第2話:最悪のコンタクト
第2話です。
少しだけ距離が動きはじめます。
「ふう、楽しかった。」
心の中で言ったつもりが声に出ていたらしい。
小さな呟きだったが、ちょうど目の前を通り過ぎていた理人が足を止める。
「…今、何か言いました?」
地獄耳である。
「独り言です…」と絞り出したが、理人は薄く笑みを浮かべていた。
その目は、値踏みするように冷たかった。
聞こえているのか聞こえていないのか、そのまま颯爽と歩きだした。
蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。
私は小さく息を吐き、講義室に向かって歩き出す。
その時、視界の端に何かが映った。
自分が座っていた席のあたりに、一枚の紙が落ちていた。
何か落としただろうか、そう思って拾い上げると、それは名刺サイズのカードだった。
裏返しになっているそれをひっくり返す。
そこには、妙に整った字でメッセージが書かれていた。
「悩みがあれば聞きますよ。よかったら今度お話しましょう。理人」
その下に、連絡先が手書きで添えられている。
いつの間に置いたのだろうか。
こちらが逆に観察されていたのだろうか。
……放っておくのも、少し怖い。
それに、ここまでされて無視するのも落ち着かない。
――少しだけ、様子を見よう。
そう思い、最低限の文面だけ送った。
――送信完了――
読まれるかどうかはわからない。
午後の講義までまだ少し時間がある。
足早に講義室に向かった。
――その頃。
廊下を歩きながらスマホを開いて、届いたメッセージを読む。
「……律儀な人ですね。」
そう言って小さく笑う。
「何にやにやしとんの?」
「いえ別に。ちょっと面白い拾い物をしただけですよ。」
メガネの奥で、目だけが笑っている。
横目でそれを見ていた夜霧は何も言わない。
「なんでもいいけどぉ、早く行こうよぉ」
あくび混じりの声が飛ぶ。
その日の夜。
平和に一日が終わろうとしていた。
――不意に、スマホが震えた。
通知を見ると、登録した覚えのない名前から、メッセージが届いている。
『ご丁寧にありがとうございます。理人です。』
『まさか本当にお返事をいただけるとは思いませんでした。』
『お名前、伺ってもいいですか?』
あの男だ。
『吉野瑞希です』とだけ送る。
少し、間が空く。
『吉野 瑞希さん、素敵なお名前ですね。』
『メッセージ、ちゃんと見てくださってありがとうございます。』
『捨てられていたら、少し傷ついてましたよ。』
返事を考えていると、
『ところで単刀直入に聞きますけど、アナタ今日食堂で私たちのこと見てましたよね?』
……バレている。
急いで返事を打つ。
『大変失礼しました。』
『綺麗なお顔立ちの方がいるなと思って、見ていました。』
また、少しだけ間が空く。
『綺麗な顔、ですか。……もしかして私たちのことご存知ない、ですか?』
「ずっと観察していました」なんて、さすがに言えるわけがない。
『あまり知りません』とだけ返した。
今度は、少し長い。
その間に、寝る準備を済ませる。
『知らないのに、見ていたんですか。それはそれで興味深いですね。』
『まあいいです。今日はこの辺にしておきましょう。』
『おやすみなさい、瑞希さん』
それきりLINEは止まった。
あっさりと引いていった。
明日から、面倒なことになりそうだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次話から、少しずつ他の人とも関わりが増えていきます。




