぞ、来るぞ、あの名台詞……。
「いいんですよ。自分は……窓際ですから」
キタ――――!!
「カット! オーケー!」
ふぎゃぁああ! しーびーれーるー!!
犯人を逮捕すれば窓際から脱却できるのに、周囲に無能呼ばわりされなくて済むのに、人情派の右文字は犯人に自首を勧める。どうしようもなくなって罪を犯してしまった人の刑が少しでも軽くなるように。だから手柄を上げられず、いつまでたっても窓際。
かっこよすぎる――! ヤバイ、右文字カッコイイ!!
カットがかかると、人だかりは周囲に散らばった。そのほとんどは女子で若手俳優の周りに群がった。サインや写真撮影を気さくに応じる若手俳優、キャッキャと沸く女子。
これって話しかけに行ってもいい雰囲気? サインとか貰えちゃったりする? せっかくのチャンス、逃してなるものか。
「慎也さん、ちょっと行ってきます」
かばんから色紙を出し、いざ出陣! 久々にダッシュした。
「あの、真崎さん!」
勇気を出して声を掛けると、椅子に座って寛ぐ真崎さんが顔を上げた。
「何だい、お嬢さん」
「あのっ……いつも見てます。もしよろしければサインをお願いします」
すると少し驚いた顔をしながらも、快諾してくれた。
「お嬢さんぐらいの年頃の女の子なら、あっちの彼みたいなのが好みなんじゃないの?」
サラサラッとサインしながらそう言われた。若手俳優の人だかりを一瞥し、大きく首を振る。
「いいえ。真崎さんのほうがずっと素敵です。痺れます。あの彼は……まだまだです」
「ははっ、違いない。何か一言書こうか?」
「じ、じゃあ……あのセリフを」
「オーケー」
ふぎゃぁあああ! 感激!
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます! 子孫代々に伝える家宝にします!」
「大げさだよ」
いやいや、大げさじゃないですよ。名言入りのサインを眺め、ニヤケが止まらん。
ハッ、慎也さん置いてきぼり。マズイ!
慌てて放置していた彼を見ると、ぼんやりとした顔でこちらに近づいてきた。
「慎也さん?」
「ラナ……色紙、まだある?」
「ありますけど」
なぜわたしが色紙など持っているか。それは新婚旅行で京都に行くと伝えたとき、純樹兄ちゃんが言ったのだ。
『京都へ行くなら、初日に嵯峨野の方へ行くといいよ。色紙を持っていくといいことがあるかもね』
今思うと、純樹兄ちゃんはこのロケのことを知っていたのかもしれない。このドラマ、柏原の関連企業がスポンサーになっていたはず。素敵、純樹兄ちゃん。
色紙を手渡すと、彼は花に吸い寄せられる虫みたいに真っ直ぐ犯人役の有名美人女優・須原久枝のところへ行った。
「あの……すみません」
「はい?」
顔を上げた須原さんに、彼はポーッとしたまま口を開いた。
「サインを、いただけないでしょうか?」
「まぁ、喜んで」
にこやかにサインに応じる須原さん。その間、慎也さんはずっと彼女に見惚れていた。
「『青の春』から……ファンです」
「そんな昔から? 嬉しいわ」
そのやり取りを見て、頭の中にはてなが浮かぶ。
「『青の春』って……」
「もう二十年ぐらい前の映画だね。彼女が主演の」
そばにいた真崎さんが教えてくれた。
二十年前って……慎也さん、筋金入りの須原久枝ファン!?
彼が高校生ぐらいの頃で、彼女は今四十代半ばだから……二十代か。
沸々と腹の底から湧き上がる、嫉妬心。
女優に嫉妬したって意味ないってわかってる。わかっちゃいるけどやめられない。
だって慎也さん、これまであんな風に女の人に見惚れることなんて一度もなかった。美人だろうがセクシーだろうがかわいこちゃんだろうが、簡単にあしらってきた極上モテ男。そんな彼が須原さんにはポーッとしている。妬けないはずないじゃないか!
