第6話 逃げ場のない日常
第6話です。
ランチタイムです。
講義が始まった。
教授の声が教室に響くなか、四方を囲む彼らの姿勢は、見事にバラバラだった。
理人は真面目にノートを取っている…ように見えるが、ペンはまったく動いていない。
夜霧は涼しい顔で板書を写しているが、こちらをちらりと見ている。
湊はあからさまに船を漕いでいた。
澪は机に突っ伏して完全に寝ていた。
――そして昼休み。
先ほどまで船を漕いでいた湊が、大きく伸びをする。
「よっしゃ飯や飯!学食行こー!」
さっきまで開いていたノートをしまいながら
「はいはい。」と息を吐く。
夜霧はすっと立ち上がった。
「行きましょうか」
さっきまで寝ていた澪が、むくりと起きる。
「ごはん……?」
寝ていたはずなのにお昼になった途端目が覚めた。
食欲だけは立派だ。
「トイレだけ行ってきます。あとで学食行きますね」
そう言って、トイレに駆け込んだ。
あんな陽の気にずっと当てられていたら消滅してしまう。
トイレの鏡の前に立って一息つく。
蛍光灯の白い光が容赦なく顔を照らす。
最低限の化粧直しを済ませて、深呼吸をする。
あの眩しい陽キャ集団の中に、陰キャが一人混ざっているという異常事態に胃が痛くなる。
しかし、行かなければさらに面倒なことになりそうなので、学食に向かう。
学食に着くと、四人は昨日と同じ席を陣取っていた。
五人分のトレーが並んでいる。
「おー来た来た!こっちこっち!」
「先に買っておきました。何が好きかわからなかったので適当ですけど。」
五人分、すべて理人が用意したらしい。
何か企んでいるのではないだろうか…
「ありがとう」と言うべき場面なのだろうが、策士と有名な男からの施しである。
裏がないわけがない。
「ありがとうございます」
そう言っていくらかお金を渡す。
理人は受け取った金を見て、少し目を細めた。
「……律儀ですね、本当に。」
違う。怖いからです。
素直に奢られる人間ではないと判断したらしい。
理人の中で私の株が微妙に上がった音がした。
夜霧がくすっと笑う。
「そこは素直にもらっておけばいいのに。」
「せやせや!理人なんか金余っとるんやから!」
湊の声に、理人が即座に返す。
「余ってませんが。」
澪はすでに食べ始めている。
「……おいひぃ〜」
会話に参加する気がまるでない。
これが初めて五人揃っての昼食だった。
側から見れば異様な光景だったろう。
学食の周囲の学生がちらちらとこちらを見ているのがわかる。
普通の人間がイケメンに囲まれている。
顔面偏差値の暴力、異常事態だ。
「なあ、瑞希。お前趣味とかあるん?」
湊がもぐもぐと食べながら言った。
夜霧は興味深そうに箸を止めた。
「澪もぉ、気になるぅ〜」
理人は黙って食べてるが、耳はだけはこちらに向いている。
何だか転校生みたいだなと思った。
さすがに人間観察とは言えないので、
「家で1人でゲームをするのが好きですね…」
パッと言える趣味がゲームしかない。ひとりを強調しておいた。
湊が嬉しそうに身を乗り出した。
「ゲーム!?何やんの!?」
うん、食いつくよね。
多分メジャーどころをやっているんだろう。
「ストーリーがあるものは割と好きでやりますよ。ペケモンとか、剣神とか…」
湊は目キラキラさせている。
「剣神!?俺もやっとるで!ランクなんぼ!?」
「ランクは52ですよ」
「うそやろ!?同じランク帯やんけ!今度マルチしよ!」
食いつきが急に良くなった。
夜霧は穏やかな表情で
「インドア派なんですね。ペケモン……懐かしいですね。ワタシも昔はやっていました。」
それに続けて、くすっと妖しく笑う
「湊、距離の詰め方が犬みたいですよ。」
「うっさいわ!」
湊が吠えた。
急に澪がずいっと肩に顎を乗せてきた
「ねぇ瑞希ちゃん…澪にもぉゲーム教えてぇ〜?」
…近い。
理人がようやく口を開いた。
「一人で、ですか?…友人とかとは遊ばないんですか?」
「もちろん友達ともたまには遊びます、本当に仲がいい人とだけですが…」
友達いないみたいに言われてしまった。
…少ないけど、いますからね。
「交友関係が狭いのか深いのか、どっちなんでしょうねそれ。」
褒めてるのか貶しているのか…
…狭く深く、です。
その流れで、澪がのしかかってきた。
「たまに遊ぶ友達ぃ……大事にしなよぉ。澪いないからさぁ、そういうのぉ」
184cmの体がのしかかってくる。
…近い、重い。
理人が澪を見て助け舟を出す。
「……澪、重そうですよ。」
「澪は軽いよぉ?」
こいつ……顔が国宝じゃなけりゃぶっ飛ばしてやる。
夜霧が微笑んだまま、すっと澪を引き剥がす。
「澪さん、人のパーソナルスペースは大事にしないと。」
夜霧が神に見えた。
ありがとうございます。
澪は剥がされながら、ぷくっと頬を膨らませた。
「つまんないのぉ……」
夜霧が何事もなかったように微笑んだ。
「すみません、驚かせてしまいましたね。」
この笑顔の意味は何だろう。
ただ、助けてくれただけではなさそうだ。
ゲラゲラ笑う声が聞こえる。
「澪フラれとるやん!」
「フラれてないよぉ……」
……結局、午後の講義もなんとかやり過ごした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もう逃げられません。