嬉しそうにサインを受け取った彼はフッとこちらを向く。
「ラナ」
「……何ですか?」
「写真、撮って」
「……は?」
それから彼女を見て「写真もお願いできますか?」と聞いた。快諾してくれたようでとても嬉しそう。
微動だにしないわたしに、少し不機嫌そうに「早く」と催促。いい笑顔で笑っている彼へカメラを向け、渋々シャッターを押した。
それをそばで見ていた真崎さんが、わたしを気遣うように声を掛けてきた。
「お嬢さん、大丈夫かい? あれは彼氏?」
「旦那さんです。昨日結婚したばかりで……」
「それはおめでとう」
「ありがとうございます」
お礼を言いつつ、ゴーッと湧き上がる怒り。ムカついて、まだ彼女に見惚れている彼にカメラを押し付けた。
「わたしも写真撮ってください。真崎さん、いいですよね?」
「あ、ああ……もちろん」
戸惑う真崎さんの腕にガシッとしがみつくと、それに気づいた瞬間、彼がムッとする。
「早く撮ってください」
満面の笑みを浮かべ、彼がシャッターを押すのを待つ。写真を撮り終え、真崎さんにお礼を言って彼のところへ向かうと、
「……さっきの、何」
すんごい低い声で彼が威嚇する。
ああ、怒ってるな。でもそれ以上にわたしは怒ってますからね。
「何って、写真撮っただけですよ」
「腕組む必要なんてないよね」
「駄目ですか」
「駄目だ。俺以外の男に触るな」
フン。変なところで独占欲出しちゃってさ。いつもなら寛大な心で大目に見ますけど、今日は違いますからね。
「真崎さんはわたしにとってミスター犯人役。それ以上でもそれ以下でもないんですよ。男として見てないんだから腕組んだぐらいいいじゃないですか」
「ははっ、オジサンちょっと悲しいよ、お嬢さん」
そばで聞いていたらしい真崎さんが苦笑した。本当に失礼なこと言ってすみません。
がしかし、今はそっちに構っていられない。
「慎也さんこそ酷いですよ。鼻の下伸ばしてデレデレしちゃって」
「伸ばしてないし、デレデレもしていない」
「でもポーッとして見惚れてたじゃないですか。他の女の人にはそんなことしないくせに」
「仕方がないだろう。ずっとファンだった人が目の前に居たら、見惚れたって」
「じゃあどうしてファンだって隠してるんですか。これまで須原さんの出てるテレビ見たとき、そんなこと一言も言わなかったですよね?」
そうなんだ。何がムカつくかって、ファンならファンって言ってくれたら「ああ、見惚れるのもしょうがないよね、ファンなんだから。会えてよかったね」って思うけど、それをひた隠しにしていたのが無性に腹立つ。
「別に隠していたわけでは……」
「見事に隠してたじゃないですか。完璧な隠蔽工作です。浮気ですよ。れっきとした心の浮気です」
“浮気”という一言に彼の眉がピクッと動き、視線も鋭くなった。
「あれが浮気って言うなら、そもそも先に浮気心出したのはそっちだろ。夫の前で他の男のことでキャーキャー騒いで」
「だーかーら、真崎さんは俳優さんとして好きなだけだって言ってるじゃないですか」
「俺だって女優として好きなだけだ」
「でも見惚れてたもん」
「見惚れて何が悪い」
「開き直らないでくださいよ。妻がそばにいるのに他の女に見惚れるってないですよ。わたしにあんな風に見惚れたことなんてないくせに」
「ラナに見惚れろって言う方が無理だろ」
カッチーン。何という言い草。もう完全に怒ったぞ。
「ええ、どーせわたしはガサツで色気のケの字もない貧乳のガキですよ。見惚れる要素ゼロですよ。悪うございました。じゃあ須原さんみたいに上品な美人と結婚したらよかったんじゃないですかっ」
「…………」
「…………」
終始睨み合い、
「「フンッ!」」
お互い折れず、喧嘩勃発。




